052 Life goes on

《⋯⋯は?え?ほんとに逃げないつもりなの?》

(今言ったばかりだろ。逃げる訳にはいかないって)


 凶悪に表情なんてない。鉄パイプだし。

 だから声色だけで感情の機敏を察する必要があるんだけど、この時ばかりはすぐに分かった。きっとこいつ、鳩が豆鉄砲くらったような顔してるなって。


《えええ⋯⋯でもさ、でもさ!このまま闘うのって結構リスクあるよ?!逃げられなくなっても遅いんだよ?みーんな灰になって、はいさようならってなっちゃうかもだよ?》

(そうかもな。でも死ぬよりはマシだろ)

《はい?! いやいやいや言葉通じてる?通じてるよね?!逃げなきゃ死ぬんだってば!》

(いいや違うね。ここで仲間を見捨てて逃げる方が死ぬんだよ)

《なにが死ぬっていうのさ!》

(決まってんだろ。俺の心だ!)


 死なない為に逃げるべきだと、凶悪は言った。

 安全に確実に生きるためにと。けど違う。違うんだよな。

 ここで逃げるのなら、俺の心が死ぬ。

 俺のこれまでの十八年間が、全部灰になるのと同じだ。


《心が、って⋯⋯意味わかんない》

(分かんなくたっていいさ。その分しっかり目に焼き付けてやるよ。俺の⋯⋯ヒーローの生き様ってやつをな!)



──仮面ヒーロー⋯⋯見参!

  やあ少年。私が来たからにはもう安心だ!──




 パチパチと鳴る火花の産声が呼び起こす記憶。

 かつて死の淵で見た背中。例えリスクがあろうとも、燃え盛る祈りの家に仲間を置いて逃げる事はしない。

 俺の"知ってる"ヒーローならそうするはずだ。

 だから選ぶ余地も必要もなく、答えははじめっから決まっていた。


《⋯⋯⋯⋯ひーろー、ねぇ。なにそれ。わざわざ危ない橋渡るお馬鹿さんをそう呼ぶの?》

(助けたいと思った奴を助ける事を諦めない。そういう奴をヒーローって呼ぶんだよ)

《⋯⋯馬鹿じゃん。人間なんて脆くてすぐ死んじゃうってのにさぁ。命ぐらい大事にしなよ》

(命だけ大事にしてどうすんだよ)

《⋯⋯あーもう!なんだよこの石頭!》

(残念だったな凶悪。説得は諦めろ。俺は諦めないけどな)

《はいはいもうわかったってば! あーあー!変な人に拾われちゃったなぁボクゥ!》

(はは、ドンマイ)

《うるさーい!ほら、ちゃちゃっと終わらせるよ!》

(へいへい)


 まだ納得はいってないんだろう。けれども俺に拾われたのが運の尽きだと悟ったのか、協力はしてくれるみたいだ。

 なんだ。名前の割に良い子だなコイツ。いや、それとも俺の真摯な言葉に胸を打たれたのかもしれない。

 ふふん、いいねえ。悪の改心。それもまたヒーローたるものの王道だ。


「──くぞ」


 そんでもって、王道とはど真ん中を突き進んで征くことだ。

 ノーを突き付けはしたが、凶悪の言うリスクは長引けばその分だけ増えるのは確かだ。

 あんまり時間はかけられないだろう。

 だから最短距離でいく。


「う、あ、ぁぁぁっ⋯⋯!」

【Ruuu,Gi,aaa⋯⋯】


 見つめる先は真っ直ぐ正面。いつしか勢いを増して荒れる炎の海。

 炎の向こうで苦しんだままのシュラ。

 更にその奥で、なにかに悶えている魔獣。

 全部ここで終わらせよう。

 正面突破だ。


「あァァッッッ!!」

「────」


 炎を潜り、一直線に進む俺に身体が反応したんだろう。

 反射的に振りかざしたシュラの剣が頬をかすめる。

 けどとらえ切られることはない。ヘルスコルによる脚力強化の恩恵もある。でもなにより錯乱した状態のシュラじゃ、剣技の冴えも半減してる。

 薄皮一枚くれてやって、そのまま置き去りにする。

 そうすれば、もう目の前だ。


【gi,giiiiieee!!!】

「──悪ィな魔獣。テメェの歌もこれで終いだ」


 歌ではなく、尖った爪でもって俺を迎え撃つ魔獣。

 でも悪いな。こちとら、そんなもんで止まってやれない。

 より速く。より剛く。

 凶悪なる一撃が、魔獣の腹部を穿うがち抜いて。


【a,aa⋯⋯、────】


 歌う魔獣バンシーは、その手に誰かの頭蓋を抱えたまま横たわる。

 骸となった肢体が、最後は音もなく黒いもやとなって、焼け落ちた天井から夜空へと昇っていったのだった。







《ふーん。言うだけあってやるじゃん、おにいさん》

(ふふん、当然。ヒーローは有言実行も得意技なんでな)

《はいはいうざいうざい》

(ちょっ、扱い雑過ぎない?!)


 厄介かつ強力な状態異常ふりまきタイプだからか、バンシー自体はかなり貧弱だった。決着はほとんど一瞬。

 時間を惜しんだ短期決着だったけど、力を貸してくれた凶悪もこれには驚いているらしい。なんか不服そうだけど。


 まあ、なにはともあれだ。

 新たな巡り合わせもあり、強敵も倒し、操られた仲間も助け出しと、これにて万事解決。主人公ムーブここに極まれり⋯⋯と。

 そう思えてた時期が俺にもありました。

 時期って言ってもほぼ直前なんだけどさ。


「嫌⋯⋯嫌よ、こんなの⋯⋯」

「なっ⋯⋯シュラ?」

「また私は、失ったの?⋯⋯また、護れなかったの⋯⋯?」

(お、おい。シュラのやつ、まだ洗脳が解けてないのか!?)

《状態異常の余波かな。まぁ、どうせ直ぐに元に戻るからほっといて大丈夫っしょー》


 急に解除された余波なのか、まだシュラは完全に立ち直れていなかった。いや、それどころかうわ言のように何かを呟いている。ほっとけばいいと凶悪は言うけど、その生気の無い横顔を見て猛烈に嫌な予感が走った。


「みんな⋯⋯みんなまた居なくなる⋯⋯嫌、嫌よ⋯⋯あたしだけ。嫌、イヤ、先生、あたしは⋯⋯⋯⋯あ、ぁぁぁ、あああああッッ!!」

《⋯⋯⋯⋯あ、あれ。なんかこれ、まっずいかも》


 ついには凶悪までもが意見をひっくり返した時。

 絶叫するシュラに呼応するように、廃墟中に尋常じゃない魔素が集まり始めていた。

 しかも集まるだけじゃなく、荒れ狂う赤い炎がシュラに纏わりつくように収束していってる。

 おい。全っ然大丈夫じゃないだろこれ。

 なんだったら、今までで一番のピンチだよなこれ!


《やばいやばいやばいよこれ!おにいさん、なんでもいいから身を護る魔術使って!今すぐ!!》

「凶悪!?マジでいったい何が起きてやがんだよ!?」

《説明してる暇ない!はやくはやく、消し炭になっちゃうー!!》

「クソッ⋯⋯『我まとう冷厳なる神の楯』!」


 何が起こっているのかも、何が起こるのかも分からない。

 けども切迫詰まった凶悪の叫びに、俺は奥の手である白魔術を発動させた。

 腕力強化のアースメギン。

 速度強化のヘルスコル。


「うああああああああああッッッ!!!!」

「────『スヴァリン』!」


 凶悪によって増幅された、防御力を強化する魔素の鎧。

 しかし。

 シュラを覆う炎が一対の翼となって、その胸元から一本の燃える刀身が見えた瞬間⋯⋯眼の前の世界が弾けた。



(あ。俺、死んだかも) 



 視界全てを覆い尽くす、鮮烈でまばゆい赤き光に。

 俺は本気で、死を覚悟した。



 



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