第6話

 キールはすっかり元気そうに見えたが、龍昂は何だか心配で、彼の代わりに夕食を調達して来ようと、提案した。いつもはキールが龍昂の分も買って来てくれるのだが、今日は安静にしていた方が良いと思った。キールも、

「そうだな、病み上がりって事で、お前の世話にでもなろうかな。いつものピザ買ってこい」

 そう言って、彼はお金を渡そうとしたが、

「偶には俺にも奢らせてくれよ」

 と言って、龍昂はピザを買いに行った。

 というのも、定例会議の日に、本部から生活費を一人ずつに渡されていた。何処から手に入るのかと思っていると、どうやら支援者のグループの存在もあるようだった。

 龍昂は誰かに聞いた訳ではないが、大勢集まった所に居ると、情報がひとりでに頭の中に入って来ていた。不思議に思って辺りを探ると、リーダーのイワノフが教えてくれていたようだった。

 その後龍昂が気付いた事が分かると、イワノフは龍昂に考えを読まれない、ブロックの仕方を教えてくれた。最初は感じが悪い奴の様な印象だったのだが、彼は龍昂に必要な知識や、技を教えてくれた。

 そうゆう訳で、龍昂は、彼はリーダーにふさわしい奴だと認識したのだった。


 いつものキール好みのピザを買い、部屋に戻ろうとすると、いやな感じがして来た。この感覚はいつもの不味い事が起こる前の予感である。

 龍昂は、慌てて部屋に戻ってみると、キールはすでにこと切れていた。

「奴らに場所を知られてしまったんだ」

 と言う事は、あの工場が危ない。皆の希望の船なのに。

 龍昂は、死んでしまったキールにはもう何もしてやれないので、急いでアイザックたちのところへ走って行った。いざとなると、彼は並みの車より速く移動できる。

 工場に駆けつけると、敵の奴らに襲われている真最中だった。龍昂は飛び交う銃弾も気にせず、アンドロイドを次々に打ち殺していった。人間ではないのだから、もう遠慮はいらないと思った。龍昂が突っ込んで来たので、仲間は自然と銃撃を止めてこちらの様子を窺い出した。

 ほぼアンドロイドを壊した所で、龍昂は直ぐ側にアイザックが倒れているのに気付いた。

 何と言う事だろう。彼が死んでしまっては、宇宙船はどうなってしまうのか。

 龍昂は絶望して彼に駆け寄った。アイザックは、虫の息だったが、龍昂が側に来たのが分かり、必死で目を開けようとし、

「ああ、お前が助けに来たのか。皆の宇宙船は無事かな」

 龍昂は、大部壊れているように感じたが、

「ああ、大丈夫だったよ。安心しろ。イワノフの話では、もう出来上がったと言っていたよな」

 彼は、死んでしまうと感じて、安心させようと嘘をつくと、

「嘘言うな。お前もテレパシーが出来るだろう。俺はもうだめだ。俺の頭の中を覗いてみろ。俺の知識を拾い上げて、お前が作り直してくれ。皆の希望の船だ。頼んだぞ。それにゲルダの事も愛しているだろう。ゲルダの事も頼む。俺の敵なんか打たせるなよ。絶対に・・」

 そう言われて、驚いている間に、膨大な知識が龍昂の頭の中に入って来た。

 死んでしまったアイザックを抱えて、一瞬うろたえる事となった龍昂だった。しかし彼の最後の言葉で、決心した。

 他の皆は、龍昂の事を信用してはいない。リーダーのイワノフに、操られているだけだと分かっていた。

 龍昂は、『それなら俺だって操って見せよう。ゲルダにアイザックの敵討ちをさせて、修羅に落とす訳にはいかない。アイザックが死んだと分かれば、彼女は変わってしまう』と思った。アイザックにもそれが気がかりだったのだ。『入れ替わろう。俺がアイザックに化けてやる』失敗する気はしなかった。今。アイザックのすべてが龍昂に移って来ていた。彼だってそれを望んでいると感じた。だから、すべてを龍昂に自ら移したのだ。

 龍昂は黙って立ち上がり、辺りを鋭く見回した。皆、恐る恐る顔を出し、出て来た。

「龍昂は死んでしまった。もう少し早く撃ち合いを止めるべきだったな。だれの弾に当たったかは分からないが、俺が気を失っていて、指図できなかったせいでもある。これでオコナーの一家も全滅だ」

 取り巻いていた一人が。

「えっ。一家が全滅してしまったって。キールは親類じゃあなかったか」

「従兄弟かハトコかは知らないが、彼も自分の部屋で襲われて死んでいる。生きていりゃ、龍昂と此処に来ているだろうが」

 そう言うと、また顔見知りの一人が、

「そうだな。しかしどうする。もう此処は敵に知れてしまったし、船もかなり崩された。修理するにしても、誰が・・」

 そう話す仲間を、アイザックこと龍昂はじっと見ていると、何か、違和感を感じた。『こいつ、アンドロイドじゃあないかな。操れていないかもしれない。もうすぐ、アイザックは死んだし、とか言いかねないのでは、だけど名前をまだ知らなくて、誰が誰だか分らないかもしれない。入れ替わったのは今の騒動からか』そう察した龍昂は、

「君、何て名前だったっけ」

 と聞いてみた。

 他の皆は、驚いて、

「なにを言い出すんだ。メイソン。頭でも打ったのか、こいつの名は・・」

「いや、本人に答えてもらおうじゃあないか」

 賭けだったが、龍昂がそう言うと、そいつは、

「畜生、記憶が飛んじまった。覚えていたのに」

 と叫んで銃を構えようとしたが、察した仲間たちは、素早く銃を取り上げ、彼を撃った。

 皆で、

「アンドロイドだったのか。メイソン良く分かったな」

「いや、それが、俺も少しテレパシー能力が出て来たみたいなんだ」

「へえ、頭がいいだけじゃなく、テレパシー能力迄出て来たとは。イワノフもうかうか出来ないな」

 と言う奴もいた。

 龍昂はそれで、イワノフとメイソンは、それほど仲が良くは無いらしいと分かった。つまり、お互いしっかりブロックしている様だ。現在、イワノフは不在のようだが、もしかしたら、彼も騙せる可能性が出て来た。


 アイザック・メイソンは、人付き合いはあまり得意ではないらしかった。親しいのは、ゲルダ一人で、それもゲルダの方の積極的な、アプローチで成り立っていた。であるから、入れ替わりは容易かったと言えるだろう。宇宙船の修理に専念する事で、龍昂は事なきを得た。今までもそうだったらしく、誰も不信感を抱いては居ない。龍昂のする事は不自然な事は何もないらしい。必死で修理に専念する事は、至極当然の事らしかった。

 修理をしながら、周りの様子を窺っていると、どうやらリーダーのイワノフは、賛同者に資金寄付のお願いに回っている様である。宇宙船を壊されたことも、ナンバー3のセバスチャン・モンローが連絡したらしく、彼が龍昂に、イワノフは当分帰って来ないと、教えてくれた。

 それを聞き流しながら、龍昂はアイザックの知識を必死でたぐり出しながら、修理の仕方を考えていた。すると、もう一人、助手的立場のジョン・ヒラリーは、

「言いたかないけど、もう一度作り直す方が速くは無いかな」

 と呟いた。龍昂は、

「イワノフが、資金調達がはかどっていると言ってきたとか?」

 と、思わず言うと、

 ジョンはプッと噴出し、

「アイザックも言うねえ、あいつがそんな中間報告をして来たら、俺は逆立ちして、この辺りを一周してやる。あいつは、お前に気を揉ませるのが趣味だろうな。幾ら手に入ったかをお前に報告するのは、最後だと思う」

「そうだな」

 そういう事情を教えてもらいながら、龍昂は修理に必要なものを書き出した。

 ジョンはそのメモを見ながら、

「あーあ。やっぱりアイザックも利き手が使えないと、下手な字しか書けないな。そんなじゃあ、どこからか宇宙船盗んだ方が良くは無いかな。龍昂が死んじまって不味い事になったな。あいつだったら、宇宙船だろうと、盗んで来そうな感じだったけどな」

 龍昂は、彼を惜しむジョンが気に入った。あきれた言い草だったが、龍昂が居ない事を残念がる他人に、初めて会った気がして、新鮮な気分になっていた。

 そこへ、ゲルダがやって来た。騒動があって二日目になるので、来るのが遅いのでは、と感じた。

「アイザック、キールや龍昂が死んでしまったんですってね。皆、けろっとしていて酷いと思わない。パパに彼らの敵討ちをしなきゃって言ったのに、イワノフが居ないから駄目だって言うの。薄情だわ。皆」

 アイザックに会いに来たにしては、意外な事を言い出すゲルダだった。

 龍昂は、まだゲルダに直接会って操っていなかった。彼女が本能的に判っているので、敵討ちの話をしているのではないかと思った。ここは集中して、振り返ると、

「いや、敵は皆、龍昂が倒しているよ。俺が気を失っている間の事だったけれど、撃ち合いの中に飛び込んで、アンドロイドを倒したそうだ。だから、今は宇宙船の修理に皆集中しているんだ。敵は破壊したつもりのようだが、修理すれば何とかなりそうなんだ」

「皆、倒したって言っても、此処を襲いに来た奴らだけでしょう。あたしは敵をある程度やっつけないと、何度でも襲って来て、犠牲者が増えて行くと思うわ。キリがない。徹底的に戦わなきゃ、犠牲者が増えて行くだけだと思うの。パパに言ってもらちが明かないんだもの。どうにかしなけりゃ、同じことの繰り返しよ。それに、可愛そうな龍昂、彼の一家は皆犠牲になってしまったわ。他の皆は、自分の事ばかり考えている。イワノフが帰ってきたら、あたし、言ってやるわ。このままじゃあ、不味いって」

「ゲルダ、それで、君は最近顔を見せなかったんだね。イワノフは、まだ当分帰って来ないらしいよ。資金調達で。もう、そういう指揮はイワノフに任せておくんだよ」

「あら、随分イワノフを立てるのね。どうした風の吹き回し」

「以前は君に色々不満を言ったかもしれないけれど、俺一人ではどうにもならない。惑星に到着するまでは、彼も役に立つからね。それよりゲルダ。このデータをコンピューターに記録して欲しいんだけど。俺は手を怪我して片手では時間がかかるんだ」

「そうねえ。それは言えてるわね。でもこんな時の為の助手でしょう。ジョンにしてもらえば。あなたも何だか忙しそうだし、分かっているのよ。あたしの相手をしていられない事ぐらい。もう帰るわ。せいぜい頑張って頂戴」

 そう言って、ゲルダは帰って行った。

 龍昂は、ゲルダがしばらくの間、自分の死を悲しんでいた事が分かった。アイザックの敵を討たないように操るだけにすれば、龍昂をいずれ受け入れてくれたかもしれない。

 出来れば、入れ替わらずに済めば良かったのだが、それだと宇宙船に触らせてもらえなかっただろう。宇宙船の修理も、アイザックに託されていたのだから、龍昂は、こうするしかなかったと思うのだった。

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