051 我死にたまうことなかれ

 過去十八年。色んな道場の色んな師範に散々、凡才だの平凡だの言われてきた俺にも、肌で学んだ事が一つある。

 それは、戦いにおける勢いの大事さだ。


「ヅアァァァァ!!!」

「くうぅぅっ⋯⋯!」


 俺はまさに波に乗っていた。あれだけの苦境を強いられた反動とでもいうべきか。たける心のままに振るった凶悪な一撃に、洗脳状態にも関わらずシュラが目を見開いている。

 けれども、実を言うとこの結果に驚いているのは、俺も同じだったのである。


「こいつは、どうなってやがる」(あ、あれ。アースメギンって、こんなにパワー増加したっけ?)


 白の魔術アースメギン。かけた対象の攻撃力を上昇させる、とっておきの一つ。なんだけども、ちょっと効きすぎてない?

 いくらなんでもおかしい。なにせあのシュラが鍔迫り合いに持ち込めず、押し負けて後ずさってるくらいだ。


《ふふん、驚いた? 実を言うとね、ボクには魔術効力を増幅させる能力があるんだよ。おにいさんの補助魔術がいつもより効果が大きいのはボクのおかげってわけ!》

(マジかよ凶悪!お前凄いな!)

《どやぁ》


 原因判明。まさかの鉄パイプさんにそんなオートバフ効果があるとは。力を貸してやるなんて大きく出られる訳だよ。


《ってわけでさ。ちまちまチャンバラするより魔術でドカーンと行こうよ。さあさあ》

(あー。ここで残念なお知らせです)

《ほえ?》

(俺、白魔術以外使えません)

《⋯⋯⋯⋯⋯⋯えー。なにさそれ。めっちゃ宝の持ち腐れじゃん》

(ぐさぁ)


 そっすね。俺に四原色のどれかの才能あればドカーンといけましたね。凶悪は滅茶苦茶がっかりしてるみたいだが、俺だって派手に魔術ぶっ放したかったよ。どやぁしたかったですとも。

 

《まぁいっか。例え汎用魔術でもボクの恩恵は受けられるんだから、ちゃんと頑張ってよ、おにいさん?》

(へーへー。言われなくったってやったりますよっと)


 とはいえ凶悪の恩恵は白魔術であっても効果は絶大だ。

 あのシュラ相手に押し負けなかったことは、まさに反撃の狼煙といえる。

 シュラも接近戦では部が悪いと見たんだろう。憎々しげに俺を睨み付けながらも、シュラの周りに急速に魔素が集まってきていた。


「『燃やせ、燃やせ、赤のはじまり』!」

「っ⋯⋯食らうかよっ!『我が脚に空渡る銀のすべを』!」


 剣ではなく魔術の手数で押し潰すつもりか。

 だったらこちらも奥の手を出すまでだ。

 なにを隠そう、白魔術の補助魔術はなにも腕力強化のアースメギンだけじゃないのだ。腕の次と来たら、脚だろう。


「『イフリートの爪』!」

「【ヘルスコル】!」


 炎の爪が出来上がるよりも、俺の唱えた白魔術により、靴の踵の部分から翼のような銀色の風が発生する方が速い。

 勿論ただの鮮やかな色した風じゃあない。アースメギンが腕力強化なら、死者の靴の名を冠するヘルスコルは"速度"の強化を施す白魔術だった。


「遅ェ!」(緊急離脱!)


 完成した炎の爪がようやく切り裂こうという時には、既に俺は恐るべき瞬足で後方に離脱出来ていたのだった。

 そう。誰しもが憧れる「遅い!」ムーブが完璧に決まった訳である。念願のワンシーンが叶って、思わず心の中でガッツポーズ。


「がっ」(いったぁっ!?)

《わぁ、痛そう。おにいさんドジだねぇ》

(うぐっ、しまったぁ。ブーストのされ具合が予想以上過ぎた。勢い余って壁に後頭部を⋯⋯うごおおマジでいってぇ!)

 

 なお「遅すぎて欠伸が出るぜ!」へとコンボを繋げることは出来なかった模様。くそう、強化の振り幅広すぎんよ。良いことなんだけどさ。クオリオとの修行でやっと強化感覚掴めてきたばっかなんだよこちとら。


「!!」


 なんて言い訳しつつ痛みに悶絶していたけど、ふと鼻に届いた嫌な臭いにバッと顔を上げて。

 目の前に広がる"赤い光景"に、思いっきり顔をしかめた。


(まずい、火の手が回ってる⋯⋯!ああもう、こんな廃墟で赤魔術なんて連発するからだ!)


 空振りになったイフリートの爪から引火したんだろう。ろくな光すら見当たらなかった廃墟に火災が発生していた。


《わお、なんということでしょー。おにいさんが避けちゃったから大変なことに》

(避けなかったらもっと大変なことになってたよ!)

《ツッコんでる暇あるの?この建物古いし、あっという間に火の手回るよ?今って結構、ピンチってやつだよ?》

(こんにゃろう。分かってるよそんなこと!)


 凶悪の煽りはムカつくけど、悠長にやってられなくなったのは事実だ。けども燃え盛る火の手の向こう側では、さらに混乱を招く異変が起きていた。


【ga,gaaa,gaaaaaaa⋯⋯】

「⋯⋯なんだ?」(あの魔獣、急に苦しみだしたぞ⋯⋯?)

「うっ、ぐ⋯⋯あたしは護らなきゃ⋯⋯違う、魔獣。魔獣を⋯⋯あああっ、頭が、割れる⋯⋯!」

「なっ⋯⋯」(シュラ?!あいつまでどうして⋯⋯?!)


 まるで炎に脅えるかのように魔獣が頭を抱えてうめき声をあげ、シュラもまた強烈な頭痛を堪えるように頭を抑えていたのだ。

 よっぽど苦しいんだろう。見えない何かを追い払うように剣を振り回すシュラの姿に、俺は立ち尽くすしかなかった。


《⋯⋯ふーん。どうやらバンシーとあの女、火が苦手みたいだねえ。なにかトラウマでもあるのかな?》

(バンシー?)

《魔獣の名前だよ。ま、ともかく⋯⋯これは好都合じゃん。

 はいはーい、ここで凶悪ちゃんから大提案でーす!

 ここはいっちょお利口に⋯⋯戦線離脱とかどうでしょー?》

(⋯⋯は?!戦線離脱ってお前っ⋯⋯!)


 まさかの提案に、思わず呆気に取られる。

 だが頭の中に響く凶悪の声は、俺の動揺などお構いなしに言葉を続けた。


《ほらほら、逃げるが勝ちっていうじゃん? さっきも言ったけど、すぐに火が回るだろうから下手すると逃げられないかもしれないでしょー?

 バンシーはほっといても死んでくれそうだし、今のうちに逃げておくほうがボクは賢いと思うなぁ》

(お前⋯⋯シュラを見捨てろっていうのか?!)

《そーだよ?あの女は仲間なのかもしれないけどさぁ、まんまと洗脳されちゃった方が悪いんだし。なにより自分が死んじゃったら意味ないじゃん。おにいさんも死にたくないんでしょ?》

(⋯⋯死にたくないに決まってるだろ)

《だったら逃げようよ。安全に、確実に、生きるためにさ。ボクが言ってることって、間違ってる?》

(⋯⋯⋯⋯)


 確かに間違ってはない。死んでしまったら全て終わり。

 普通はそうだ。特例なんてあるはずもない。

 かくいう俺だって、今度命を落としたら次はないだろう。

 せっかく歩み出せた物語だ。むざむざ死にたくない気持ちは確かだ。


 そうだ。死にたくない。

 だからこそ⋯⋯"死ぬ訳にはいかない"んだよ。


「てめえの言うことは間違っちゃいねえ」

(凶悪の提案は間違ってはいないと思う)

《でしょー!だったらさ⋯⋯》

「おう──」

(ああ──)


 死ぬ訳にはいかないから。

 考えるまでもなく、答えは最初から決まっていた。


「──だからこそ、逃げたらダメだろうが」

(──だからこそ、逃げたら駄目なんだよ)




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