059 Round And Round
「どうしてなのよ」
夕陽に焼き焦げた世界で、今にもかき消えそうな囁きがこぼれ落ちていた。
アスガルダムの欧都の街並みは、黄昏になれば一際に美しい。しかし通りを重い足取りで歩くシュラの表情は、失意に沈んでいた。
「アタシだけ釈放って⋯⋯意味分かんないわよ」
懲罰房に囚われていたはずの彼女が、何故外を歩けているのか。その理由を思い出す度に、シュラの奥歯が悔しさで
『調査書類によると、此度の依頼はそちらのヒイロ・メリファーが受諾したものだと証言がありました。そして貴女は居合わせただけであり、故に酌量の余地ありと判断し、三日間の謹慎まで減刑されましたよ』
『⋯⋯は?』
リーヴァの告げた内容は、シュラを唖然とさせた。
なんだそれは。共に村に向かっておいて、巻き込まれただけなはずがないのに。当然シュラはリーヴァに食ってかかったが、冷たいモノクルの乙女はまるで取り合おうともしない。
そして、リーヴァはあまりに無情な問いをヒイロに投げかけた。
『では、確認します。ヒイロ・メリファー⋯⋯コルギ村のハウチ氏からの依頼を受諾したのは、貴方で間違いないですね?』
『────、⋯⋯⋯⋯あァ。俺が受けた』
『ヒイロっ!?』
『了解しました。では、貴方の処分の確定作業がありますので、私はこれにて』
『待って!待ちなさいよ!⋯⋯ふざけるな、こんなのっ、アタシだけが赦されていいはずが⋯⋯ヒイロォッ!!!』
気付けば、掌から血が滴っていた。
ふざけるな。あんなヒイロの善性を逆手に言質だけを取るやり方で、どうして自分だけが赦される。アイツだけが罰を受ける。
村を救おうと決めたのは確かにヒイロだ。けども村を本当に悪夢から救ったのもヒイロなのだ。
本当ならば治安維持組織たる騎士団がやらなければやらないことを、彼はやったのだ。軍規違反であるとしても、酌量の余地ならば功績者のヒイロにこそあるはずじゃないのか。
そう、去り行くリーヴァに想いのままぶつけた。けれど。
『私はあくまであの御方の命によって動いたまでです。その勘定に、彼は含まれていません。貴女だけを釈放するだけでも面倒でしたのに、これ以上の面倒はごめんですよ。精々これからは、貴女を推薦し、編入までさせたあの御方に報いるのですね⋯⋯エシュラリーゼ・ミズガルズ』
「⋯⋯なにが」
自分だけを救っておいて、勝手に世話を焼いた気になるんじゃない。だったらどうしてヒイロに全部押し付けるやり方を選んだのだ。
どっちも救えただろうに。自分をヴァルキリー学園に推薦した『あの男』ならば。
団長補佐官筆頭に命じる立場たる彼ならば、間違いなく救えたはずなのに。
「ヒイロ⋯⋯」
悔しかった。何も出来ないでいる自分が。ただ寮に帰る事しか出来ない自分が。
肝心な時ばかりに、救いたい人を救えない自分に。腹が立って仕方ない。
「なっ⋯⋯エシュラリーゼさんか!?」
「!⋯⋯アンタは、ヒイロの⋯⋯」
そして世界はそんな彼女に優しさを見せることなく。
残酷なまでに突き落とそうとする。
「聞いたぞ!ヒイロと一緒に懲罰房送りになったって!君がついてながらどうしてアイツに無茶させたんだ⋯⋯!」
「⋯⋯ごめん」
「えっ。あ、いやその、謝って欲しい訳じゃなくてだね⋯⋯す、すまない、事情も掴めてないのに責めてしまって。あれだ、どうせヒイロのバカが勝手に暴走したんだろ?全く、考えるより先に行動するなとあれだけ口酸っぱく言ったのに⋯⋯!」
滝のように流れ落ちる憎まれ口だった。だがそれはクオリオがヒイロに心を配っていた証だろう。見え隠れする友情が、一層シュラの罪悪感を鋭く刺していた。
「けれど安心したよ。君が此処に居るということは、ヒイロの馬鹿も釈放されたみたいだね」
「っ」
「とはいえあの馬鹿だ。姿が見えないとなると、恐らく懲りずにどこぞで鍛錬しているんだろう。全く、あの修行馬鹿め。使用人達の魔の手から僕を見捨てた分を含めて、たっぷり説教してやるとしよう」
きっとヒイロのことだからと。いつしか当たり前にクオリオの日常に溶け込んだ男に、朗らかな恨み節を囁く優しい表情が、胸に痛かった。
痛くて、シュラには堪えきれなかった。
「⋯⋯もう、戻って来ないわよ」
「え?」
「ヒイロに降った処分は⋯⋯騎士称剥奪。だから、あいつはもう戻って来れないわ」
「────は?」
打ち明けた事実に、クオリオはハンマーで頭を打たれたように絶句した。
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