027 ヒイロの悩み

 夢中になってる時ほど時の流れは経つのが早い。

 タウラスの月も丁度半ば。入団してから二週間だ。

 選抜試験までいよいよ折り返し。どこか浮いた空気のあった新米隊士達の面構えも、引き締まってきた今日この頃の騎士団本部空き地にて。

 俺は、腕組み仁王立ちの姿勢で、頭から黒煙をあげていた。


「わっかんねぇ」


 どーーーにも伸び悩んでいる気がする。

 こっちに来てかれこれ一ヶ月。自分でもやり過ぎかもと思うくらいには鍛錬を積んだつもりだ。

 特に入団してからの二週間は相当な濃度だったと思うのに、これといって成長を実感出来ていなかった。

 他の新米隊士の中には目に見えて強くなった奴だっているのに。解せぬ。


(俺、主人公だよな? だってのに、この努力に対する手応えの無さはなんだろ。全然強くなってる気がしないんだよなぁ)


 主人公の成長率って大体ぐんぐん伸びるもんなんだけど、どういうことなの。

 凡才だって師範代に言われた本来の俺でさえ、もう少し伸びてたぞ。

 アレか、覚醒イベント待ちなのか。覚醒イベント後に一気に強くなる的な?

 だとしたらまだチュートリアルくらいしか進んでない事になるけど。ちょいと序章が長過ぎませんかね。 


(というか最近は、段々と身体が鈍くなってる気がすんだよなぁ)


 俺の頭を悩ませる要因は、成長率の悪さだけじゃない。剣の振り下ろしを始めとした体さばきに、絶妙なもどかしさを感じていた。

 こう、理想とする動きの六、七割はなぞれてるのに、残りがどうしても届かない感じ。

 あれだ、十代で足の爪まで届いてた立体体前屈が、三十代になるとくるぶしまでしか届かないみたいな。成人前にして感じる老いとは。

 けど明らかに気のせいじゃ無かった。原因もさっぱりだ。


(わっかんねー。マジでわっかんねー)


 そんな訳で、流石の俺もまあ良いかで済ませられず、こうしてショート寸前まで悩んでいるのである。


「どうなってやがる」

しかめっ面でひとり唸ってる君の方が、僕から一体どうしたって話なんだが」

「⋯⋯あァ? んだよ、クオリオか」

「なんだとはご挨拶だな、君は」


 俺のお悩みタイムを遮ったのは、インテリ眼鏡ことクオリオだ。

 何しに来たのと尋ねれば、溜め息混じりにタオルと水筒を放られる。俺に差し入れって事らしい。

 一週間前じゃ考えられない事態だが、ここで善意を深掘ればどうせへそを曲げるので、特に言及はしなかった。


「で? せっかくの休日にまでわざわざ鍛錬に励んでおいて、なにをそんなに難しい顔をしているんだ」

「壁にぶち当たってる」

「壁?」

「どうにも思い通りにならねぇんだよ」

「⋯⋯相変わらず君の言葉は理解するには色々と足らないな。なにがどう思い通りにならないか話して貰わなきゃ僕に分かるはずないだろう」


 おっしゃる通りです。まぁ口下手なのはお互い様だろうけどな。

 とはいえ聞いてやるから説明しろ、と言われちゃ断る理由もない。

 ってな訳で、俺の生前やら主人公理論やらを端折はしょって説明してみた。


「なるほど」

「何か分かったってのか」

「いいや。君だって僕の得意としてるジャンルは分かるだろう。体術に関しては門外漢だよ」

「⋯⋯チッ、使えねぇ」(ですよねー)

「使えないとはなんだ、君はほんとに失礼なヤツだな。しかし⋯⋯実の所、心当たりが無い訳じゃないんだよ」

「あァ?! おい、勿体振りやがったなテメェ!」


 うーんこの頭でっかちめ。悪い顔しやがって。

 クオリオもまた、インテリ特有の、結論をあえて持って回しながら披露する悪癖持ちな男だった。


「日頃粗暴な君への仕返しだよ。で、心当たりなんだが⋯⋯二日前の実践式調練のことだ」

「二日前の実践? 確か一対一の模擬戦だったか。チッ、結構手こずっちまった覚えしかねぇな」

「確かに、苦戦していたな。で、その時の話だが、実は僕の隣で⋯⋯その。エシュラリーゼさんも、君の闘いぶりを観ていたんだ」

「シュラが?」


 予想外の名前に、思わず目を丸めてしまった。

 何故ここでその名前が。つーかあいつも俺の苦戦っぷりを眺めてたんかい。

 事後報告とはいえ、ライバル相手に体たらくを見られてたってのは、やっぱりいち主人公としては抵抗感があった。

 あいつには以前も弱み見せてしまってるし、なんだかなぁ。ライバル枠の癖に、ヒロインみたいな妙な間の良さをしてからに。


「まぁ、たまたま近くに居ただけだろうけど。彼女は僕に気付いて無かったみたいだし。しかも機嫌が悪かったみたいで。君が相手に圧される度に、こう、舌打ちしたり、情けないとか口だけとかなんとか呟いたり」

「チッ、あのアマ⋯⋯」

「ただその呟きの中で一つ、『魔素の使い方もろくに知らないから手こずるのよ』というのが気になった」

「魔素?」


 え、なんでそこで魔素が出てくんの。

 純粋な剣闘とは結び付き難い単語に、シュラの名前に続いて俺は再び目を見開く。

 が、俺と違ってクオリオは何やら閃くものがあるらしい。教鞭を振るう教師みたく、眼鏡をクイッとやって人差し指を立てた。


「なぁ、ヒイロ。ひょっとして君、魔素をほとんど活用していない戦い方をしてるんじゃあないか?」


 ひょっとしてもなにも。

 え。


 魔素って、戦いに必要なの⋯⋯?



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