034 バッド・ボーイズ・ステータス
「我が腕に赤き力の帯を⋯⋯【アースメギン】」
白魔術は大半がコモンスペルとされている。
現に俺が修行に使った白魔術は「浮遊」「施錠」「感知」と、コモンの名に恥じない地味なもんばっかりだ。
が、あくまで大半。全部じゃない。
白魔術にはコモンスペル以外にも、列記とした魔術が存在する。
即ち
その数少ない内のひとつが、このアースメギンだった。
(よし、発動したなっ)
自分が唱えた神秘を改めて確認するように、模擬剣を握る両腕を見下ろす。
アースメギンは、使用対象の腕に赤い魔素のタトゥーを刻み、攻撃力を増大させる補助魔術だ。
覚えたてだからこういう実戦で使うのは初めてになるが、両腕に光る赤いタトゥーは魔術が成功した証だった。
「ふん、いきなり魔術かこのダボ助め。焦ってんのか?」
「ハッ、んな訳ねぇだろ。うざってえ奴の口を、さっくり黙らせてぇだけだ」(えー。せっかくの魔術お披露目なのに、ちょっとリアクション違くないか?)
自慢のカードを切ったつもりだけど、ショークは不遜な面持ちで悪態をつくだけだった。
折角の主人公初魔術お披露目なんだし、もうちょい気の利かせたリアクションくれたって良いのに。
平日昼間のクレーマーばりのいちゃもんを、そのまま踏み出すエネルギーにして、駆ける。
「──行くぜオラァッ!」
「!」
叩きつけるかのように振り抜いた剣が、ブオンと鳴いた。
何度も何度も繰り返した基礎動作。なのに付随する空気の悲鳴は、いつもよりも明らかに軋んでいた。
赤いタトゥーは伊達じゃない。
しっかりと帯びる力があるのだと訴えるように、振り切った剣先は、石で出来た床っ面を派手に
「うぎっ、あっぶねえなこの馬鹿力!」
「魔術なんだから知恵力だろうがっ!」
「なんだとぉ!」
アースメギンの効果はまずまずだ。
けども密かに狙ってた先制攻撃ノックアウトとはならない。剣の射程外から大きく飛び退いたショークは、焦りながらも減らず口を叩いていた。
「まだまだぁ!」
「喰らうかよ!」
だったら口数減るまで、畳み掛けてやる。
有言実行とばかりに猛進して、繰り出したもう一打。
我ながら鋭い一撃だったけど、小柄な体躯を捉えることは適わない。
(くっ、やっぱ見た目通りすばしっこいなぁこいつ!)
バトル物において、小柄なキャラクターは俊敏って印象が強い。ついでに悪役は逃げ足も速いもんだ。
剣の距離に決して入らないように逃げ回るショークの足並みも、さながら光をあてられたネズミのように速かった。
「悪党は流石に逃げ足が速えな!」
「ケッ、お前が言えた台詞かヒイロォ! そら、喰らえっ!」
「っ!?」
逃げ足だけじゃなく嗅覚も意外に鋭い。
雑に追い回すようにみせて、壁際に追い込もうという俺の狙いを嗅ぎ付けたんだろう。
その手には乗らないとばかりに、ショークは俺の目を潰すように"金色の粉"を撒いた。
「ぐっ、目潰しか⋯⋯味な真似しやがって」
「目潰しぃ⋯⋯? キヒッ、つくづく物忘れの激しい馬鹿だ」
「あァ? どうい、う⋯⋯ぐ、くぅっ、これはっ⋯⋯!?」
言うこと為すこと小物臭い。
そんな悪態をニヤリと嘲るショークにぶつけてやろうとするも、急激に身体に襲い来る謎の異常に遮られた。
(な、なんだこれ。身体が急に、し、痺れてる!?)
異常の正体は、つま先から股関節にかけてビリリッと走る、強烈な痺れだった。
立っていられないって程じゃない。
正座した後に成りがちなあの痺れを、一際強烈にした類のものだ。
けどこれは何だ。なんだっていきなりこんな異常に襲われるんだよ。
「間抜けが、まんまと吸い込みやがって」
「吸い込み⋯⋯っ、テメェ、まさか!」
「おうよ。お前にぶつけたのはビリビモスの鱗粉だ。吸い込んだ途端に、
「状態、異常だと⋯⋯!」
「ケケケ、つくづく鳥頭だなぁヒイロ! この俺の十八番をすっかり忘れちまってやがって!」
ショークの目潰しは、追い詰められかけたが故の足掻きなんかじゃなかった。
身体の不調は、あの金色の粉が原因。
吸った人間にバッドステータスをもたらす、ゲームにありがちなユーズアイテムってことかよ。
「クソッ、
「当然だ。騎士とは剣と盾のみが装備ではない。第一、魔術も可としているのだ。殺傷性に過ぎたモノでなければ我々は看過する」
「残念だったな、この間抜け! そもそもこの俺を前に道具使用を想定してねーのがアホなんだよぉ!」
魔術も有りなら道具だって有り。ぐうの音も出ない正論だった。自分の迂闊さに歯噛みするしかない。
加えてショークのあの口振り。つくづく姑息というか、小悪党ムーブが板についてる男だよ。
「焦ってやがるなヒイロ。その顔見るに、どうやら回復アイテムも持ち込んでねーようだな⋯⋯ケケ、白の魔術素質しか無い無能野郎の癖してよぉ、無用心な野郎だぜ」
(なんでそんな事まで⋯⋯い、いや、元々ヒイロがつるんでた相手だ。知ってたって不思議じゃない)
「デクの癖して素早いその脚をどうしたもんかと悩んじゃいたが、お前のオツムの悪さにゃ助かったぜ」
初見殺しもいいとこだが、引っかかった俺がつけるケチなんてショークが取り合うはずもなかった。
「これまで散々俺に生意気くれたお礼代わりだ。たっぷりと嬲ってやんぜ⋯⋯ヒイロちゃんよォ!」
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