045 姿なきマザーグース
魔獣。歩く災厄。不倶戴天の
なんて風にさ。
いかにも強敵出現って空気を作ってみた訳だけど、魔獣とはつまりモンスターみたいなもんだ。
そんでモンスターはピンキリである。ドラゴンや巨人みたいな血の気も凍る程に恐ろしい奴もいれば、スライムのような、いわゆる雑魚モンスも居る訳で。
「おらァ!」
【Gee!?】
「そこォ!」
【Gibya!?!?】
「だらァッ!」
【Gi⋯⋯】
えー、ご覧の通り割と弱いっす。だってそこそこのパンチで面白いくらい吹っ飛ぶんだもの。
見た目の禍々しさは凄いのに、なんだこの手応えのなさは。
(ハッ! ひょっとして俺、自分でも気付かないうちに覚醒を果たしてたのか!?)
いやねーだろ。主人公の覚醒イベがこんな知らず知らずのうちに来るとか。一番の盛り上がり所がこんなあっさり来る訳ないし。つまりアレだ、マジな雑魚モンスって事なんだろう。現に俺もシュラもボッコボコにしてるし。満を持してな登場した割には、ぶっちゃけ肩透かし感が否めない。
「ハァァァッ!!」
【Gyaaa!!?】
ただ、だからこそ。
一閃一閃が全身全霊なシュラの剣幕に、強烈な違和感を覚えてしまう。
【Gebaieyae!?】
【Gi⋯⋯GiGi】
【Geeeee⋯⋯】
「なによ、脅えてるの? 笑わせないでよ⋯⋯魔獣の分際で」
なんだよこの気迫。殺気が尋常じゃない。向けられていない俺でさえ、羅刹じみたシュラの形相に足が
けれどもそんな俺とは裏腹に、シュラは更に魔獣を駆逐せんと一手を切った。
「『燃やせ、燃やせ、赤のはじまり』」
「!」
呪文を唱えると同時に標的へとかざした掌。シュラの長い爪がみるみる内に橙色へと染まる。
「焦げ死になさい⋯⋯『イフリートの爪』」
【Gyaaaaaa!?!?!】
「なっ⋯⋯」(マジかよ!)
唱え終わると同時に完成したのは赤の魔術。
シュラの手から現れた五指の赤い炎爪が、容赦も呵責もなく黒い影達をまとめて消し炭にしてしまった。
(低級の赤の魔術。なのに触媒無しでこの威力かよ⋯⋯!)
魔術とは呪文と触媒を経て完成するもの。けどもクオリオいわく、魔術師のテクニックの中には『詠唱破棄』と『触媒破棄』が存在する。どちらも魔術への理解と高等な技術が必要であり、おまけに『破棄』は魔術本来の威力を大きく削減してしまうものだ。それでこの威力だ。シュラのやつ、剣技だけじゃなく魔術の腕も一流ってことなのかよ。
(⋯⋯つうか、明らかにオーバーキルじゃないか)
シュラの魔術の腕に驚いたのは確かだけど、なによりその容赦の無さ。
尋常じゃない殺意。明確な憎しみを込めた技の数々。
そこに、普段の荒っぽさとは全く違う寒々しさに、俺は言葉を失ってしまった。
「あたしの前に立った以上、お前達は⋯⋯一匹残らず殺し尽くしてやる」
「!」
いや、薄々は分かっていた。
シュラが魔獣に対して並々ならぬ執着を抱いてるだろう事は。でもまさかここまでとは。まるで親の仇のような勢いで、シュラは魔獣達をを殺している。
ぶっちゃけ魔獣なんかよりも、シュラの方がよっぽど恐ろしい。
魔獣達も気圧されているのか、狼狽えるように後ずさる。
そんな折だった。
【───La──Ah──Ah──】
「⋯⋯⋯⋯歌?」
どこからともなく響いた女性の歌声に、手が止まる。
突拍子もなかったからでもある。でもそれ以上に、その歌声の異質さに身体が反応してしまった。
歌声自体は澄んでいるのに、洞穴から発しているような不気味な響きが奇妙だった。
【Gyaemamaje】
【Giiii】
【maaaaaaa】
「魔獣が退いていく⋯⋯? どうなってやがんだ」
異変はそれだけに留まらない。
シュラに恐れ
「っ!」
「シュラ!? どこに行きやがる!」
「決まってんでしょ追いかけるのよ。逃がしてやるもんか⋯⋯一匹残らず、刈り殺してやるっ」
「!」
っておい、どこまで血の気が多いんだよこいつ。
罠とかそういうのを一切考慮せず、シュラは魔獣達を追いかけて森の奥へと消えていく。
制止の声なんて聞きゃしない。あいつ、新米兵士の頃の訓練じゃ猪突猛進とは無縁だったのに。魔獣相手だからか、冷静さを欠いているとしか思えなかった。
「今の歌声は、まさか⋯⋯」
「っ、墓守! テメェはさっさと村ん中で縮こまってやがれ!」(危険だからエイグンさんは村に避難しててくれ!)
「お、お主、待つのじゃ⋯⋯森の奥に行ってはならん!」
「文句はあのイノシシ女に言いやがれ!」
止めようと声を荒げるエイグンさんだったが、流石に今のあいつを一人で放っておく訳にもいかない。
それこそ本当に修羅と化してるアイツを放置したら、森ごと魔獣達を燃やしかねないし。心配なのもあるけど、このままじゃあんな啖呵を切っといて見せ場無しで終わるかも知れん。
それはまずい。非ッ常にまずい。なんとしてでも阻止せねば。
割と自分でも俗っぽいなと思う理由に突き動かされながら、俺は急いでシュラを追うべく、森へと足を踏み入れたのだった。
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