039 騎士団の現状
「つまり、ユーズショップに案内して欲しいってことでいいのね?」
「⋯⋯あァ」
「フン、なら最初からそう言えば良いでしょ」
「お、おゥ」
思い切り踏み抜かれた足の激痛を必死に堪えながら頷く俺に、シュラはムスッとそっぽを向いた。
しかも腕組みながらの指トントン。どう見てもまだ苛怒りが収まってないです、本当にすいませんでした。
ちょっと言い方ミスっただけなんだけど、流石に手をガッと握ったのが不味かったのかもしれん。
やはりライバル枠といえど乙女だと言う事か。目付きは鬼みたいに尖ってますが。
「にしてもビリビモスの鱗粉、ホグウィードの花粉、ベニテングの胞子⋯⋯確かにあまりショップにも並びにくいラインナップね」
「心当たりねぇか?」
案内をわざわざ頼む理由は、俺がまだ地理に詳しくないってのもあるが、求める品が四原色の魔術の触媒に使われるものでもあった。
だから、赤の魔術師でもあるシュラなら心当たりがあるのでは、と思い至った訳だ。
「一応、贔屓にしてる店にはあったと思うわ⋯⋯けど、何に使うつもりよ。触媒に使うにしても、あんた魔術は白じゃない」
心当たりはあったらしい。
けど、さも秘策みたいに勿体ぶったからだろう。白魔術には触媒が不要ってのも引っ掛かったらしい。
腑に落ちてない顔でジロリと俺を睨む赤眼。肝心な部分に良い加減触れろと、まどろっこしさを嫌う眼が物語っていた。
「一体、何するつもりなの」
「はン。決まってんだろ。使うんだよ」
「使うって、誰に?」
「俺にだ」
「⋯⋯は?」
勿体ぶるのを止めたら止めたで、唖然とされた。
まぁ、そういう反応になるよな。自分に状態異常アイテムを使う。普通に考えれば訳が分からない。
だがこれこそ、俺の天才的発想が閃いた秘策なのである。
選抜試験を勝ち抜いた後に、ふと俺は考えた。
ショークは強敵だった。俺が油断していたのもあるけど、あれだけ苦戦させられた相手だ。実は単なるモブじゃないのでは、とあいつへの評価を改めたのは当然である。
だが、そんなショークの最後は実に呆気なかった。なんせワンパンでノックアウト。あんだけ手強かったのに何故。
俺は訝しんだ。そして閃いた。
あの時の俺、覚醒してたんじゃね?──と。
「え、は、意味分かんない。頭でも沸いてるの?」
「大真面目だコラ。必要なんだよ、俺が強くなる為には」
言葉通り大真面目だ。
だって今になって冷静に考えてみれば、ベニテング食らった後の俺ってちょっとおかしかったし。
頭痛は感じたけど、攻撃する意志はちっとも折れてなかった。頭痛の状態異常が相手の攻撃力を著しく下げるっていうなら、何故ショークをワンパンで倒せたのか。説明がつかない。
つまりだ。
追い詰められた俺が、知らぬ間に覚醒したんじゃね? と思うのは至極当然の流れだろう。
シドウ教官との闘いでは発生しなかった覚醒イベントが、遅れてやってきたんだ。だってヒーローは遅れて来るもんだし。有り得る。予想外のピンチに覚醒、それもまた主人公らしいじゃない。
シュラが相手じゃないと知った時にはがっかりしたもんだったが、選抜試験が重要イベントと睨んだ俺の眼は正しかったようだな!
そうと分かれば、俺が覚醒した能力は果たして何かを把握しなくちゃならない。
残念ながら試験の前後で何かが変わった自覚は俺には無い。新たな力はきっと、再び俺の中で眠っているんだろう。
ならば、もう一度あの時と同じ"状態"まで追い込めば⋯⋯と、俺は閃いたって訳だ。いや我ながら天才かと。
でもまぁ、ここらの事情が分からないシュラからすれば変人呼ばわりも仕方ない。
至って真面目な俺の物言いに、シュラは形の良い眉を八の字に潜めていた。
「強くなる為にって⋯⋯麻痺に、風邪に、頭痛にわざわざかかって、何が強くなるっていうのよ」
「鈍いなテメェ。人間っつうのは追い込まれて真価を発揮するって奴だ。だから自分で自分を追い込む。追い込んだ先に、強くなれる可能性があんなら、試す価値は充分だろうが」
「⋯⋯⋯⋯」
フィルター効果は相変わらずだけど、言いたい事は大体あってる。
ライバルへ意地を示す主人公ムーブが、果たしてこの可憐な強敵にどう伝わったかは定かじゃない。
シュラはどこか遠くを見るような目をしながら、風船が萎むように溜め息を吐いた。
「⋯⋯ならもう、これ以上は聴かないであげるわ。それじゃ、これ」
「あァ?⋯⋯伝票?」
「案内料よ」
「⋯⋯おう」(ちゃっかりしてんなぁ)
納得は仕切れてない顔だが、どうやら案内はしてくれるらしい。ふいっと顔を逸らす辺り、なんだか照れ隠しのようにも見えなくなかった。
そんな訳で俺は紅茶一杯とケーキ一つ分の伝票を受け取り、善は急げとばかりに会計を終えたんだが。
『待って、待ってください! 本当に困ってるんです! お願いします。どうか、どうか依頼を!』
「⋯⋯ん?」
「どうしたの?」
「いや⋯⋯なんか揉めてねえか?」
長閑な午後の空気にそぐわない、張り詰めた女性の声が聞こえた。
音を辿ってそっちを見れば、なにやら大きな建物の門前で四十代くらいの女性と騎士らしき男が揉めているようだった。
「あそこは確か、騎士団の施設じゃなかったか? なんの施設だったかは忘れちまったが」
「⋯⋯騎士団の依頼受付所よ。民間専用の窓口のね」
『ええい、しつこいぞ。規則は規則だ、罷りならん』
『そこをどうか! お願いします!』
依頼受付所ってことは、実動部隊のブリュンヒルデとは別の管轄なんだろう。
しかし、あんなに必死に縋りつく女性の懇願に、騎士はまるで聞き耳を持とうとしない。
事情は分からずとも、見てるだけでも胃腸を焦がすような気分にさせる光景だった。
「あれはどういう状況だ」
「⋯⋯どうせ、割に合わない嘆願だったから門前払いしてるんでしょう」
「割に合わねーだと?」
「あの人の格好見れば分かるでしょ。多分、辺境の村の出。騎士団に依頼しようとしたけど、依頼内容の難しさに見合ったお金を持ち合わせなかった、ってところじゃない」
「⋯⋯高額の案件なら、受けずに放っとく方がやべえんじゃねぇのか」
「そうね。けど珍しくもない事よ。そう、この国じゃありふれた光景」
陰りを見せた表情を俯かせながら、シュラが一歩を踏み出す。
だがその爪先が向かうのは、揉め事が起きている施設とは全然違う方向で。
「さっさと行くわよ」
「な⋯⋯テメェ」
「っ」
てっきり介入しに行くのかと描いてた想像とは別に、むしろ見ないように顔を背けてシュラは走り去ってしまった。
「くそっ、案内役が急に走んじゃねぇよ」(ちょっ、待てって!)
一見、薄情な行動にも思える。
でも去り際、黒濡れた横髪から見えたシュラの表情は、込み上げる衝動を無理矢理蓋をするような切実さがあって。
主人公なら、ヒーローなら。
真っ先に困ってる人の元へ向かうのが、絶対正解なはずなのに。
「⋯⋯チッ、なんだってんだよ」(あいつ、どうしたんだ⋯⋯?)
悪態を吐き捨てながらも、俺は急ぎ足でシュラを追いかけるのだった。
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