011 紫電一閃

 衆人監視の元、という教官の言葉は本当にそのままの意味だった。

 武器を持つ受験者と指名相手。それをぐるりと囲む他の受験者達という図は、さながら闘技場の様だ。

 周りからの視線。プレッシャー。緊張感。

 肝の座りが弱ければ、裸足で逃げ出しなくなっても仕方ないだろう。

 けれどシュラは、そんな重圧など毛程にも感じてない素振りで剣を構える。視線の先には眼帯の騎士。入団試験の説明を一手に担っていた男だ。


「僕をあれほどコケにしたくらいだ、愚かなやつとは判っていたが。つくづく、馬鹿な女だった」

「あん? どういう意味だ」

「指名した相手だよ。入団試験の教官を務めるのは、大概本隊『ブリュンヒルデ』に所属経験があるか、他で功績を積んだ奴だ。あの試験官の中じゃ一番のハズレだよ」

「⋯⋯」

「ふふん。身の程知らずの馬鹿女め。今から大勢の前で醜態を晒すがいい」


 ルズレーの言葉はともかく、あの眼帯教官が只者じゃないのは誰の目にも明らかだった。

 難易度で言えばベリーハード。もしくは二周目以降じゃなきゃ勝てない設定のボスキャラ。そう思えるくらいの圧力がある。

 現にルズレーだけじゃなく、周りの目もシュラの敗北を予感していた。


「準備は?」

「いつでも」

「意気や良し。では、それが蛮勇でない事を示してみせろ!」

「!」


 でもなんでだろうな。

 あいつがルズレーの言う醜態を晒すだなんて。

 そんな絵面は、これっぽっちも浮かばなかった。


「──なにっ」

「示してやるわよ、いくらでも」


 先手を打ったのは教官。先に踵を地から離したのも。

 だが相手の元へと刀身を届かせたのは、シュラの方が速かった。


「その隻眼に、焼き付くぐらいにねっ!」


 至近距離の鍔迫り合い。切った啖呵をそのままに、くるりとニ歩下がってすかさずシュラが殺到する。

 速い。力比べから連撃に切り替えるのも。追撃の剣速も。瞬きする間もないほどだ。


「チィッ」

「はぁっ!」


 舌打ちを挟んで、払い退けるように剣を返す教官。

 しかしシュラは返し刃を受け止めながらも、更に一歩前へと詰めた。


「なにっ」

「逃さないわよ!」


 退くことを辞書から消してるような怒涛の攻勢。

 なんて攻めっ気の強さだ。でも単調じゃない。

 突き薙ぎ斬り払いと豊富な攻め手。狙う箇所も定めず、色んな角度から。


(ただ攻めっ気が強いだけじゃない。あいつ、教官の返しの初動を全部潰してないか!?)


 踏み返す一歩を刈り取る振り下ろし。

 突きで押し返そうとすれば、構えごと払う横一閃。

 腰を据えようとすれば下からの掬い上げ。

 息継ぐ暇ごと殺すような連撃。あれじゃあちょっとやそっとじゃ攻守が覆らない。


「教官が押されてる!?」

「嘘でしょ!?」

「シドウ教官が防戦一方だと⋯⋯」

「あぁ。あの受験生、凄まじいな」

 

 予想を大いに裏切る一方的な展開に、周囲はこぞって目ん玉落としそうな勢いだった。

 かくいう俺も仰天するよ。つかなにあいつ。只者じゃないのは判ってたけど、流石に強過ぎませんか。


「ど、どういう事だよ。あの教官は、本隊経験もあるぐらいのはずなのにっ。なんであの女に押されてるっ!」

「る、ルズレー様」

「くっ、さてはあの女も僕と同じか。一体いくら掴ませたというんだ」

「阿呆か」(おいおい、なんでそうなんだよ)


 ルズレーの驚嘆はもっともだけど、その結論はおかしいだろ。あの教官の必死の形相見ろよ。あれで手を抜いてるならアカデミー賞取れんぞ。


「見ての通りなんじゃねぇのか」

「な、なにがだよ」

「そのまんまだ」


 勿論、教官が弱い訳でもない。

 あれだけの攻めを受けながら持ち堪えて、逐一反撃を仕掛けてるんだ。並ならとっくに倒れてる。

 だったら結論は一つ。


「あいつ、教官よりも強ぇって事だろ」


 受験生が試験教官を上回る実力を持っていた。

 この目に映る景色に嘘がないなら、道理はいつだってシンプルだ。


「よもやこれほどとは⋯⋯!」

「私からすれば、この程度なの、って話だけど」

「吼えよるわ、小娘!」

「ッ⋯⋯つぁっ」

(すげぇ、強引に叩き返した!)


 こっちの感心なんて、剣を交える当事者達には関係ない。

 此処に至って、展開は佳境を迎えていた。

 教官のがむしゃらな一打が、受け止めたシュラを圧したからだ。

 思いっきり力技。現に、教官は打ち出す直前にシュラから一撃貰ってる。

 でも止まらない。烈火の如き勢いで、そのままシュラへと殺到する。


 しかし。


「⋯⋯掛かった」

「むっ」


 俺は目に映ったシュラの美貌は、この瞬間を待ってたのとばかりに笑みを滲ませた。

 いつ取り出したのかも分からない一本の蝋燭が、細指に弾かれて宙を舞う。

 隻眼の、目の前で。


「【ルミナスの光】!」


 言葉が走って、光が閃った。


 まぶたにも記憶にも焼き付いた光が、グラウンドを焦がす。

 ほんとに一瞬。心なしかルズレーに喰らわせた光よりも幾分弱い。

 シュラが言ってたような、ほんのめくらましに過ぎない。

 けど、戦いの帰趨を決するには充分だった。 


「これで、終わりよ!」

「──!!」


 紫電一閃。


 咄嗟に剣を構え直した教官だったが、叩き込まれた烈火の一撃には耐えられず。

 苦悩を滲ませた教官の手から離れた剣が、くるくると宙を舞い、そして。

 地に墜ちた。


「⋯⋯搦め手か」

「魔術は禁止、なんて説明は無かったわよね?」

「フッ、その通りだ。流石は灰色の戦乙女アッシュ・ヴァルキュリア。見事である」


 片や、片膝をつく者。

 片や、剣を首筋に突き立てる者。

 明確に勝敗を分けた二者の姿を認識するのに、強い光はもう要らなかった。


「──エシュラリーゼ・ミルガルズ。合格である!」


 静かな決着。

 歓声も沸かない。拍手すら自失した呆然の中から手を出さない。

 それがいかに、この光景を誰しもが想像してなかったかを物語る。


(あぁ、そうか)


 けど。

 誰もが唖然としている中で、俺はといえば。


(あぁ、そうだよ。そうだよなぁ⋯⋯!

 俺の王道物語なら、そう来なくっちゃなぁ!)



 心の躍動が灯す火を、メラメラと燃やし続けていた。





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