058 貴方が騎士をやめるなら

「そも、この国は始まりからして間違っていたのだ⋯⋯」

《わー。急にひとり語りはじまったよマスター》

(こういうのが校長になると苦労すんだよな)

《こーちょーって?》

(眠らせ系黒魔術使い)

《はえー》


 一方的にろくでもない提案をし、かと思えば返事も待たず急に語り出すパウエル。これには凶悪さえも苦笑いであった。


「五百年前にこのアスガルダムを興した初代皇帝シグムント。しかし彼の騎士王という称号に増長した騎士共め。愚かにも貴族を差し置き権勢を伸ばし、今もこの聖欧国にのさばっておる。これほど許し難き蛮行は無い。貴様らとてそう思うであろう?」

「⋯⋯その露骨な選民思考。アンタ、貴族は貴族でも『旧貴族』の連中みたいね?」

「旧貴族だァ?」

「その蔑称を使うな。我らは旧くなどない。貴族派と呼ばぬか!」


 シュラの呼称に食ってかかるパウエル。

 よっぽど気に入らないんだろうが、そもそも貴族に新と旧ってあんのかよ。そう思わずにはいられない。


「貴族派ねえ。同じ貴族相手にまで敵意を振り向いてる癖に」

「ふん。貴族としての誇りを忘れ、私財を切り崩してまで騎士共に媚びへつらい家格を保つ商売鼠など、もはや貴族と呼べはせぬわ」

「どっちでも良いわよ。権力欲しさに騎士に賄賂を贈って腐敗を加速させるか、性懲りもなく過去の栄光にすがるかの違いなんて」

「すがっているのではない!『古き良き貴族の栄光を再び』という、我輩らが使命を果たしたいだけである!」

《⋯⋯にゃるほど。どーやら貴族にはニ種類居るっぽいね。旧貴族は貴族復権の為のタカ派ってとこかな?》

(お、おう。そんなとこだな。なかなか理解力が高いじゃんか、凶悪)

《どやあ》


 あれ、ひょっとして凶悪さん俺より頭良い?

 いや俺だって理解してない訳じゃない。でも、欧都暮らしの俺はともかく、凶悪は孤児院で放置されてたわけじゃん。知識の下地が違うのにも関わらず、聞いただけで現貴族と旧貴族の違いを把握出来てるなんて。

 まずい。IQ鉄パイプ以下って凄い屈辱的なんですけど。


(あかん。このままだと俺の威厳が、主人公としてのプライドが!)

《え。威厳なんて別に最初から⋯⋯》


 俺は実戦担当とはいえ、これは挽回せねば。

 凶悪の辛辣なツッコミもなんのその、ここは一つバシッと決めねば主人公が廃る!


「ハッ、旧貴族の復権なんぞどうでも良い。最初から答えなんて一つだろうが」

「ほう。では⋯⋯」

「臭い足向けんじゃねえ。誰が舐めるかパエリア野郎が」

「ぱ、パエ⋯⋯!?」


 そう。交渉の中身を聞いた時点で答えは決まっていたんだ。

 提案を呑むとでも思ったのか、伸ばされた足を払えばパウエルの顔が驚愕に歪む。

 

「確かに俺は騎士になる為に血の滲むような努力をしてきた。それこそお前らの言う悲願って奴だ。騎士の称号ってのは決して軽いもんじゃねえよ」

「ぐっ⋯⋯だったら何故条件を呑まないのであるか!惜しむなら、我輩に忠誠を誓うのである!」

「まだ分からねぇかこの野郎」


 ようは貴族ってこういう生き物なんだろう。世の中全部、自分の思った通りに進むって前提で生きている。主人公の俺でさえ思い通りにいかないことが多いってのに。

 だからその贅沢な"勘違い"を、思いっきり正してやるべきだろう。


「誇り捨ててテメェの下僕になるくらいだったら、騎士身分なんざ惜しくもなんともねェって事だよ腐れパエリアが!」(誠に残念ながら貴君の採用は見送らせていただきます)


 騎士の称号を求めたのは、ヒーローを志す為の手段だったからに過ぎない。そしてヒーローはこんなところで身分惜しさに忠誠を誓わない。手段の為に目的を捨てるなんて、本末転倒も良いところだ。


「今すぐ失せなクソ野郎。帰ってテメェのケツでも舐めてろ」(ご苦労様でした。お出口は右手になります)


 コイツの目論見なんて、最初から叶うはずもなかったのだ。










 ああまで言えば、俺が絶対に頷くことはないと察せたんだろう。

 覚えるのも面倒な罵詈雑言を吐き捨てた後に、パウエルは懲罰房から出ていった。後悔するなよ、と恨み節を添えて。


「これで良かったの?」

「あァ?良いに決まってんだろ。それこそテメェは良いのか、つい俺が交渉蹴っちまったが」

「冗談。あんな奴の下僕なんて死んでもゴメンだわ。別に騎士だって惜しくもないし」

「チッ⋯⋯才能あるやつはこれだから」


 嵐が去って、考えるべきはやっぱりこれからの事だった。

 今までの努力を思えば騎士称剥奪は辛い。魔術修行手伝ってくれたクオリオにも謝んないとだし。

 なら今考えるべきは未来についてだ。


「魔術師ヒイロってのは」

「白魔術しか使えないくせになに言ってんのよ」

「なら教官ヒイロは!」

「騎士になれないのに教官になんてなれる訳ないでしょ、馬鹿?」

「ぐぬぬ」


 もっともすぎるシュラの否定にがっくりと凹む。

 いやまあ自分でも無理だと思ってるけど。魔術師は駄目。教官も論外。じゃあ、もっと自由なのはどうだろう。


「冒険者ヒイロならどうだよ」

「⋯⋯冒険者?」

「おう。なにもこの世界はアスガルダムだけじゃねえだろ。世界各地を周りながら、秘境やらダンジョン巡り。トレジャー探しってのも悪くねぇ」


 やっぱり主人公といったら冒険だよな。

 いっそアスガルダムから飛び出して、この世界を渡り歩くってのも全然楽しそうだし。行く先々で困ってる人を助けて名を売り、いつかヒーローとして認知される。

 うん。いいじゃん。俺的には全然有りだぞこれ。


「夢見がちね。脳筋のアンタだけじゃドジ踏んでそこらで野垂れ死ぬ未来しか見えないわよ」

「んだとぉ!?」

《マスター。ボクもぶっちゃけその未来しか見えないね》

(凶悪!?ここはフォローする所だろ!?)

《ボクは現実主義者なんで》


 あっさりと否定されて、がっくりと凹む。

 そんな俺の様子が牢の壁越しにでも想像ついたのか、シュラはくすぐったそうに喉を鳴らして。


「だから、アタシもついていってあげる」

「あァ?」


 意外な提案をしてくれた。


「何よ、不満?言っとくけどアタシ、騎士団に入る前は一年くらい旅してたから。あんたよりも全然慣れてるわよ」

「テメェ!冒険面でも俺より上を行きやがる気か⋯⋯!」

「残念ね。頭の悪さと目付きの悪さ以外じゃ全部アタシが上よ」

「目付きはテメェのが悪いだろうが!」

「悪くない!アンタのが全っ然悪いわよ!」

「あァ!?」


 どういう風の吹き回しなのか、シュラが二人旅を提案するとは。

 牢の中でさえしょうもない言い合いするぐらいなのに。

 あれか。ライバル枠だから、主人公不在の危機感でも発動したのか?ううん、わからん。


「ま、ともかく。アンタが世界を巡りたいってんなら、しょうがないから着いてってあげるわ。感謝しなさいよね」

「て、テメェ、勝手について来るってぬかしておいて、感謝までせびりやがって⋯⋯」

「うっさい!」


 でも、コイツとの二人旅ってのも案外悪くないんじゃないか。

 口喧嘩ばかり起きそうでも、退屈はしなさそうだし。実際頼り甲斐はあるし。ぶっちゃけ凶悪と俺だけってのも不安だし。

 なんて風に、心の内でぼんやりと前向きな気持ちになって来た頃だった。




「──残念ですが、その未来予想図は白紙に戻していただきます」

「っ!」


 突然割って響いた女の声に、慌ててそちらを向く。

 いつの間にか俺達の独房の前に立っていたのは、一人の女性だった。

 滅私色のショートヘアに、モノクルから覗く鋭い紫の瞳。

 いかにも規則規律に厳しそうな頑固さが姿勢に出ている感じに、俺はふと既視感を覚えた。


(あれ、この人って確か、入団式のときの⋯⋯)


 思い出した。春の入団式に壇上で入団案内してた委員長だ。

 確か、リーヴァ団長補佐官筆頭なんて呼ばれてたはず。間違いない。でもなんでこんな所に。至極当然の疑問が浮かぶ。

 だがその眼差しは、俺の疑問どころか存在などまるで眼中にないかのように、シュラだけを鋭く見つめていて。


「喜びなさい、エシュラリーゼ・ミルガルズ。貴女"は"釈放ですよ」


 そう、告げた。


 

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