013 熾烈なるシドウ
「シドウ教官に挑むなんて、正気か」
「なぁ、あいつって強いのか?」
「いや。養成学園では同じ教室だったけど、全然そんな事なかったぞ。模擬戦でも通算は負け越してたはずだ」
「セネガル家の嫡子の取り巻きだろ? だったら金でも握らせてんじゃね」
「有りえないだろ。シドウ教官といえば腐敗化の進む騎士団においても、一切賄賂を受け取らない『清職者』として特に有名じゃないか」
「じゃあなんでだよ」
「知らないよ。気でも触れたんじゃないのか」
ざわざわひそひそ。
狼狽と怪訝が肩を組んで踊り散らかしているグラウンドのど真ん中で、俺は万感の思いで空を仰いだ。
(ふっふっふっ⋯⋯まさかこんなに早く見せ場がやって来るとは)
騎士としての道を歩む為の、最初の一歩。
相対するのはライバルたるシュラに敗れたとはいえ、強者の風格が漂う眼帯騎士。
周りを囲むのは、誰一人として俺が勝つとは思っていないオーディエンスの皆様方。
完っ璧だ。完璧でパーペキでチョキプリだ。
騎士ヒイロが飛躍する舞台として、これほどまでにおあつらえ向きな展開が他にあるだろうか。いや無い。
「ヒイロ・メリファー。準備は?」
「見りゃ分かんだろ」(ばっち来ぉーい!)
「ふっ、左様か」
剣の柄を握り直して吐いた強気を、教官はひとつ笑って構えを作った。
「それでは、試験を開始する──受けてみよ」
「!」
開始と同時に放たれる威圧感に、背筋が凍った。
隻眼に灯る濃密な殺気。5メートル以上は離れてるのに、まるで至近距離で刃を押し当てられているような。
「っ!?」
違う。ような、じゃない。
圧に抗おうと腹に力を込めた一瞬で、教官はすぐ目の前まで肉薄していた。
それだけじゃない。教官の持つ剣刃が閃る。下から上への斬り上げ。
速過ぎるあまり、蛇のように歪んで見える。
しかしなんとか目で捉え、ギリギリで受けることは出来た。
受けることは、だけど。
「ぐっ?!」(は!? 重っ!)
「ほう、防ぐか。しかし」
「!」
「脇が空いたな」
「まずっ⋯⋯⋯⋯ぐ、あがっ!?」
速いだけじゃない。込められた力も尋常じゃなかった。
斬り上げを受け止めた反動で、身体がふわりと浮いてしまったほどだ。
嘘だろおい。どんな腕力してんだ。
そんな脳裏を占めた茫然も、がら空きになった胴に叩き込まれた掌底で消し飛んだ。
「っぁ」
ぶれた視界と共に、地面と水平に吹き飛ぶ。
今度は浮いた、なんてもんじゃない。真っ直ぐ飛んで、肩から落ちた。剣を手放さなかったのは奇跡だ。
「うぶ⋯⋯げほっ、ごほっ!」
前転の要領で落ちた勢いを活かして、惨めに倒れ伏せる事は防げたけど。口の中に広がる、鉄の味。こらえ切れなかった咳と一緒に、血の塊が吐き出た。
俺が濡らした紅い水面に、自分で血の気が引くほどだった。
「まだだ」
「っ、くそっ!」
でも相手の強さに気を取られる暇もない。
整えた呼吸の間を見計らうように、距離を詰めた教官からの一刀が既に振るわれていたのだから。
(次は上からか!)
「惜しい」
「なにっ!?」
力、速さ。加えて、技。
上からの振り下ろし、と思えば再び下からの斬り上がり。受ける角度を修整するよりも早く、教官の剣が胴に届く。
「かッ──」
横っ腹から走る鈍痛。こらえて振り払うも、既に教官は数歩下がっていて届かない。
痛みのあまり、額から脂汗が滑り落ちる。でもその汗が地に触れるよりも、教官の追撃の方が速かった。
「ふむ。返しが浅いぞ」
「くっ、そがァ!!」
斬り上げを防げば横薙ぎ。
薙ぎを防げば突き。
突きを
息継ぎを許さない高速の連打は、剣の雨。
いや、雨なんてもんじゃない。暴風だ。
防いでも防いでも身を削りとってくる、容赦のない豪雨だ。
「チィッ!」
「粘るな。だが!」
端から見れば、試験の初戦の焼き直しだった。
けど立場はまるで違う。
あの時は
しかも教官と違って、防ぎ切れてない。
速さと重さを相乗した連撃は、ガードすら潰し、受け刃を越えて身体に届いている。
膝に、肩に、腕に、顔に。
一度剣が振るわれる度に、俺の身体には傷が幾つも増えていた。
「良い、加減にィ」
「!」
「しやがれっっ!!」
このままじゃ本当にまずい。
身体にまとわりつく痛覚を振り払うように、目一杯、力を振り絞る。
挽回の一打。暴風雨に晒されながらも、見逃さなかった連撃の繋ぎ目に食い込ませ、叩き込んだ。
「ふむ」
「くそっ、平然としやがって」
必死のカウンター。けれど全力込めた一打で拾えたのは勝利ではなく、数歩分の距離が精々だった。
挽回なんてほど遠い。現に受けた側の教官は、ちっとも余裕を崩さない。
(あぁ、畜生。やっぱすげー強ぇやこの人)
みくびっていた訳じゃない。
シュラとのタイマンでも、剣捌きや足捌きの手堅さからして、相応の実力者だってのは分かってたことだ。
(はは、勝てる気しねー。クソゲーってやつかなこれ)
こうして何度か剣を交えてみて、改めて分かる。
今の俺じゃ到底及ぶはずのない相手だ。
逆立ちしたって敵わないだろう高い壁。
これがゲームだとしたら、負けイベントじゃねぇかと匙もコントローラーも投げたくなるクソ仕様だろう。
(⋯⋯でも、だからこそ確信した)
しかし、そんなものは俺には最初っから見えていたし、分かっていた。
それでも俺が自分の選択を疑わないのは、いわゆる負けイベントってのには『二種類』あるからだ。
一つは後々のシナリオの進行上、ここで主人公が負ける事に意味があるもの。
勝ってしまってはいけないから、負ける。
歯痒いが、物語の枠組みを考えれば当たり前の理屈でもある。
そして、もう一つはというと。
「⋯⋯ふむ。不可思議なやつだ」
「あァ?」
「見たところ、多少の心得はあるらしい。足の運び、腰の据え、目の動き。貴様のそれは、闘う術を知る者のモノだ。荒削りだが悪くはない」
「⋯⋯」
「だが、であるならば一層分かるはずだ。私と貴殿の間にある差を。剣を交えずとも察せたはず。現に、貴殿は一太刀も入れれぬままに押し込まれている。その状況下で、貴殿は⋯⋯なぜそうも、"笑っていられる"?」
腑に落ちないか。まぁ、そうだよな。俺と教官の差は歴然。どうしたって無謀。棍棒持ったゴブリンが、ドラゴンに闘いを挑んでるようなもんだ。
でも。
例え周りから見れば無茶で無謀に見えたとしても、俺だけに見えてる勝ち筋がある。
それは、負けイベントのもう一種類。
耐えて耐えて耐えて、それでも諦めない主人公が咲かせる、反撃の芽。
圧倒的劣勢を覆す、ストーリーの盛り上がり所。
即ち────覚醒イベントだ
「知らねぇよ。だが、いつだってそうだろ」(教えたってわかんないだろ)
「……?」
「最後に笑うのは、勝者だ」(でも最後に勝つのは俺なんだ)
「⋯⋯ほう」
俺の答えが琴線にでも触れたのか。
鉄面皮を少しだけ愉快そうに、教官が和らげた。
だがそれは、本当にほんの一瞬。
幻かってぐらいに僅かな一瞬が過ぎた後。
「面白い」
「────ッッッ、ぐぁっ」
より熾烈な猛攻が俺へと叩き込まれた。
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