029 四原色とカラーバランス

 魔術を教えて欲しいか。


 クオリオからの提案に、俺は一も二もなく頷いた。もう首が千切れんばかりの勢いで。

 シュラの魔術を一目見た時から、いやさ魔術という存在を認知したときからずっと使ってみたかったファンタジーだ。

 更に魔術を学べば、俺自身の悩みも解消できると。このビックウェーブに乗らない手は無かった。


「まずは基礎的な知識から行こうと思う。さっきも言ったが、魔術とは『魔素』を扱う為の『術』であり、古より継がれてきた叡智だ。魔素を独自の方法で取り込み、呪文ルーンや触媒を介してあらわす⋯⋯そういう神秘だ」


 叡智。叡智と来ましたよ奥さん。なんて心踊るワードでしょう。まだほんの導入だってのに、ワクワクする気持ちが抑えらんねー。


「⋯⋯なるほどな。呪文と触媒は、魔術に必要不可欠ってことか?」

「いいや。魔術を発動するのなら、最低限必要なのは魔素と魔術名だけで良いんだ」

「んじゃ呪文と触媒に意味はねえのか?」

「そんなことはない。呪文と触媒は魔術の効能を向上させる重要な技術だぞ。うん⋯⋯そうだな。百聞は一見に如かずか」


 百聞は一見に如かず。つまりは実践してくれるという事だろう。

 思わず昂ぶる期待感を胸に、素直に従う俺の隣で、クオリオの纏う雰囲気が変わる。


(⋯⋯!)


 いや雰囲気だけじゃない。

 目を細めたクオリオの周りに、翡翠色の光の粒子が浮かび上がり、星々の様に輝いていた。

 まさに神秘の兆候。非現実の発露。でも仮染めじゃない。

 これこそがリアルなんだといわんばかりに、クオリオは大きく腕を振り上げる。


「『シルフの戯れ』!」

「!」


 腕の動きと同時に、"翡翠色の三日月"が飛んだ。

 自然ではあり得ない現象、まさに魔術としか言いようがない。

 クオリオの放った風の刃は、そのまま真っ直ぐに軌道を描き、樹木の太い枝をスパッと断ち切った。


「今のは⋯⋯!」

「良いリアクションじゃないか。でも、驚くにはまだ早い。次はこの魔術の真骨頂を見せてやる」


 ファンタジーがフィクションだった側からすれば、充分凄い。しっかり形になった神秘を目の前にしただけでも、鳥肌もんだった。

 しかしまだまだこんなもんじゃないとばかりに、クオリオはニヤリと笑うと、懐から小さな瓶を取り出した。


(なんだ⋯⋯虫と、鳥の、羽根?)

「『おどけ、遊べ、バラバラに』」


 瓶詰めにされてた中身が、呪文らしき言葉と共に宙に放られる。

 無数の鳥と虫の小さな翅。光を浴びて一瞬輝いた小さな翅達が、クオリオの翡翠色の魔素に包まれた途端、可燃物を取り込んだ炎みたいに膨れ上がり。


「『シルフの戯れ』ッ!!」


 そして。再び放たれた風の刃は、さっきとは何もかもが違った。

 大きさも。速度も。

 枝どころか樹木の幹ごと断ち折った威力も。


「……すげえな。桁違いじゃねぇか」

「勿論だとも。これが魔術の真髄だからね」

「……瓶の中身が触媒、中身をばらまく前の言葉が呪文か。おい、あの羽根をばら撒いたのは?」

「これも触媒の一環さ。触媒とは単に必要とされるものを用意するだけじゃなく、魔術のモチーフになった幻想に関連付いた逸話や思想をなら行動アクションも組み込まれている。今使った『シルフの戯れ』の触媒とは、バラバラになった羽根を振る舞う事までを指すんだ。魔術はいわば儀式みたいなものだからね」

「儀式、か⋯⋯いかにもドルイドめいてやがんな」(いいねぇ、魔術! 浪漫がみなぎるぜ!)


 魔法使いではなく魔術師、って印象を強めるような二つのプロセス。ようは、単に羽根だけあれば成立する訳じゃないって事だろう。

 その手間暇をかけなくちゃいけない面倒臭さがなまじリアリティがあって、魔術なんて神秘を身近なものに感じさせた。

 いや、実際身近なんだ。魔素も魔術も。

 俺はそういう世界で息をしてるんだ、ってぞわりと肌立つ実感に、改めて思った。



「さて⋯⋯今僕が使ってみせたのが、いわゆる『緑の魔術』の初級魔術だ。で、一応聞くんだが⋯⋯四原色って概念については知ってるか?」

「あァ? 四原色⋯⋯チッ、聞き覚えはあんだがな」

「中身は知らない、と。やれやれこれじゃあ幼子に一から教えるのと変わりないな。仕方ない、ちゃんと説明してやるから聞き逃しの無いように」

「⋯⋯⋯⋯おゥ」


 口振りとは裏腹に、クオリオの眼鏡がさぞ楽しそうにキランと光った。


(あーあー⋯⋯スイッチ入ってんじゃん、この薀蓄うんちく語り大好きマンめ)


 ここ一週間で分かったことだが、クオリオは知識を蓄えるのみならず、蓄えた知識を放出するのも大好きらしい。

 薬草についてのちょっとした俺の質問に、やれ広義的にはやれ学説では研究成果ではと⋯⋯それこそ夜が明けかねない勢いで語り通されたのも、記憶に新しかった。


「『四原色』と即ち、魔素の中でもっとも世界を構成する割合が大きく、また各特色が濃く、強い、四色の代表的属性のことだ。それじゃ、一つ一つ簡単に解説していこうか。

 まず、一つ目は【赤】。あらわす神秘は『火炎』『発光』『光線』などがあり、四原色の中でも攻撃的なものが多く、破壊性に秀でた属性だろう」

(赤⋯⋯シュラが使ってた奴も、確か赤だったっけな)

「次に【青】だな。顕す神秘は『流水』『回復』『氷結』などか。四原色の中では応用性があり、環境次第では重大な成果を発揮する事も多い。

 そして【緑】の顕す神秘は、『疾風』『阻害』『雷鳴』。四原色の中でも影響をもたらす範囲が広く、戦いの主導を握りやすいな」

(青は水、緑は風。ってことは、クオリオは風が得意な緑の魔術師なのか)

「そして最後は【黄】。顕す神秘は『大地』『引斥』『豊穣』か。四原色の中では汎用性に長け、戦闘から農作まで幅広く活用されている⋯⋯とまぁ、四原色の各特色はそんな所だよ」


 総括を終えて、空っぽになった肺の空気を溜め込むように大きくクオリオが息を吸う。

 しっかし属性か。いかにもゲームのシステムめいた要素だけど、こういうのは最初っから全部を理解しようとせず、なるべく簡単に覚えとく方が良さそうだ。

 そんで徐々に実戦を交えて身体に馴染ませていく。これがベスト。今までやったゲームもそうだったし。

 てか全部覚えようとしたら俺の頭じゃ間違いなくパンクする。俺、基本はレベル上げて物理で殴る派だし。べ、別に脳筋じゃねーし。


「はン。要は赤が火で青が水、緑が風で、黄が地⋯⋯てな風に考えりゃ良いんだろ。そんくれえなら覚え易いぜ」

「うーん、本当はもっと各属性の副次的な特徴にも目を付けて貰いたいんだが⋯⋯最初の内はそんなものでも良いか。それに、僕も興が乗ってきた。もっと深い所にも触れていくとしよう。ついて来れるか?」

「あァ? お、おォ。たりめーだ、この程度ならなんてこたぁねーよ」


 かと思えば、なんか更に難しくなるっぽいんですがそれは。


「四原色について触れたが、魔術を扱う上で忘れてはいけないのは、魔術同士の力関係と、場の魔素比率カラーバランスだ」

「力関係? カラーバランス?」

「あぁ。属性の力関係だが、一般に『赤』は『青』に強く、『青』は『緑』に強く、『緑』は『黄』に強く、『黄』は『赤』に強いとされている。とはいえ使用者の精神力や魔術精度によっては覆る事も多いがな」

(やっべ。なんか難しくなって来た。あーっと、赤→青→緑→黄→⋯⋯って力関係で良いのか? )

「そして魔術とは、場の魔素比率カラーバランスによって効力が左右され易い。例えば、火山などの火の魔素が豊富な地では、赤の魔術が効力を増し、青の魔術は減退する、といった風に。魔素と場のカラーバランスは、魔術におけるルーンや触媒並に重要項目だからな。とはいえ初歩も初歩だ。そう難しい内容ではないだろう?」

「⋯⋯⋯⋯お、おう。初歩ね。余裕。余裕に決まってんだろコラ」


 これで初歩ですか。

 うん、つい強がってみたけど、ぶっちゃけ不安だ。 

 小中高と担任教師を泣かせてきた、勉強嫌いの憧ちゃんは伊達じゃあない。


 魔術の底なし沼並の奥深さに、俺は口の端っこがピクつくのを抑えられなかった。





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