第3話


娘がいない。

いつも前を歩いて、方向音痴な私を導いてくれた娘が……


「おかん、置いてくぞー」

「待ってっ! すぐにいくから!」


そう言いながら、玄関の外で待っていてくれる。

そんな娘が……私の前からいなくなった。


娘がいない生活になれたでいた。

夫を若くして亡くし、生活を支えてくれた両親も亡くなった。

それでも生きてこられたのは、娘の存在があったからだ。


「おかん、おっそいなー」


その声に慌てて顔を上げる。

そこには娘が待っていた。


「…………まっててくれた、の?」

「方向音痴のおかんを置いて先に行けるかよ」


口が悪いのは、お人好しな母親わたしを守るためだと分かってる。

でも、私に向けるその声はいつも優しい。

思わず抱きつくと、笑いながら私の背に手を置いて、優しくさすってくれる。

それが嬉しくて、私の涙腺が壊れて涙が止まらない……



「おかんを待っていたのは私だけじゃないよ」


そう言って、私の背を叩きながら顎で後ろを指し示す。

せっかく止まった涙がまたあふれてくる。


「みんな……待っていてくれたの?」


先に逝った家族みんなが、笑いながらそこに立っていた。


「ほら、この子たちも一緒」


そう言って、娘が抱いている子の前足を掴んで私の頬を軽く叩く。

我が家で飼ってた猫。

足下に、もう一匹の猫が擦り寄る。


「ほら、そろそろ一緒に行こう」


娘の言葉に、娘の腕の中でおとなしくしていた子がピョンと飛び降りて、私たちを先導していく。

その横に、やはり妹の家で飼われていた子たちが集まっていく。


「にゃあ!」

「ほら、『早く来い』だって」


いつものように、娘がする。

その言葉に同意するように、長い『かぎしっぽ』を地面にパチンッパチンッと叩く姿に苦笑する。

娘たちはいつもそうして意思疎通していた。


「長い人生、お疲れさん」

「ズルいわね、若いまんまなんて」


夫の言葉にそう返すと困ったように微笑む。

いつも夫婦喧嘩にならなかった。

だって、あなたはいつもそう笑って、理不尽に怒る私の言葉をすべて受け入れてくれた。

そして最後に言うの、「もう、気はすんだ?」って。


「これからいっぱい言いたいことあるんだからね」

「覚悟してます」


言いたいことはいっぱいある。

でも最初に伝えなきゃいけない言葉。

それは


「みんな。待っていてくれてありがとう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る