038 大胆な告白は主人公の特権

『拝啓、お兄ちゃんへ。

 どうも、妹のサラです。いかがお過ごしでしょうか?

お兄ちゃんがあのブリュンヒルデに入隊するという話で、今、村中が大騒ぎです。

 村長が私のところに、奥さんが作ったパンとか畑で採れたお野菜をお裾分けだって持ってくるようになったよ。お兄ちゃんの活躍を期待してるとか、お兄ちゃんはヘルメルの誇りだ、ってさ。

 大人達の反応も今までから掌返したみたいで、なんか露骨な感じ。素直に喜べない私が悪いんだけど。ごめんね。

 それと、村の女の子の何人かが、お兄ちゃんのことについて気になってるみたい。玉の輿とかなんとか言ってた。

 男の子の方はなんか、けっこう複雑っぽい。何人かは、あんなやつがなんで、とか賄賂や不正がどうとか言ってるけど。

 多分やきもちだね、サラには分かるもん。だって女の子が騒いでる時に、毎回恨み節を言ってるもの。

 ああでも、ちゃんと尊敬してくれてる男の子達も居るよ。例えば三軒隣のセルモくん、覚えてる?

 あの子、僕もお兄ちゃんみたいになりたいからって、お兄ちゃんみたいに庭で木剣振ってるよ。

 まぁ、なんというかそんな感じ。皆ちょっとそわそわしてて、なんだか私の方まで落ち着かないよ。

 そういえば手紙にあったけど、本隊入りまで少し長めのお休みが貰えるんでしょ?

 だったら村を安心させる意味でも、一度は顔を見せてくれたら嬉しいかなって。うん。

 お兄ちゃんの好きなご飯作ってあげるからね。


 あ、それと追伸。

 騎士として頑張るのも大事だけど、恋人も頑張って作ってね。そして出来たらちゃんと紹介すること。ね?

 サラ・メリファーより』





◆ ◆ ◆





「ふん。最後は余計だ、世話焼きめ」


 読み終えた手紙を丁寧に畳めば、ふわっと前髪を撫でる爽やかな風。

 清浄な自然の気遣いに、俺はフッと頬を緩めてティーカップの紅茶を一口啜り、目を閉じ思った。


 俺の妹、可愛すぎてやばくない?


(⋯⋯サラ。俺は今、世界の理の一端を見たよ)


 なるほど妹萌えとはこういうものか。

 なにこの、ちょっといじらしい感じ。っべーわ。超可愛いやん。生まれてこの方一人っ子の俺にはとんでもない破壊力だ。ヒーローを志す俺にシスコンへの道をちらつかせる程であった。


「⋯⋯あんたの顔で急にニヤッとされると、紅茶の味が悪くなるんだけど」


 だがしかし。

 珍しく感情が無表情フィルターをぶち抜いたんだろう、俺のニヤけ面は喫茶店で同席している麗しき灰銀髪の少女をドン引きさせてしまったらしい。

 うん。まぁ、少女っつってもシュラなんですけどね。


「妹と手紙で近況報告、って聞くだけならそう変な事もないはずなのに。不思議よね」

「何がだ」

「あんたの顔だと犯罪臭がするわ」

「んだとテメェ。人の顔に一々ケチつけやがって。嫌なら失せやがれ」

「ふざけんな。先に此処の食事を楽しんでたのはわたし。なんで後から来たあんたのせいで席を外さなきゃならないのよ」

「このアマがァ⋯⋯!」

「なによ悪人相⋯⋯!」


 紅茶とケーキを挟んで睨み合う、俺とシュラ。

 貴女と私。美女と野獣。ジェミニの月の11の晴れ空。

 新米隊士が編隊されるまでの、空白期間の午後のことである。


 一次戦でショーク相手に思わぬ苦戦を強いられた俺ではあるが、二次戦、三次戦は割とさっくり勝ち抜けた。

 クオリオとの魔術修行の成果もあっての事だろう。自分でも一番苦戦したのがショーク、という拍子抜けな結果となったが、勝ちは勝ち。

 見事にブリュンヒルデ行きを掴んだ俺は、鼻高々に妹に手紙を出し、修行をおこたることなく励んでいる。

 今日もバチッと朝のメニューをこなし、こっちの郵便局に顔を出して妹からの返信を受け取った。

 そんで手紙を読むついでに腹ごなしを兼ねて、良さげな喫茶店を見つけたのだが、まさかの満席。

 相席ならということで連れられた先のオープンテラスで、こうして睨み合ってる女と再会する事になった次第である。


「で、なんでまだ欧都に居るの? 確かあんたって、麓の村からの出よね。ハーメル、とかなんとか。帰省しないの?」

「ヘルメルな。そのうち帰るつもりだが、今は少しでも強くなる方が大事なんだよ、俺はな」

「頭悪そうな台詞ね。別に鍛錬くらいなら村でも出来るでしょうに」

「そーでもねえ。辺鄙な村だからな、武術はともかく魔術を鍛えんならこっちに居た方が必要なもんがすぐ入る」

「へえ。なら、クオリオは? あんた、あいつにいつも魔術教えて貰ってたじゃない。最近見かけないけど」

「あァ? あいつなら実家に連れ帰られてんぜ。力づくでな」

「ち、力づくで?」

「おぉ。なんでも実家に戻って来いって言われてんのに無視しようとしたみたいでな。実家の使いだとかいう連中に引きずられて行きやがったぜ。ったく、おかげで修行の効率が落ちちまった」

「そ、そう。あいつも大変なのね」


 悪態をつきながら、あの時の光景を思い浮かべる。

 クオリオがそこそこ良い家の出って事は知ってたけど、まさか実家のメイドやら執事達に強引に拉致られるとはなぁ。

 あの時半泣きで助けを求められたがスルーした俺に、憎まれ口を叩く資格はないのかも知れない。

 きっと拉致るほどに息子の顔が見たかったんだろう。

 なら俺が出しゃばるのは野暮ってもんだ。俺は悪くない。

 決して美人なメイドに「坊っちゃま」って呼ばれたのが羨ましかったとかじゃあないよ。ホントだよ。主人公は嘘つかない。


「って、クオリオが居ないなら別に村に戻っても良いんじゃない。帰りたくない理由でもあるの?」

「んだよ、やけに踏み込みやがるじゃねえか」

「⋯⋯別に。ただ、それならあんたの暑苦しい顔を見なくて済むってだけ」

「ケッ、好き放題言いやがって。だが、残念だったなシュラよ。こっちに残る理由はあんだよ。より高みを目指す為の秘策って奴だ」

「別に悔しがってないけど⋯⋯って、秘策?」

「おォよ、秘策だ。とびっきりのな⋯⋯⋯⋯ン、待てよ。そうか、ここで会ったんなら丁度良い。むしろこいつが、巡り合わせってやつか」


 ここで意気揚々と暖めていた考えを披露しようとした俺に、電流走る。

 実は秘策なんだが、ちょっと困った問題があったのだ。

 しかしそれは目の前、怪訝そうに首を傾げるシュラの協力があれば、簡単に解決するかもしれない、と。

 閃いた俺に迷いもなかった。

 空いたシュラの華奢な掌を、ガッと両手で包み込み、そして。


「シュラ、俺と来い。俺と付き合え」

「⋯⋯ひぇんっ?!」


 告白した。


 唐突な告白は、主人公の特権である。

 なお、きょとんと丸くなるシュラの紅い瞳は、その時ばかりは刺々しさを忘れていて、ちょっと可愛かった。



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