009 シュラ

「蝋燭⋯⋯?」


 少女がルズレーに突き付けたのは、なんの変哲もない白い蝋燭だった。


 いやどういう事なの。ルズレーも首を傾げてるし。

 あれか。お前を蝋人形にしてやるって暗喩なのか。

 しかし、その憶測は見事に外れ。


「『灯れ、灯れ、燭台に』」

「なっ、呪文ルーン!? き、君! 一体なにを──」

「【ルミナスの光】」


 彼女が、何言か唱えて手を翳した直後。

 視界を白に灼くほどの光が、蝋燭の先からはしった。


「ぐあぁぁぁぁ!!!」

「ま、眩しいっす!」

「うわっ、なんだ?!」

「くっ」

「ひゃあっ!」

(なんだっ、いきなり光がっ!?)

「ぐ、ぐぅっ、こ、こんな所で魔術を使うとか、ど、どういうつもりだ!」

(魔術? 魔術。今のが!)

「こんなのただの目晦めくらましでしょうが」

「ルーンと触媒まで使っておいてっ! くそっ、まだ見えないっ」


 唐突な強いフラッシュに、会場内は騒乱に包まれた。

 ルズレーなんて至近距離で食らったから、たまったものじゃないだろう。呻きながら目を覆うその姿に、流石に同情が湧く。

 でも、それ以上に興味が沸いて仕方なかった。

 今のが魔術。魔獣なんてワードが当たり前のようにあるこの世界の、更なる神秘か。

 学園から持ち帰った教書で知っては居たけど、こうして見るのは始めてだ。

 唱えたのは呪文ルーンで、触媒が蝋燭ってことだろうか。ルミナスの光ってのが魔術名?

 あぁ、やべぇ、かっこいい。少年ハートにグサグサ来るじゃん。俺も使ってみてぇ!


「同じ赤魔術なら、火炎の方が良かったかしら?」

「ひっ、冗談は止めろ! ぼ、僕に何するつもりだっ、止せ!」

「何もしないわよ。魔素の無駄遣いにしかならないし」

「む、無駄って」


 なんて一人で盛り上がっていれば、あっちもあっちで佳境を迎えているらしい。

 いい加減うんざりといわんばかりに、腰に手を添えた着火ウーマンは、冷徹な眼差しをルズレーに向けていた。


「あんたみたいなの、目障りなのよ。ここは入団試験の会場。女漁りをするんなら、繁華街にでも行けば? まぁ、あんたみたいなジャガイモ男、相手にする女なんて居ないでしょうけど」

「なっ⋯⋯な、な、なんだと!? 僕を侮辱するのかっ!」

「事実でしょ? 貴族なら、鏡くらい見た事あるわよね。それとも目がお腐りになってるの? だったら直ぐにでも薬師の元にでも行けばいいわ」

「き、貴様ァ、どういう意味だっ!」

「目障りだって言ってるの。見苦しい顔、これ以上近づけんじゃないわよ」

「ッッ! ッッッ!! ッッッ!!!」


 うっわー容赦ないな。蔑み方のキレが一味も二味も違う。

 ルズレーの顔色、怒りの余り赤を通り越して青を過ぎて黄色くなってるし。一人信号機か。

 あぁでも、この後の展開が手に取るように分かった。悲しいけどアレ単純なのよね。


「こっ、この、この平民っ、平民風情がぁっ!! よくも、よくも僕をっ⋯⋯ショークッ! ヒイロォ!」

「へ、へい!」

「⋯⋯」

「この生意気で身の程知らずの淫売女を、二度と減らす口が叩けないようにしてやれぇぇー!!!」


 ほらー。絶対こうなると思った。


「おい、ヒイロ、ショーク、なにを突っ立っている! この生意気な女を分からせろ!!」

「へ、へ、へいっす!」

「お断りだ」


 分からせる訳ないだろ。

 ナンパに失敗して逆恨みする男の肩を持つ主人公が、どこに居るというのか。


「は、はぁ?! なにを怖じ気付いている! 相手は女だぞ」

「バカかよテメェ」(怖じ気とか、そうじゃないだろ)

「なにっ!」

「今から試験だろうが。んなとこでじゃれて、無駄に体力使うなんざ御免だぜ」

「どういうつもりだ貴様! この僕に楯突くって言うのかっ!」


 しかしこの手の男には理屈が通らない。

 正論なんて吐くだけ無駄だし、聞く耳持たないだろう。


「あのな、ルズレー」


 だから、良い機会だ。

 はっきり意思表示しておこう。

 俺には俺の進むべき道があるんだと。


「俺は本気で騎士になりに来てる。やりたきゃテメェでやれよ」

「えっ」


 強く、ルズレーの目を見据える。

 確かな意思。確かな言葉だ。伝わらずとも示せられれば。

 せめてもの想いを込めた無言の訴えは、目の前のわがまま貴族にどう受け取られたのか。 


「⋯⋯もういいっ、この分からず屋め!」

「ちょ、ルズレー様! 待ってくだせえ!」


 一瞬、脅えたような色を帯びたルズレーの目。

 その感情ごと振り払うかのように去っていく背を、俺は黙って見送った。


「本気、ねえ。ふん、どうだか」

「あん?」

「どうせ口だけじゃないの。養成学園の出のやつなんて、たかが知れてるわ」

「⋯⋯口悪ぃな」

「自覚はあるけど、あんたには言われたくないわよ」


 置いて行かれた俺に対して、この言いようである。

 しかし、ルズレーよりは少しマシだって風に捉えられてるんだろう。

 癖っ毛を指先で弄りつつ、少女はジーッと俺を睨んでる。いや恐いんすけど。なんでこんな眼力つええの。


「あんた、名前は?」

「俺か」

「他に誰が居るのよ」

「⋯⋯ヒイロ・メリファー」

「あっそ」

「聞いといてなんだよテメェは」(あっそは酷くね?)

「うっさいわよ⋯⋯あと、私はテメェじゃない。エシュラリーゼよ。長いから、『シュラ』でいいわ」

「修羅ァ?」(修羅? 略すといかついな)

「なによ文句あんの」

「ねぇよいちいち噛み付くな」

「あんたもね!」


 シュラって。いや修羅て。

 エシュラリーゼって名前から、どうしてそこを略したのか。

 可愛げのかの字も見当たらない感じが「美しい薔薇には刺がある」を体現する彼女にぴったり過ぎて。


「⋯⋯悪かったわね」

「あ?」

「っ、さっさとあのジャガイモ貴族のとこに行けばって言ってんの。ああいう奴は放っとくと面倒でしょっ」

「⋯⋯」

「それじゃ」


 かと思えば、詫びだけ残して去ってく。

 俺とルズレーの溝を気にしてるのか、それとも目障りって言いたいのか。口は悪いけど、根は悪くないってやつなのかね。

 でも、シュラってなぁ。略称含めて諸々の圧が。

 ひょっとしたらツンデレ系ヒロインかも、という期待をメキッと潰す威圧感に、もはや苦笑すら浮かばなかった。


「⋯⋯ん?」


 ふと、足元に何か落ちてることに気付く。

 ゆっくりと拾い上げたそれは、黒いひものリボンだった。いやこれ、ひょっとしなくてもシュラのだよな。

 あんだけクールに決めといて、案外おっちょこちょいなのかあいつ。


 ともあれ届けてやらねばと、離れてった背を追いかけようとした時だった。


「総員、静粛! 並びに静聴! これより受験生ごとにグループ分けを行う! 各自、聞き逃しのないように!」


 会場の壇上から、喧騒の一切を静止する声が響いた。




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