056 帰還

「ククク⋯⋯クックックッ⋯⋯!」


 拝啓女神様へ、いかがお過ごしでしょうか。

 どうもご機嫌よう、この物語の主人公です。帰りの馬車よりお送りしておりますが、お察しの通り現在俺の機嫌は天元突破しております。


「なによニヤニヤと、気持ち悪いわね」

「ククク、テメェには分かるまい。既に名が売れてたテメェにはなァ⋯⋯」


 ニヤけたっていいじゃない。コルギ村の皆にもてはやされたんだもの。

 村を悪夢から醒ませてくださりありがとうございました、騎士様。手を取って涙ぐましく言われたんだ。まさにヒーローの本懐だよ。ああ、思い出すだけで頬が吊り上がる。


「これでようやくテメェに追い付き始めた訳だ。今に見てやがれアッシュ・ヴァルキュリア。俺の名声がオマエの異名を追い抜かすのも秒読みだぜ!」

「はいはい⋯⋯⋯⋯なによ、子供みたいにはしゃいで。ちょっと可愛い所もあるんじゃない」

「あァ?なんか言ったか?」

「なんでもないわよ馬鹿」


 ちっさい声で呟きながら、ぷいっと馬車窓の外へ視線を逃がすシュラである。

 俺が目を覚ました後から、ちょっと今までとシュラの様子が違うんだよな。距離が近くなったとか、やたら俺を視界に収めようとしたりとか。

 ひょっとしてあの暴走爆発の負い目を感じているのかと思ったけど、そもそも覚えてないらしいし。ま、覚えてないなら覚えてないでいいか。わざわざ教えて罪悪感を背負わせたくないし。


(となると⋯⋯嫉妬かな)


 ふむ。さてはシュラ、俺の活躍ぶりに嫉妬してると見た。今回の一件で、自分の活躍を奪いかねない主人公だって気付いたか。チラチラと見てくるのがその証拠だ。

 火傷が治り切るまで食事やら濡れ布の用意やら世話してくれたのも、俺の力を観察する為だろう。ふふふ、いいね。今の地位に油断しない姿勢、手強いライバルじゃないか。


《ま、バンシーに勝てたのもボクのおかげでもあるからね。マスターの名声はつまりボクの功績と言っても過言じゃないわけだよ》

(おやー?真っ先に逃げ出そうって提案してたのはどこの凶悪ちゃんでしたっけー?)

《あ、ひっどい。ボクはあくまでマスターの身を案じたプラン出しただけなのに》

(はいはい分かってるって。ちゃんと感謝してっから)

《むふん。ならばよろしい》


 そして頭に響くこのボクっ娘ボイスですよ。

 チラリと右手の薬指を見下ろせば、黒い鉄のリングがはまっている。そうです。これ凶悪さんです。

 念話や魔術増幅のみならず、まさか縮む事まで出来るとは恐れ入ったよね。


(てかさ、本当に俺に付いてきて良かったのか?)

《今更なにさ。拾ったんだからちゃんと責任取って面倒みるのが誠意ってもんじゃないの?》

(捨て猫かよお前さん)

《いいじゃん別に。あんな場所に置いていかれたってしょうがないし。それに、どうせならマスターみたいな面白い人間に使われたいしぃ〜?》

(まあ凶悪が良いなら良いけど⋯⋯って、人を愉快なやつみたいに言うなよ)

《いや愉快でしょ。念話の言動と普段の言動の不一致っぷりとかさ?》

(あー⋯⋯色々あるんだよこっちにも)


 なぜだか凶悪は俺を気に入ってしまい、これからも力を貸してくれる事となったらしい。マスター呼びもいわば協力の証だろう。

 はい。どう見ても主人公強化イベントだねこれ。まさかコルギ村を救うことが俺のパワーアップに繋がるとは。依頼受けてホント良かったよ。そもそも凶悪が『スヴァリン防御力向上』を増幅してくれなかったら、今頃消し炭だったろうし。


(魔術増幅はありがたいけど、武器として使うのは控えた方がいいよな?)

《へ?なんで?ボクこれでもカッチカチだよ?ミスリル製の武器なんかよりも全然タフだけど》

(や、ほら。孤児院でシュラの剣防いだ時に痛いっつってたじゃんか)

《あー。アレは寝てる時だったからね。起きてる時はボクの力で痛覚シャットダウン出来るから、別に気にしなくたっていいよ?》

(マジかよ。なんだこの都合の良い女感は。さては男をダメにするタイプだな)

《乙女心まで気にするなとは言ってないんだけど?》


 ほんと色々と高性能だな、この喋る鉄パイプさんは。

 まあ、惜しい点があるとすれば凶悪のフォルムかな。喋る剣とかならいかにも王道っぽいけど、鉄パイプなんだよなぁ。

 鈍器片手に戦う騎士って。シナリオのセンスが前衛的過ぎませんかね。


(なんでこんなのがあんな孤児院に放置されてたんだか)

《それは秘密って言ったじゃん。ま、隠すほどのことじゃないけどさ》

(だったら教えてくれてもいいだろ)

《やだねー。黙ってた方が面白そうだし。あとあと、何度も言ったけど⋯⋯ボクを他の誰かに触らせたら駄目だからねー?》

(確か迂闊うかつに触ると精神に異常来たすんだっけか?)

《そーそー。並の人間だったら廃人コース待ったなしだよ。別にボクはいいけど、それだとマスターが困るでしょ》

(超困るな⋯⋯でも、じゃあなんで俺は平気なんだ?)

《知らなーい。マスターの精神構造が呪い以上にぶっ飛んでるとかじゃないの?》

(人を精神異常者みたく言うな。ヒーローだぞこちとら)

《つまり頭悪いってことだね》

(⋯⋯⋯⋯⋯⋯くそっ)

《自覚あっても否定しようよ⋯⋯》


 どうやら凶悪は所有者を呪う類のやべー武器らしい。

 でも何故かその呪いは俺に効かないんだとか。理由は気になるけど、デメリットは帳消しに出来るに越したことはない。

 それに、ヒイロが実は聖なるパワーとか加護とか持ってますよーフラグなのかもしれないし。だとしたらますます期待に胸が踊る。やはり主人公といえば特別な出自だ。実は大精霊と人間のハーフでした、みたいなパターンと見たぞ俺は。


(ま、なんにせよ⋯⋯これからよろしくな、凶悪)

《うふふ。精々末永くつるむとしようね、マスター!》



 ともあれだ。

 このコルギ村での依頼は、結果だけみれば間違いなく騎士ヒイロに追い風だろう。

 凶悪、名声などなど多くの成果を得ての凱旋だ。

 胸を張って門を潜ろうじゃないか。


 そう思ってた時期が、僕にもありました。




「長旅御苦労⋯⋯と、言いたいところだがな。ヒイロ・メリファー。エシュラリーゼ・ミルガルズ。正式な騎士身分を得てないにも関わらず、民間からの依頼を受けた貴殿らをこれより拘束する。抵抗は、してくれるな」



 門を潜った先では、俺たちの帰還を手ぐすね引いて待っていたらしき門番の皆様がずらりと並び。

 一歩前に歩み出ている隻眼の男、シドウ教官の号令により⋯⋯俺達はあっという間に捕縛されてしまったのだ。





 



 そう、俺達はまだ気付いていなかった。

 悪夢は終わった。

 けれどもまだ、この一件に潜む悪意は終わっていなかったのだと。

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