008 入団テストと灰色の乙女
時は流れてアリエスの月の27。
現代で言うところの3月末。
つまりは騎士団入団テスト当日が、ついにやって参りましたという事だ。
(うっわすんげぇ人の数⋯⋯これ絶対卒業生だけじゃない。多分、一般募集枠の人も居るな)
エインヘル騎士団総合本部、通称ヴァルハラ。
アスガルダム王城のすぐ膝元にある本部の一画。
そこに今回の受験者達がこぞって集められており、見渡すだけでも百人は下らない。
倍率どんだけ高いんだろ。や、気にはなんないけど。
だって俺、主人公だし。落ちないだろうからへーきへーき。
「田舎者じゃあるまいし、あんまりキョロキョロするな。僕まで品位を疑われるだろ」
「へへ、すんませんっす。まさかこんなに多いとは思ってもなかったもんで」
「⋯⋯人がゴミのようだな」(確かに多いよなぁ)
「所詮、平民の集まり。僕に比べればただの塵さ。わざわざ落とされに来るとは、身の程知らず共はこれだから」
そして相変わらずの幼馴染の二人である。
こないだの誘いを断って以降、ルズレーとは溝を作ったかもと実は少ぉーし反省してたんだが、そうでもなかったな。
神経質に見えてさっぱりしてんのかね。男って案外そんなもんだし。
なんて風に奇妙な友情にしみじみとしてたからかも知れない。
背後から歩み寄る気配に、これっぽっちも気付けなかったのは。
「ちょっと」
「あ?」
振り向いて、呼吸を忘れた。
美人だった。文句なしに美少女だった。
枕詞にこの世ならざる、が付きそうなほどの。
少しウェーブがかった灰銀色の長髪。左目の下の小さな
そんな数々の謳い文句がまるで誇大表現にならない、同性異性関係なしに目を奪う美人だった。
俺だって現に結構な近くで拝んでるもんだから、言葉も失くすし頭の中は真っ白だ。でも、それでもギリギリの所で意識を保ち続けられたのは、ひとえに。
彼女の持つ紅い瞳の⋯⋯野良犬染みた目付きの悪さのお蔭だった。
「目付き悪ぃなオイ」(目付き悪っ)
「⋯⋯あんたに言われたくないんだけど」
ま、そのせいでうっかり口にしちゃったんですがね。
うん、美人なだけに凄みも半端じゃなかった。
「あんたに、言われたく、ないんだけど!」
何故二回も言うのか。怖いから止めてほしいんですけど。
あれだな。効果音って、世界の一つも飛び越えると聞こえるようになんのね。だって聞こえたし。ギロッて。もう鼓膜に直接刺すレベルですよ。
「いつまでジロジロ見てんのよ」
「こっちの台詞だ」(や、そんなつもりはないんすけど。そこはお互い様というか)
「あっそ。じゃあ、さっさとそこ退いて。邪魔なのよ」
「?」
「出入口。塞いでんの。わかる?」
「⋯⋯図体デカくて悪かったな」(あ、すいません)
「ふん」
必然的に睨み合いになってる形から一歩下がれば、厳しい顔付きを和らげる事なく少女は脇を通り過ぎていった。
超怖ぇ。なまじ美人なだけに迫力ヤバい。
主人公として美少女相手に腰抜かすまいと踏ん張ったけど、割とギリギリでした。
「ぬはぁ⋯⋯ぐへ、ぐへへへ。そそる身体付きしてやがった。ルズレー様。今の女、とんでもねえ上玉でしたね?」
「う⋯⋯ま、まぁ、まぁ? 確かにそこいらのと比べればな、少しはな、マシかもな、うん」
やっと行ってくれたと安心していれはま、鼻の下の伸びた幼馴染達の下衆な呟きが届く。
うん。まあ気持ちは分からんでもない。
デカかったし。背も、一部のむ⋯⋯装甲も。
薄手で黒い肩出しの長袖に、赤い生地のマフラーなんて奇抜な恰好なもんだから、余計に凄かったし。
下も黒のスリットスカートに、片方だけ黒いストッキングに包まれたおみ足は、後ろ姿でさえ目に毒だ。どういうファッションセンスだよとは突っ込みたいけど。
(あいつも受験者なのか。あの存在感、絶対只者じゃないな)
一目で分かる。重要キャラだろあれ。
抜身の剣みたいなオーラも半端ないし。彼女の後に見たルズレーやショークの顔といったら、なんとモブモブしいことか。
顔だけならひとの事言えないけど。ま、主人公の顔立ちが割と普通なのは稀に良くある事だし。出来ればイケメンが良かったと思ってないし。愛着湧いてるし。
「ふむ。どいつもこいつも、遠巻きに見るばかりとは骨がない。所詮は平民、美人相手に気遅れしていると見たぞ」
「あれ、美人? ルズレー様、さっきマシって⋯⋯」
「う、うるさいっ。美しいが、僕と釣り合うには足りない、という意味だ。ふん、良いだろう。だったら僕が情けのない平民と貴族との違いってやつを見せてやる」
「お、おう、流石はルズレー様だぜっ」
「⋯⋯は?」(え、マジかこいつ)
今更ながらに自分の顔について不安になっていれば、いつの間にか幼馴染がとんでもない事を言い出した件について。
いやいや。見せつけてやるってなに。ナンパでもするつもりか。
マントばさぁっ、じゃねーのよ。
「やぁ、そこの君。少し時間を貰おうか」
「⋯⋯は?」
(ほ、本当に行きやがったよ! いつ試験始まるかも分かんないのに、何してんだあいつ!)
止める間もなく、ルズレーは少女をナンパしていた。
しかもウインクしながら、なんかキメ顔作って、声色も渋くして。当然ながら恐ろしく似合ってなかった。
「なによあんたは」
「む、ご挨拶だな。僕はルズレー・セネガル。アスガルダム王家に仕えし由緒正しき貴族さ。気品溢れるこの出で立ち、物腰、仕草。分かるだろう? 平民には纏えない高貴さというものが」
「⋯⋯」
「言葉も出ないようだね。しかしそれも貴族相手ともなれば仕方ないだろう。だが分かるぞ。君の目。美しきワインレッドを溶かしたような眼差しには、僕への興味が灯っている。そうだろう?」
(これは酷い)
どう見ても何だこいつ、って目しかしてないって。
いや確かにそんじょそこらの男じゃ口が裂けても言えない台詞だよ。イケメンでも許されないかもなやつだぞそれ。ほんとある意味すげーよお前。
「そこでだ。この試験が終わった後、ディナーを一緒にどうかな? 無論、この貴族たる僕の贔屓にしてる店だ。そんじょそこらの店とは訳がちが⋯⋯」
「⋯⋯はぁ」
これ以上は聴くに絶えない。言葉にしなくとも存分に伝わるため息に、だろうなぁと頷く。
かと思えば何やらゴソゴソと取り出して、ルズレーの前に突き付けた。
「蝋燭⋯⋯?」
彼女が突き付けたのは、なんの変哲もない蝋燭だった。
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