033 舞台袖の因縁


・選抜試験表『ヒイロ・メリファー』

 試験会場 『演習所3−G』

 対戦相手、以下。


『一次戦』 ショーク・シャテイヤ

『二次戦』 シャーベット・リコルメイザ

『三次戦』 フォトム・チョッパー




「⋯⋯」


 うん。

 ううん。

 うん⋯⋯うん?


「⋯⋯⋯⋯ぽえっ?」



 あれ。え? ちょ、シュラどこ?

 シャとショの字はあっても、シュの字がどっこにも見つからないんですが。え、バグった? このシナリオバグってない、ねぇ神様。



「ちょっと、なにボケっとしてるの」

「しゅ、シュラか」


 しかもいつの間にかシュラに声かけられてるし。

 いやそこ居んのに、なんで記載欄に居ないの君。

 どゆことなの。ついに俺の頭ん中もバグって来ましたけど。


「て、テメェ⋯⋯なんでテメェが俺の相手じゃねぇんだ」

「⋯⋯あぁ。それ、あたしも見たわ。口だけじゃないって事、やっと証明してくれるのかと思ってたけど⋯⋯⋯⋯その機会はまた今度になりそうね」


「お、おう」


 なんか残念そうな顔してるけど。いやでもあっさりっちゃああっさりしてませんか。いやいやいや。

 落ち着け俺。ちょっと一旦落ち着こう。

 あー、うん。ひょっとしてあれか。

 俺、早とちりしちゃってましたか。

 へー。そう来たか。


(⋯⋯最近の俺、散々過ぎやしませんかね)


 ぶっちゃけようか。くっそ恥ずかしい。

 夜寝る前にふと思い出しては、ベッドの上で悶える奴やん。確信とはなんだったのか。

 死にたい。穴があったら埋まりたい。そんで雨降って固まってくんねぇかな、穴ごと。


 でも考えようによっては、まだ俺はシュラと戦える段階には至ってないって解釈も出来る。

 魔術修行も頑張ったけど、正直クオリオからはまだまだ魔素の扱いが雑って言われてるし。

 多分早とちりだな。うん。マジで羞恥心でどうにかなりそだけど、ここは堪えろ。堪えるんだ俺。


「まぁ、鬱憤晴らすには都合の良い奴があたしの相手だったのは⋯⋯幸いかしらね」

「あァ? んだそりゃ」

「なんでもないわ」


 強風吹き荒れる俺の心境をよそに、目の前のライバルは意味有りげに微笑んだ。

 こう、俺以外の因縁を前に威嚇するような、怖じ気のするほど綺麗な微笑みだった。


「あんたは自分の相手のことだけ気にしてなさい。精々、足元掬われないようにね」

「ケッ、そりゃ俺の台詞だ」

「あんたが言うには十年早いわよ⋯⋯それじゃ」


 どこか含ませた言動の中身を明かさず、シュラはあっさりと去っていく。

 多分、振り分けられた演習場へ向かうんだろう。

 若干、因縁の相手っぽい言い方だったけど⋯⋯俺じゃないし。

 じゃあシュラの相手って一体誰だよ。

 浮かんだ疑問を視線に乗せて、去りゆく背中を見つめた時だった。


「⋯⋯!」


 冬の空のような灰銀色の長髪が舞台袖のカーテンみたくドレープを作っていた。

 そのふわりと舞ったシュラの長髪の隙間から、ちらっと見えた人影。

 見覚えがこびりついたような、小さなシルエット。



(⋯⋯ショーク)

「キヒッ」


 現時点ではシュラに劣らず因縁深いともいえる、一次戦の対戦相手。

 とんがり鼻の悪どい面構えが、濁った瞳で俺を嗤っていた。




◆ ◆ ◆





「ムカつくヤツだよなぁ」

「⋯⋯あァ?」(はあ?)


 演出所についた途端の、唐突な憎まれ口だった。

 前触れは無くても、積もりに積もった感情があったのかも知れない。見えないカレンダーをめくるように、ショークはのんびりと肩をすくめた。


「昔からすっとろいデクだったが、最近のおまえは格別ムカつく奴だよ。愚図の癖して、いつの間にかお高くとまるよーになりやがって」


 唾で濡らした床を蹴るショークは、忌々しさをちっとも隠そうとしない。けども妬みや僻みも見せない下卑た面構え。まるで仲間の更生を許せない不良グループのような、歪みきった口上だった。


「威張り散らしのくそルズレーよりもだ。荷物持ちの木偶の棒が。これ以上、このショークの上に立とうとすんなら、ここで白黒つけてやんよ」


 黒い決意ごと叩きつけるような、見事な啖呵と言えなくもない。

 でも、でもですね。


(⋯⋯ショークが相手かよぉ)


 俺の方はといえば、コレジャナイ感が凄かった。

 いやだってさぁ。こんな因縁の勝負感だされても、いまいち燃えないシチュエーションですもん。

 だってこの構図、主人公(元取り巻き)対現取り巻きって事だよな。ぶっちゃけショボくない? よそでやれって感じの因縁じゃない?

 ルズレーならまだ因縁らしさもあったのに、このマッチアップは肩透かし感が酷かった。


「見てやがれよ。テメェが最近つるみ出した、あのいつぞやのヒョロガリ眼鏡みてえに、もっぺん這いつくばらしてやんぜ!」

「⋯⋯」


 まぁ、でも。

 丸っきりやる気がないって程じゃないんだよな。


「クオリオだ」

「は?」


 正直、お前にムカついてんのは俺の方だって言いたい。

 普段の言動は勿論、ルズレーの前じゃ卑屈な癖に、自分より弱い奴にはとことん強く出る姿勢が気に入らない。

 クオリオとの一件もそうだ。俺が出しゃばるのは筋違いだとしても、どっかで落とし前をつけてもらわなきゃと思っていたところだ。   


「ヒョロガリ眼鏡じゃねー。クオリオだ。しみったれたあだ名で俺のダチを呼ぶんじゃねえよ、"とんがり鼻のドチビカス"が」

「お、お前⋯⋯!」


 それに相手がどうあれ、今後を左右する敗けられない戦いであるのは変わりないし。

 飲まされた煮え湯の苦さだって覚えてる。

 これまでの恨み辛みをぶつけるって意味でも、丁度良い。


「これより、選抜試験の一次戦を開始する。

ヒイロ・メリファー。ショーク・シャテイヤ。互いに、構えっ!」


 あぁ、丁度良かったんだろう。

 やっと一発かましてやれるって意味でも。

 ショークの言うヒョロガリ眼鏡との特訓の成果を、披露する意味でも。


「⋯⋯⋯⋯始めぇ!!」


 だから俺は、試験官の開始の合図と同時に躊躇ちゅうちょなく唱えた。


「我が腕に赤き力の帯を──【アースメギン】!」

「!」


 白の補助魔術が一つ、『アースメギン』を。

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