第3話:急転

 ジョンがバイクをすっ飛ばして法務局にやってきた時、局内は上に下にの大騒ぎだった。

 ジョンは騒ぎを無視し、真っすぐ特別病棟に向かう。が、そこでは生体認証システムや照明他、自動扉に至るまでほぼ全てのシステムがダウンしていた。緊急時のための手動の大きなハンドルを回し、ドアを開けて身分証を提示して室内に入ると、病室の主であるネーラはベットから消えていた。ざ、とジョンの身体が総毛だつ。


 「おい、状況を説明しろ。ネーラは、ライセンス捜査官のカンパネーラはどこに行ったんだ!?」


 近くでシステム復旧を行っていた局員の肩を掴み、ジョンは鬼気迫る表情で詰問する。しかし局員は別の部からヘルプで回されてきた新人らしく、何も知らないとジョンの気迫におののきながら首を振る。

 こいつに聞いても無駄だ。あいつの担当医務官なら――とネーラの医務官を探したが、病室にはどこにもいなかった。

 ジョンは忙しなく動いている人物の中に、見慣れた顔を見つけた。確かサイバーチームのチーフだったか? ジョンは殆ど掴みかからん勢いで彼に先ほどと同じ言葉をぶつけた。


 「彼女は攫われたよ」

 「なんだって!?」

 「俺たちのミスさ……向こうの技術力を甘く見ていた……まさかあの国の強化兵士がセキュリティを突破し、カンパネーラを連れ去るとは……」


 ジョンは思い切りそいつの頬に拳を入れた。チーフは吹っ飛び、周りの機器が音を立てて崩れる。


 「おまえらがセキュリティを強固にしていれば、ネーラは!」

 「そんなこと、お前に言われなくてもわかってるよ!」


 尚も殴りかかろうとしたジョンの右腕を誰かが掴む。振り返るとそこには第13特殊捜査課の課長――ジョンとネーラの直属の上司であるブルカニロ課長が立っていた。「タヌキ」の渾名で知られるとおり、丸顔でずんぐりとした体型は愛嬌すら感じさせるが、今、彼の瞳に宿した光は険しい。


 「この非常時にけが人を無闇に増やして欲しくないのだがね。ジョバンニ」

 「……課長!」


 ブルカニロ課長の仲裁で、ジョンは拳を下ろした。ブルカニロは「課長室へ来い」とジョンを顎で誘った。


 手動のハンドルを回し、課長室への扉を開ける。そこにはいつもと変わらない、一組の応接セットと、執務机。机の裏には国旗が立てかけられている。そして、良くわからない化石の標本。課長は、色んな生物の化石を収集するのが趣味だった。


 「まあ、かけたまえ」


 のんびりとした口調に苛立ち、ジョンは「俺はここで結構です」と憮然と言い放ち、入り口付近に仁王立ちになる。そんなジョンの挙動を気にする風でもなく、ブルカニロは椅子に身体を沈めた。


 「現在、法務局の主要システムがクラッキングされ、ライセンス捜査官0032F、コードネーム”カンパネーラ”が何者かに攫われ、警戒レベルはレッド。犯人はかの共和国所属の軍人を名乗る団体「ケンタウルス」いわゆるテロリストだ。彼らは休戦協定を無視し、我々の国土に侵入し、あまつさえ存在自体が機密である0032Fを攫い、母国へ持ち帰ろうとしている。これが今の主な状況だ」

 「……それで?」

 

 ジョンは苛ついた口調で続きを促す。


 「それで俺はあいつの奪還のためにどう動けばいいんです?」


 ぽりぽり、と薄くなった頭頂部を掻きながら、ブルカニロは渋面を作る。「まあ、ここからが厄介なんだが……」


 「奴らの要求は、おまえなんだよ」

 「はあ!?」

 「つまりだ……カンパネーラの脳内の情報アーカイブにある機密事項を抽出するには、脳に直結できるおまえの存在が不可欠なんだ。彼女だけ捕らえればいいというわけにはいかない。おまえと彼女二人が揃い、お前が持っている量子暗号を彼女のと揃えないと機密データは手に入らない」

 「……ようするに、あいつを奪還するには俺が丸腰で敵さんの懐に入って行かなければならない、そういうことだな」

 「まあ、そういうことだ」


 ブルカニロは机の上で手を組み、真剣な表情でジョンを射すくめ、「ライセンス捜査官0057M、コードネーム"ジョバンニ"」と第13特殊課の課長たる厳然とした声で任務内容を告げる。

 「これは特S級任務となる。カンパネーラを奪還し、機密データ流出を防げ」

 「はっ!」


 いつもより力の入った敬礼を返し、ジョンは続けた。


 「それで、敵の要求場所は?」

 「西のE地区のプリオシン港に来い、とさ。勿論お前ひとりでだ。そうでないとカンパネーラの命は保証しないと言っている。カンパネーラの体内GPSは現在作動していない。気づかれないよう他のライセンス捜査官も別ルートで港には行かせるつもりだが……」

 「いえ、俺ひとりで十分です。そうでないと敵の要求に反する。要求に反すればあいつの命が……」

 

 ふう、とブルカニロはため息をつき、「命令なんだよ。上からの」と吐き捨てた。


 「カンパネーラに保管してある機密はどれも国家の根本を揺るがしかねない。大事なのは彼女ではない。彼女の脳内の情報だ。もし、彼女が死ぬことになっても、データのバックアップを優先すべし、と上は考えている」

 「ああ? つまり俺はあいつの情報のバックアップ要員ってか? 情報さえ守れればあいつはどうなってもいいってか?」

 「お偉いさんはそう考えている。だから約束を反故にして多数の捜査員を配置して、バックアップのお前の命を守るように――」

 「余計なお世話だそんなの! 俺はあいつを死なせねえし、敵に攫われたまま放っておくこともしない! 特S級任務だかなんだかしらねえが、俺ひとりで敵を全滅させてやるよ!」

 

 暫く、ブルカニロとジョンのにらみ合いが続いた。ジョンは頭の中でこのまま要求が通らないようなら、最悪、この狸じじいを人質に上へ掛け合ってやろう、と腰の銃帯のハンドガンのグリップに手を添えた。

 先に動いたのはブルカニロだった。引き出しを開けたかと思うと、何か取り出している。拳銃か? 銃で脅して命令を下す気か?

 だが、引き出しから取り出されたのは、数種類の薬の袋と、ペットボトルのミネラルウォーターだった。


 「朝から用件が次から次へと入ってきおって……持病の薬も飲めん」


 鷹揚に、その場に似つかわしくないのんびりとした声音でブルカニロは言い、席を立った。


 「それからどうも先ほどから低血糖気味でな……医務室でブドウ糖でも打って貰ってくるよ。それまでここは誰もいない。何が起ころうが、私の責任にはならない、そうだろう?」


 ブルカニロのが分かり、ジョンはもう一度敬礼していた。


 「ありがとう……おやっさん……」


 ブルカニロは腰を叩きながら課長室を後にした。そしてジョンはネーラとの直結に使っている専用端末を持ち、施設を出てバイクに跨がった。

 目的地は、西E地区プリオシン港!                    


 ※

 ※

 ※


 西E地区プリオシン港に、一台の巨大トレーラーが止まっていた。

 物資運搬用に使われるそれは、内部は共和国最新鋭のコンピューター機器で埋め尽くされており、中央の走査台にカンパネーラが拘束されていた。

 彼女はいつも通り目を瞑り昏睡状態に見えるが、脳内では自分の無意識下の情報アーカイブに侵入しようとする敵――共和国の強化兵士のハッキング攻撃と戦っていた。その為身体は横たえていても、その実まるで長距離マラソンの最中のように各種筋肉が緊張し、疲労が溜まってきている。


 「どうだ?」


 共和国の強化兵士の一人がオペレーターに聞いた。マウントディスプレイを光らせながらオペレーターを務める兵士は、首を振り「ダメです」と言った。


 「やはりといいますか、彼女のセキュリティは強固です。無意識下の情報アーカイブにはなかなか侵入できません。特に情報深度レベル5以上は、パートナーの量子暗号が必要です。性質上無理にこじ開けると情報そのものが自壊する仕組みでして……」

 「パートナー……ライセンス捜査官0057Mか……奴は我々の要求を飲んで本当に一人で来るかな?」

 「先ほどの法務局の答えはイエスでしたが……彼らがそう簡単に我々の要求を飲むはずがありません。0057M以外の捜査官も応援にくるでしょうね」

 「それだけ大切なんだよな、このお姫様はな」

 

 リーダー格の兵士は、カンパネーラの細面の横顔を一瞥した。その青白い顔は苦しそうに眉を寄せ、額には汗がびっしょりとかいている。我々のサイバー攻撃に必死で抵抗しているのか。


 「確かこの0032Fは、こう見えて今年30歳だと資料にはあったが」

 「どうみても10代後半、もっと高くても20代前半の少女に見えますね。恐らく大半の日を寝て過ごしているせいで成長が遅いんでしょうね」


 オペレーターが苦笑し答える。

 事前に連邦が飼っているライセンス捜査官の登録名簿にハッキングして得た情報によると、登録番号0032F、コードネーム”campanella”は、8年前の22歳の時にライセンス捜査官に任命されている。

 しかし、その頃からほぼ寝たきりで、彼女が直接捜査に出向いたことは一度もなく、いつも他のライセンス捜査官がバディとしてついていた。が、この8年で6回もパートナーが変わっている。現在のパートナーである0057M、コードネーム”Giovanni”は7人目の相手になる。なんで8年もの間、そんなにもバディ相手が変わっているのか、彼女がライセンス捜査官に任命された理由は何なのか、リーダーは興味を持った。


 「なら、彼女の記憶をハッキングしてみますか?」


 オペレーターが上司に当たる兵士の言葉を受け答えた。


 「出来るのか? さっきセキュリティは強固だと……」

 「情報アーカイブのある無意識下のセキュリティはそうですね。でも彼女の個人的な記憶なら、恐らくそれほど重要視されていないので、ハッキングも比較的容易かと」

 「つまり覗き行為か、なかなかいい趣味している」


 そう言いながらも、リーダーは無言で顎をしゃくりオペレーターにハッキングの許可を与えた。オペレーターは頷き、マウントディスプレイに無数の光が流れる。

 彼らは見ようとしている。

 カンパネーラが、彼女が一番見られたくない負の領域を、侵そうとしている――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る