第8話

 龍昂は、亡くなったアイザック本人の頭の中にある宇宙船の設計通りに修理していたものの、その理屈については、ピンと来るほどには理解できていなかった。

 その為皆がせっせと燃料を入れ、出発の準備をいそいそとしているのを見ながら、少し不安だった。製作担当はアイザックだけでは無かったので、恐らく大丈夫なのだろう等と思っているのは、アイザックこと龍昂だけだろう。そんな風に考えて船に乗せる個人的な物は、ほとんど乗せる事のない龍昂だった。しかし、代わりにゲルダが色々二人の部屋に揃えている。

 そんな出発間近のある日、ゲルダは、

「ねえ、アイザック。あなたの持ち物、全然部屋に運んでいないじゃあないの。イワノフが出発は場合によっては緊急に集合して、行くことになるかもしれないって、話していたでしょ。大概で準備しなさいよ。何だか抜け殻みたいになっているけど、まあ、無理も無いけど、出発してから持って来てなかったものを思いついたって知らないわよ」

 それを聞いたアイザックは、

「何だか不安なんだ。本当にたどり着けるのかなって。別に必要な物は無いんだ。ゲルダさえ運べればね」

「まあ、いやだ。あたしは物じゃあありませんからね。私達、二人っきりで行くのよ。パパやママは残って次ので行くって言うから、好きにすればって言っておいたけど。それにしても、アイザック本人がそんなじゃあ、実際、あたしも動くのかしらって、思ってしまうじゃない。ちゃんと修理したんでしょ」

「そのつもりだよ。修理はしたさ。だけど、たどり着けるのかって思うんだ。出発したらもう後へは引けない、未知の領域に入ってしまうな」

「何だか難しいこと考えていそうね。止めてよ。今から考えてどうにかなるの」

「ううん。全然。ゴメン、考えても仕方が無かった」

「考えるの、やめてくれるのね。良かった。成るようになるわよ。きっと」


 そうして、出発の段取りが付き、イワノフ中心の操縦で無事、地球を離れることが出来た。

 アイザックこと龍昂としては、飛び立てれば、ほぼ大丈夫と言えた。

 一安心すると、ゲルダの忠告どおり、龍昂としての家族の形見のあれこれが無い事に気付いたが、持って来てしまってはゲルダに見つかればばれてしまうし、と言う事で、諦めるしかないと思えた。


 イワノフの情報通り、船は見た事も無い人工物の宇宙基地にたどり着いた。これは人間の作ったものではないのは、一目で察せられる。乗員全員、到着前には今から降りる場所を、しげしげと観察する事となった。皆、口々に、

「何と言う代物。とてもじゃあないが、あそこに降りる勇気が出ないね」

「あそこをうろついているのは、人間にしては、奇妙じゃあないか。やせすぎている。宇宙服を着ているはずなのに、あの細さ。変じゃあないか」

 龍昂は、内心、『イワノフが言っていた事、聞いていなかったのか。こいつら』と思ったが、今更言っても仕方ないので沈黙を守った。

 おそらくイワノフも思う所はあっただろうが、アイザック同様、周囲の喧騒は無視して、船を指定位置につけるのに必死である。

 アイザックは、『到着させるのも、難しいだろうな』と思った。自分で作っておきながら、とは言え、実際は龍昂なのだから。

 心配になって、アイザックの頭の中にあった内容を辿っていた龍昂は、心配の原因について思い当たった。

『スピード落とした方が良いかもしれない。本人は、落とし過ぎて失速の事を心配していたようだが』

 思わずイワノフに、『スピード早すぎないか』と。コンタクトしていた。すると、

『アイザック。素を出すな』

 と、反対に忠告され、どうにでもなれ、と思うアイザックだった。しかし、どうも気になり、操縦室に行くと、やはり、イワノフは脂汗状態である。

 アイザックこと龍昂、本能的にスピードを落とさせた。イワノフは、

「おせっかいはよせ」

 と叫んだが、

「このままでは、ゲルダの葬式になりそうだ。他の奴は良いが」

 と言って、スピードを失速寸前まで下げ、そのままそうッと定位置に落ちるように船を停めた。はっきり言って龍昂の超能力で停めてしまった。しかし、誰も気付いてはいない。いや、イワノフ以外は、である。

 ふうっと二人そろって息を吐き、無事到着となった。船の内外で歓声が上がっていた。


 船の外は、予想どおり、地球の人間ではない人が大勢集まって、拍手してくれている。地球の人間の方が、数えるほどしかいない。ほとんど人間では無い。船の中の人々は、狼狽している。

 しかし、イワノフも出発前に話していた筈だが、理解していなかったようである。

「どうする、イワノフ」

 アイザックは一応イワノフの意見を聞いてみた。

「これほどとは思わなかったな」

「なんだ、お前もか」

 アイザックこと龍昂は呆れてしまった。彼としては、アイザックの頭でもってしても、行った事も無い惑星目指して宇宙船を作っている事に、違和感があった。しかし、この宇宙人たちを見て、龍昂はかえって安心していた。この先は地球人の頭の程度では、現在の段階では無理だと思っていたが、彼らがいれば無理ではない。

 彼としては、目的地に行くことが出来ると理解できたと言う所である。


 そうこうしている間に、外にいた人たちは、宇宙船の入口をこじ開けた。こっちが中々出て来なかったからだろう。

 アイザックこと龍昂はちょっと呆れたが、他の皆は恐怖に襲われ、武器を出してきて、持とうとした。不味いと思ったアイザックこと龍昂、イワノフの様子を見ると、彼も固まっている。やれやれである。

 仕方なくアイザックは、皆に、

「落ち着け、皆。彼等は味方だと地球に居た頃、イワノフが言ったじゃあないか」

「言ったには言ったが、その当人を見ろ。味方に会っているように見えるか」

 皆は騒ぎ出した。それはそうだろうが、アイザックこと龍昂の勘では、敵とは感じなかった。何とかこの場を収めたい所であるが、とは言え龍昂もここで、言葉が通じるのかと言う疑問が湧いた。困って相手を見回すと、ひとり人間っぽい男を見つけた。

「あなたは言葉が通じますか」

「あはは、宇宙服なのに良く人間が分かったな。俺は英語を話せるが、ここでは皆、共通の銀河の言葉があって、それで意思を伝えている。君たちも早々に覚えてもらわないと不自由だろうね」

「そうなんですか、しかし、他の皆は見慣れない人たちに怯えて、意思の疎通がどうとか言う以前の、味方とは考えられない様子で、私としても困った事になっています。少し慣れるまでそっとしておいていただけませんか。皆さん歓迎してくれそうですけど、分かってない人も居て、歓迎のレセプションとかは少し延期できたらと思うのですが」

「その様ですね、良いですよ。あなたは大丈夫そうなので、少し今後の話をしましょうよ。外に行きましょうか、ここは空気を地球環境に近付けていますから、貴方は宇宙服はいらないですよ。私もですが、ちょっと悪戯っぽく皆と同じ格好をしていたんですよ」

 そう言って、彼はヘルメットを脱いだ。すると周りにいた仲間は安堵の声を上げた。

「イーサン・ベルと言います。よろしく」

 アイザックに手を出し、握手を求めた。アイザックも、

「アイザック・メイソンです。こちらこそ、どうぞよろしく。お世話になります」

 と言い、握手して挨拶した。そして、イワノフに振り返ると、彼も進み出て、

「私は、ローガン・イワノフです。失礼しました。申し遅れましたが、この船の船長に選ばれています。今となっては、メイソンの方が適任かもしれませんが」

 イワノフの意外な言い様に、周囲の仲間は少し驚いた。

 しかし皆も今の様子から、ここに着いてからは、リーダーはアイザックの方が適任かもしれないと、思えるのだった。

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