047 歌う魔獣バンシー
開戦の狼煙の上がり方は、お世辞にも良いとは言えなかった。
歌とは音。音とは振動。膨張して叩きつければ、それは突風ともはや変わりないんだと。
ゴロゴロとのたうち回りながら、俺は再認識させられた。
「うぐっ、クソがッ」
【Geeeeee!!!!】
完全な不意打ちだ。上手く受け身なんて取れようもない。
しかしそんなの知ったことかと、教会から飛び出してきた小鬼の一匹が、倒れる俺へと殺到していた。
「ハァッ!」
【Ga⋯⋯aaa⋯⋯】
「シュラ⋯⋯!」
魔獣の爪は伸ばせども俺には届かず、一刃の元に斬り伏せられる。助かったのはいわずもがな、シュラのおかげだった。
「ったく、なに先手取られてんのよあんたは」
「ぐう、うるせえな。ちっと油断しただけだ」
「あっそ。じゃあさっさと立ちなさいよ」
「言われるまでもねえ⋯⋯!」
シュラの檄に、衝撃の抜けきらない身体を無理矢理奮い立たせる。ちくしょう、まんまと貸しを作っちまった。しかもシュラと来たら、憎まれ口を叩きながらもその目は油断なく教会内を睨んだままだ。
その歴戦を思わせる立ち振る舞いは、お世辞抜きに格好良かった。
【Gii,Giii⋯⋯】
【Gnejhhqqq】
【Gill!!】
そんで、出てきましたよワラワラと。
夕暮れから夜に移ろえども変わり映えしないフォルム。でも心なしか、さっきの戦いの時よりも獰猛さを増している気がした。
「ずいぶん威勢が良いわね。あの奥の大物の手前、張り切ってるとでも言いたいのかしら」
「チッ。あながち間違ってねえよ。こいつら、あの魔獣を聖母みてえに崇めてやがったしな」
「⋯⋯」
シュラも魔獣達の高揚を感じ取ったんだろう。その原因を風通しが良くなりすぎた正面から捉える。今や黒い聖母を遮るものはなにもない。教会の外側からでも、頭蓋骨を撫でる魔獣の姿は良く見えていた。
「なによ、それ。孤児院の院長気取りって訳?⋯⋯ハ────ふざけんな」
「⋯⋯シュラ?」
「ふざけんじゃないわよ、魔獣風情がァッッ!!!」
「なっ、おい待て!?」(ちょっ、正面突破かよ!)
何があいつの琴線に触れたのか。途端に激情をほとばしらせたシュラは、真っ直ぐと弾丸みたいに廃墟内部へと駆けていく。
【【【Geeeeeee!!!!】】】
「邪魔ァァァッッ!!!」
当然、魔獣達は外よりも内部の方が
くそっ、マジでどうしたってんだあいつ。完全にブチ切れてるじゃないか。
「『燃やせ、燃やせ、赤のはじまり』⋯⋯『イフリートの爪』!』
【【【Geeeeeeaaaa!!??】】】
しかも小鬼達の数が多いと見るや、間髪入れずに赤の魔術をぶっ放してるし。炎の爪に引き裂かれた魔獣達の断末魔を前にしても、シュラは全く落ち着くそぶりがない。
もはやどっちが鬼なのか分かったもんじゃないくらいの形相ままだった。
【a──aaa──aaaaa──】
「!」
一方で、形相を歪ませたのはあの歌う魔獣の方だった。
赤の業火に呑まれ尽きる小鬼達へと魔獣が手を伸ばして、うめき声をあげていた。
「次はあんたの番よ、院長気取りッ! 『燃やせ、燃やせ、赤のはじまり』ッ!」
【────】
でもシュラは止まらない。むしろ魔獣の悲哀めいた所作すら許せないかのように、再び呪文を唱え始める。おまけに練られてる魔素の量も尋常じゃない。
あいつ、廃墟ごと魔獣を燃やし尽くす気か!?
周りなんてお構いなしなシュラの強行を、止めようにも間に合わない。
【──
シュラを止めたのは、歌の魔獣の激唱だった。
「ぐううう⋯⋯いきなりなによ、こいつ」
「ッ!⋯⋯鳴いてやがるのか?」(あの魔獣、泣いてるのか)
鼓膜がぶち破れるかってくらいの叫びには驚かされたけど、それ以上に魔獣の両眼から伝う紅い雫が、涙にしか見えない。
「今更嘆いたって遅いのよ⋯⋯『イフリートの爪』ッ!」
これ以上、妙な真似をされる前に叩くべきだ。
合理性と私情を織り交ぜたように呟いて、シュラが赤の魔術を完成させる。
しかしそれが、あの魔獣の叫びが鳴いてる訳でも、泣いてる訳でも無かったという事を存分に知らしめた。
「魔術が、発動しない⋯⋯?」
「なに?!」(不発!? なんで⋯⋯)
茫然と手のひらを見つめるシュラ。その手の爪は紅蓮の炎を生むことも、橙色に光ることもない。あれだけ高濃度に練られていた魔素さえも、完全に霧散してしまっている。
彼女にも何が起こっているのか分かっていないようだった。
「まさか、さっきの叫び声は⋯⋯!」(もしかして、クオリオが言ってた"アレ"か?!)
脳裏に
『四原色以外の属性?だから白の魔術は汎用だって何度も言ってるだろう。え?じゃあ黒はなんなんだ、って? それもさっき言っただろうに。忘れっぽいなキミは、全く』
『いいかいヒイロ。もう一度言う。白は汎用。そして"黒"は⋯⋯魔獣が扱う魔術のことだよ』
【──
「⋯⋯黒の魔術か!」
その通りだと答えるように。
紅い涙を伝わせて、歌の魔獣がギラリと歯を剥いた。
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