020 入団の時、来たれり
「ふぅ⋯⋯」
「浮かない顔ですねノルン様」
「あれだけ今後の不穏を匂わされたら、浮かない顔もしますってばぁ」
「でも、例の熱海憧殿が憑依したヒイロというキャラクターも登場されたじゃないですか。少しはお喜びになるかと思ったんですけど」
「登場って、ナンパするルズレーさんの隣でコクコク頷いてただけじゃないですかぁ。もう一人の取り巻きさんの方がよっぽど台詞ありましたよ」
「モブキャラもモブキャラですからね、ヒイロは。憧殿の苦境、察するに余りあります」
「あぅ」
「そんな顔をされても。ささ、気を取り直して早速第1章をプレイと行きましょう、ノルン様。攻略情報によりますと、この第1章の終盤にてヒイロの見せ場があるみたいですよ」
「ほ、本当ですか! よ、よーし、頑張って進めますよー!」
「その意気ですノルン様。我々の目にしかと焼き付けましょう。原作のモブキャラヒイロの活躍を!」
「はいっ!」
「最初にして最後の見せ場ですけど」
「えっ」
◆ ◆
光陰矢の如し。春休みにも似た準備期間は瞬く間に過ぎ、桜が散り終わったタウラス(4月)の7の日。
着替えと生活用品を最低限詰め込んだバックを肩に、俺は騎士団本部ヴァルハラへと赴いていた。
用向きは勿論、エインヘル騎士団の入団式である。
「──さて、騎士としての心得は以上で充分でしょう。次に、新人隊士の貴方達について。まずはこれより一ヶ月間、隊士訓練を行っていただきます。内容は基礎的な体力作りに始まり、軍事行動の演習や実践式訓練が主となります。養成学園生上がりの隊士は、学園のカリキュラムがより濃く、厳しいものになったとイメージすれば良いでしょう」
マイクも通してないのに一字一句がはっきり届く声は、壇上に立つ女性のものだった。
滅私色のショートヘアに淡々とした口調も相まると、委員長的な雰囲気を感じざるを得ない。
「そして一ヶ月の訓練期間後には、選抜試験を行います。この試験の成果によって、貴方達が今後編成される所属隊が決定されると思って良いでしょう。その中にはこの国の主力団体であるブリュンヒルデ隊も含まれます。各員、心に留めておくように」
ようは一ヶ月後に
となれば俺も花形である本隊入りを目指したいところだ。
騎士ヒイロ物語の為にも、気合い入れてかねーと。
「くうっ、やっぱリーヴァ団長補佐官筆頭殿はたまんないなぁ」
「全くだ。あぁ、あの美貌に冷たい眼差しに睨まれたらと思うと僕は⋯⋯」
「うん。俺は罵倒されたい」
「踏まれたい」
「蹴り回されたい」
「はぁ、やだやだ。男ってのはこれだから⋯⋯」
「ねー、見る目ない。何が筆頭補佐官よ。二十にもなってないのにあの吊り目具合、絶対ヒステリーとか酷いよ。私には分かる」
いや学生気分かあんたら。中学の朝礼を想起させるような口々の囁きにずっこけそうになる。
え、騎士ってこんな思春期男子と給湯室のOLみたいな奴らの集まりなの。俺の気の入れよう返して。
なんて風に、周囲とのまさかの温度差に先行きの不安を感じた俺だったのだが。
数秒後、心配は無事に杞憂となった。
「では、最後に⋯⋯我らがエインヘル騎士団の長、レオンハルト・ジーク閣下よりお言葉があります。
────総員っ、拝聴!」
現れた騎士を前に、どこか弛んだ空気が消えた。
青銀の鎧、腰鞘の剣、胸元に付けたの四ツ羽の銀勲章に、金色獅子の刺繍が施された赤マント。
その風貌は
「晴れて騎士となった諸君、ご機嫌よう。エインヘル騎士団団長、並びにブリュンヒルデ隊主導騎士のレオンハルト・ジークだ。まずはこの度、我らが同門となった君達に歓迎の意を贈りたい。
ようこそ、エインヘル騎士団へ!」
誰もが口を閉ざして、背筋を伸ばして騎士を仰ぐ。さっきまで陰湿な囁きを零していた女達なんて、うっとりと頬を染めてる。
恍惚としてるのは彼女達だけじゃなかった。鼻の下を伸ばしていた野郎共でさえ、その眼差しに大なり小なりの憧れを灯していた。
あれが、団長レオンハルトか。
んーーーー。なるほど。オーラぱねぇっすね。
しかも金髪碧眼の超絶イケメン。
見た目も立派、声も良ければ背も高くて手足も長い。天が二物どころか十は与えてそうな大盤振る舞いっぷり。
「と、仰々しく言ってはみたものの、大体の説明はリーヴァくんが話してくれたからね。説明下手な私としては、優秀な部下を持てて良かったと胸を撫で下ろすべきだが⋯⋯正直、話題に困ってね。贅沢な悩みというべきかな」
「か、閣下⋯⋯」
そんでユーモアもあると。完璧か。
拝啓女神様。ちょっとキャラデザインの格差あり過ぎやしませんか?
い、いや、ああいう出来過ぎキャラを踏み台にしてこそ主人公っしょ。大丈夫、俺は折れない。
顔面偏差値なんてのは、物語優遇率の決定的な差ではないと教えてやるんだ。
「だからここは、手短に行こうと思う」
レオンハルトの持つ風格につい自分を励ましていれば、憧憬羨望一色の空気が、シンと静まり。
「諸君。この世界は、平和ではない」
皮切りの言葉に、会場に風が吹く。
強く熱い風が、頬を擦り抜け肩を叩いた。
「領土拡大を望み、侵略の手を伸ばさんとする他国との小競り合い。災禍が生んだ貧困が故に身を落とした賊。古来より
不思議な声色だった。
この大陸にありふれた危惧。道端に転がる驚異。
淡々と語る言葉に温度はないのに、返ってそれが誇張のない真実なのだと知らしめた。
「だが、我らが居る」
けれどその危機を祓うことこそが使命だと、あの壇上の騎士は言い放った。
「我らこそ、大陸一の国家が誇るエインヘル騎士団。
ユグドラシルの袂にて国を興した初代騎士王シグムントの意志を継ぐ、剣であり盾。我らが国家、我らが王家、我らが民を護る為の力である。
さぁ、今ここに集い、新たに胸に四ツ羽の勲章を飾る騎士達よ!
揺らがぬ志を誓い、正道を為し、誇りを胸に灯す覚悟が有るのなら!
総員────剣を掲げよ!!」
瞬間、鳴り響くのは数多の剣の声だった。
腰鞘から。背中から。
それぞれが大小短長違った剣を抜き取り、天を指す。
会場内全員の一斉抜刀。騎士達の呼吸は一糸の乱れもない。
「────聖欧国に、光あれ!」
「「「「「聖欧国に、光あれ!!」」」」」
少し前までの有象無象を騎士に仕立てて、壇上の青年は言葉だけで率いていた。
人はきっと、そういう姿を
(あれが、騎士団長。この国一番の騎士か)
良いなぁと。喝采の中で独り呟いた。
そう、あれだよあれ。
俺はああなりたくて此処に居るんだ。
いずれ至るべき理想の姿を見出しながら、頬が吊り上がるのを抑えられない。抑える気もなかった。
「面白くなってきやがった」
また一つ越えるべき壁を見つけられたんだ。
こんなに嬉しいことはない。主人公冥利に尽きるってやつだろう。
熱狂の中で掲げ続ける剣は、真っ直ぐに上を指す。
俺の目指す高きへと、曲がることなく重なるように。
◆
なんて風に王道主人公然としながら心をメラメラ燃やしてた時期が、俺にもありました。
渡る世間は山あり谷ありで、べた凪無風とはいかないらしい。それはそれで刺激的で結構なんだけど、今回ばかりは歓迎出来なかった。
「ヒイロ・メリファー⋯⋯まさか君と同室になるなんて。うぅ、最悪だ。だから僕は騎士になんてなりたくなかったのに⋯⋯!」
同月同日夜半ば。
新人隊士用に設けられた区画内寮のとある一室で、この世の終わりとばかりに嘆く少年に睨まれていた。
割とガチな涙目で。
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