第2話
胸に
大切な人と
大きな揺れが襲った。
それは、失われていく生命を
あの日あのときから
私が抱きしめていた我が子を探し求めている。
どこにいるの?
ひとりで泣いているのではないかしら?
……ああ、懐かしい声がする。
娘を片腕で抱いて笑顔で私の名を呼ぶのは、優しい夫。
「あき、ちゃん?」
私が抱いていた下の娘がいないと、きた道を振り返ろうとした。
「ままぁ」
夫の腕からおりた娘が私の足に抱きついて「だっこ」と甘えて手を伸ばす。
膝にのせて夫に顔を向けると、そのまま抱きしめられて「つらかったな」と声をかけられた。
「あきちゃんは?」
「心配しなくていい。おじいちゃんたちが一緒だ」
そういえば、と思い出す。
病院に駆けつけた夫の両親が、娘を預かってくれるといっていた。
「早く退院して。元気になったら、あきに会いに行こう」
ああ、そうなのだ。
怪我をした私は病院で余震の被害を受けたのだ。
そして……夫の実家に預けた娘の『あき』は祖父母と共に……
車椅子の生活になった私のために家を改築してくれた夫。
今日は退院の日だ。
看護師からお祝いの花束をもらっても、嬉しいと思えなかった。
でも、家族を全員亡くしたという同室だったお婆さんが折り鶴を私にくれて言った。
「亡くした家族は、私が生きている限りずっと私の記憶の中で生きているの。そして死ぬときに迎えに来てくれるわ。そのときに笑顔で会いたいから私は生きていくのよ」
そのお婆さんは、もう長くはない。
怪我が原因で肺機能が低下しているそうだ。
それでも毎日笑顔で生きていく。
「いつまでも泣いていたら、あきちゃんに笑われるわね」
青い空を見上げて呟いた私の耳に、娘を庇うように抱きしめて亡くなったという夫の両親の声が風に乗って聞こえてきた。
『ほうら、あきちゃんのママは泣き虫じゃのう。あきちゃんの顔が見えないと言って泣いておる』
『あきちゃんなら、じいじとばあばが一緒だから泣いてないのにねえ』
あれは、我が家にみんなが駆けつけてくれた日のこと。
ひとりで子供2人を面倒見ていて……
上の子は赤ちゃん返りするし、下の子は昼夜関係なく泣いて睡眠時間が取れなかった。
そんな私の様子に気付いて助けてくれた夫の両親。
一緒の時間を多くとらせてくれたことで、上の子は妹の世話を一緒にできるまで落ち着いた。
「大切な人たちを奪ったとしても、大切な人たちとの思い出は誰にも奪えないわ」
お婆さんの言葉が私の胸に
私の胸の中に、お婆さんも存在していることに気づいた。
いつか、お婆さんが大切な人たちと旅立っても。
私の中にはお婆さんが生きている。
こうして私たちは、偶然出会った人たちと思い出を共有しあって、誰かの心の中で生きていくのだろう。
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