055 舞台裏の神々


 木を隠すならば森の中。闇影が溶けるならば、星無き夜はうってつけであった。


「素晴らしい」


 木枯らしの音さえ静かな、眠れる森。

 焦土と化した孤児院跡地を眺めて、黒尽くめの男は恍惚に酔った声を上げた。


「まだ目覚めたばかりの小火程度で、ここまでの破壊をもたらせるとは。ククク、良いぞ。実に良い。それでこそ配役を仕込んだ甲斐があったというものだ」


 男に表情は無かった。片目だけの奇妙な仮面をその顔に被っている為である。しかし痛ましい程の破壊の痕跡を前に、愉悦に身をよじらせる男の歓喜は存分に伝わるだろう。道を外れた者の持つ、おぞましさと共に。


「しかし──少々キャストを遊ばせ過ぎたかな。よもや予定外の羽虫がああも意気揚々と宙を飛ぶとは。存外脚本通りにいかぬものだな⋯⋯だが、それも一興か」


 歓喜の身震いがピタリと止まる。仮面の男が思い浮かべるのは、『魔獣バンシー』を討ったイレギュラーヒイロの事である。

 本来ならば暴走したシュラの焔に孤児院ごとバンシーは葬られる予定だったが、予定外のキャストに少々過程を乱されたのだ。

 しかし結果はさして変わらない。ならば捨て置いても良いだろう。


「いざとなれば薪としてしまえば良い。希望があるからこそ、絶望の焔は凄絶に燃え上がるというものなのだから」


 邪魔になれば消せば良い。あるいは、あのイレギュラーを脚本に組み込むのも一興だろう。シュラが彼に心を許せば許すほど、絶望の炎はより多くを呑むほどに育つのだから。


「そうだろう────私の修羅。全てを灰燼に帰す『黄昏の火』よ」


 やがて全て灰の様にならうのならば、思う存分過程を楽しもうではないか。

 愛憎を。哀楽を。喜びも。潰えぬ怒りも。


「クククッ、アーッハッハッハ!! 」


 その身を黒き四枚翼のカラスへと変身させて、物語のフィクサーは夜を飛ぶ。いずれ来るべき怒りの日を待ち焦がれながら。

 響くは哄笑。全ては意のままに。






 だがいずれ、仮面の男は思い知るだろう。

 羽虫と嗤った矮小な存在がもたらす影響の大きさを。

 嬉々とつづった脚本を燃やさんとする火の産声を。

 紛れ込んだイレギュラーは、己にとっての天敵であることを。



 この物語の運命は、すでに殺されはじめていることを。



◆ ◆ ◆



「はぁ⋯⋯⋯⋯」

「おや、どうしましたノルン様。そんな後味が悪そうな顔をして」

「悪そうな、じゃなくて悪いんですよう。結果だけ言えばコルギ村は救えましたけど、なんだか色々とすっきりしません」

「まあ、そういうゲームですし」

「そもそも戦闘面ですよぉ。結局、魔獣バンシーとはイベント戦で強制敗北でしたし⋯⋯念のためにと無限湧きの小鬼オーク達を倒した私の努力はなんだったんですか」

「致し方ありません。バンシーの黒魔術『アイネクライネ』は『"この世界で"かつて喪失した大事な女性に誤認させる』という、強力な洗脳効果がありますし。孤児院という場所にバンシーの境遇を考えれば、もはや皮肉なほどにシュラ特効ですよ」

「分かってますよ。沈黙にする『クライモア』の歌と、眠り状態の相手を操れる『マザーグース』の歌⋯⋯本当に厄介な魔術ばっかりでしたし」

「ただの村人では分かりようがありませんよね。眠った子が自ら廃墟に向かっていたなんて。シュラでさえああなったのですから」

「それにあの力が暴走した後、燃える廃墟からエイグンさんがシュラさんを運び出してくれなかったら、あのままシュラさんも⋯⋯」

「ええ。多分、瓦礫の下敷きになってましたね」

「でも。そのせいでエイグンさんがぁ⋯⋯」

「⋯⋯お亡くなりになってしまいましたね」

「エイグンさん、ただものじゃなさそうだと思ってましたけど、まさか元は村長さんで、ハウチさんが娘さんだったなんて」

「『孤児院の悲劇』ですか」

「⋯⋯後悔していたんですよね、ずっと。最後の方に廃墟に現れたのは驚きましたけど⋯⋯エイグンさん、バンシーが燃えながら赤ん坊の骨を撫でてる姿に、例の修道女さんを重ねてたんでしょうか⋯⋯」

「ええ。でなければ、あのシーンで『すまない』なんて台詞は出てこないでしょう」

「ですよね⋯⋯⋯⋯はぁ。切ないです。でもなにも、後を追うように息を引き取らなくたって⋯⋯」

「仕方ありません。ご高齢にも関わらず崩落し始める建物からひと一人救い出したのです。文字通り、死力を尽くしたんですよ」

「⋯⋯ううう、ハウチさんの慟哭が頭から離れません⋯⋯」

「あのシーンは胸が痛みましたものね⋯⋯」



「それにしても、あのいかにも黒幕っぽいのですよ!」

「はい。露骨に怪しいやつが出てきましたね。多分原作者も隠す気はなかったんでしょう」

「まあ、色々と気になることばっかり言ってましたけど⋯⋯それよりもあの仮面男が拾っていたあの鉄パイプのようなものって⋯⋯もしかしなくても、"序章の港町のボスにシュラさんがトドメを刺した時の──ですよね?"」

「はい。そうですよ。『凶悪』という名前になっているらしいですが」

「でも、どうしてそれがコルギ村の孤児院に⋯⋯?」

「コルギ村に向かうとき、馬車の中でハウチ村長が説明していましたよね。灰色の戦乙女の異名を、行商隊の商人から聞いたと」

「はい⋯⋯えっ、まさか!」

「ええ。その商人が港町事件が終わったあとにこっそり回収してたみたいですよ。直接触ると呪われるいわくつきの商品としてフィジカで販売してたみたいですが、売れなかったみたいで」

「そりゃあそうですよ、あれだけの事があったんですし」

「で、ならば聖欧都で売ろうと思ったらしく、行商に参加したんですね」

「行商隊はどうなったんです?」

「まあ、興味本位でいわくつきの孤児院を訪れた訳ですから。見事に子鬼達のご飯になりましたよ」

「うわぁ、それであんなとこに⋯⋯なんということでしょうか。あの黒幕さんも想定外だったみたいですが、巡り巡って一番手に渡ってはいけない人の手に渡ったような⋯⋯うう、猛烈に嫌な展開が待ってそうな気がします」

「ええ、ノルン様。詳しくは言えませんが、あれも今後の鬱展開に一役買ってる代物ですよ」

「うえええ⋯⋯ううう、進める気が滅入ります⋯⋯って、あれ。そういえば、ヒイロさんの出番は⋯⋯?」

「おや、なにをおっしゃいます。第一章はまだ終わってなどいんよ?」

「ええ!?でももうコルギ村の決着はついたはずじゃ⋯⋯」

「確かに。ですが⋯⋯ノルン様はどうやらひとつお忘れの模様ですね」

「な、なにがです?」

「ノルン様も不思議に思っていたじゃありませんか。ハウチ村長はアッシュ・ヴァルキュリアの噂を知っている理由は教えてくれましたが⋯⋯シュラがそうであることと、彼女が今、騎士団に居ることを"誰に教えてもらったのか"は、話してませんよね?」

「⋯⋯⋯⋯あっ」




「さあ、第一章のラストバトルと参りましょう」











◆ ◆ ◆



お読み頂きありがとうございました!

これにてコルギ村編は終了となります。しかし、まだこの章は終わっておりません。ここから更にラストバトルへと駆け足で行こうと思います。

ここまで読んで、もし「面白い」「シュラがヒロイン感出てきたやん!」など思ってもらえましたら、是非とも『★★★』と『フォロー』『感想』などのご評価して頂けると励みになります!



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