第3話
伯父さんのジャック・オコナーは、元はアルルランドに住んでいたけれど、普通の人間と新人類の争いで、お爺さんの代からこの小国に潜んで暮らして居ると、龍昂に教えた。葬式後、彼は龍昂にいろんな事情を教えてくれた。
隠れ住んでいるつもりだったが、今日戻って来た二人の息子の出来が良すぎて、正体が知れてしまったと言っている。伯父さんやエマが若かった頃には近所では、エマに違和感を持っているようだったが、エマは龍昂達の父親と結婚して国を出て行った。これで大丈夫だと思っていたが、そうはいかなかったと笑った。
エマが隣国のレベルの高いハイスクールに入学し、頭が良すぎて、近所で噂に登っていたころの事。お爺さん達が困っていると、何処で知り合ったのか、龍昂の父親と結婚する事になって、高校を卒業するとすぐ、家を出た。
伯父さんは、
「おそらく、龍壱が能力でエマを見つけてくれたのだろうな。あのころ、親父たちが困っていたが、龍壱は此処に一人旅で立ち寄ったが、エマに一目ぼれして別れたくないと言い、プロポーズしにやって来た。親父やお袋は二つ返事でエマとの結婚を許した。ここにこれ以上エマを置いておけば、組織の人間にやられてしまうのは時間の問題だった。しかし彼はこの辺の物騒さを気付かなかったのかな。エマに夢中だったんだろうな。もうこの惨事は、あいつ、察しているだろう。どうするだろうかな」
伯父さんは、パパの能力をかなり凄いと言っている。龍昂はパパの能力はよくは知らなかったが、ママ達が死んだのが分かったのなら、きっと迎えに来てくれると期待した。
それから、二日後パパはやって来た。田舎道を龍昂達のいる家に、歩いてやって来た。
龍昂は嬉しくてパパに飛びついた。
「パパ、迎えに来てくれたんだね。僕、パパと一緒に帰れるんでしょ」
しかし、
「すまない、お前には苦労掛けたな。可哀そうだが、連れては帰れないんだ。パパは敵方に潜入して、情報を皆に教える役目なんだよ。武也の敵は討ったし、お前はここに居るしかない。ママやお姉ちゃんたちの敵はお前が討ったようだな。パパは、お前の能力を軽く見ていたのかな。いや、最近開花したんだな。仕方ない、一緒に居てやれなくてすまない。だがきっとお前なら、一人でも対応できるだろう。泣くんじゃあない。泣いても思い通りにはならないぞ。分かっているだろう。相手を動かすには、こっちは冷静でなければできない。かっとなっては命が無いと思えよ。パパが居なかったから仕方が無いが、この前みたいにはなるんじゃあない。敵討ちは冷静になってからすべきだったな。伯父さんが呼んでいただろう。伯父さんの言う事を聞かなければならないよ。伯父さんはパパみたいに、無理に言う事を利かせるような事をしないからって、したいようにするんじゃあないよ。ここに置いてもらっているんだから、いい子にしていないと」
「いやだ、パパと帰る。もう、ここに居る意味ないじゃないか」
「意味はあるよ。伯父さんを助けて、大きくなるまでここに居なさい。そうだ、近所に日向さん達が居ただろう。あの一家も、近々この辺りに引っ越してくるそうだよ。この近所に日向家の病院が立っているんじゃあないかな。いや、日向家のじゃあないかもしれないが、親類がいる病院に勤めるそうだ。お前の気に入った女の子が居たんだろ。その子と遊んでやりなさい。この辺は物騒だそうだし、護衛もした方が良いだろうしね。うん、分かってくれたようだね。パパは伯父さんに挨拶したら、用事が在るからもう行くよ。帰りに寄れたらまた来るからね」
龍昂の気分は落ち込んだり、舞い上がったりで忙しかった。しかし、最終的には、パパは連れて帰らないと言ったら、どっち道もう無理なので、リツちゃんが来る事に、気分を集中させることにした。
龍昂は、パパが帰って行くのを、見送りながら、日向さんの親類がいるという病院の、推理をしはじめていた。そう言えば東洋人の名医の噂を、伯父さんの友達たちが話していたことがあった。何処の事だったかな。パパは帰りながら、龍昂がちっとも別れを悲しんだりしていないのは、分かっていた。その為に彼に秘密事項を教えたのだし、龍昂が、そんな話を他人にする訳も無いし、という所である。
二人でその日の夕食を取りながら、伯父さんは呆れていた。龍壱に何を吹き込まれたのか、龍昂は、あまり会話も無く、しかし父親に置いてけ堀になったのを悲しむ素振りも無く、何かしきりに思いめぐらしている様である。わくわく感もあるようで、しみじみ、あいつは子供の御し方もうまいものだと思ってしまう。
唐突に、龍昂は話しだした。
「伯父さん、こないだの葬式の時、伯父さんの友達が、どこかの病院にその人の従兄が務めているとか言っていたの、憶えてる?そこ何処だったかな」
伯父さんは大いに驚くが、彼はかなり、覚えは良いので、
「ああ、覚えているよ、聖マリア病院だ。駅前にあるだろう」
「あ、そうだったね。ありがとう」
「どうしたんだ。その病院が」
問われて、龍昂はキラキラした目で、
「僕、そこにアルバイトに行こうかな。病院って忙しそうだから、きっと雑用とかもする人が必要だよね」
「そうだね、アルバイトか。あの病院は人種差別などしないから、行けば雇ってくれるだろう。しかし、龍昂はまだ学校に行く年齢だろう。伯父さんは、入れる学校を探そうと思っているんだが。」
「アルバイトだよ、ほら、学校に行っても、土日は暇でしょ」
ジャックは内心、土日は農家を手伝うと、この前までは言っていたけれどな、とは思ったが、機嫌良さそうにしているので、まあ良いかと思った次第である。
夕食の後片付けを二人でした後、そろそろ寝ようかとしていると、慌ただしく入口の頼りない木製の戸を、変わった拍子で叩く者がいる。龍昂は仲間同士合図を決めている事を察した。
伯父さんは慌てて戸を開け、
「何があった」
と大声を上げた。
中に入って来たのは、見覚えのある伯父さんの友達で、早口で、龍昂の知らない合言葉の様な事を言った。
龍昂が後で知った事であるが、激高しやすい龍昂に聞かせないために、合言葉を言ったのである。合言葉はすでに色んな種類があるのだか、仲間同士だけで話す時はそんな言い方はしない。聞かれたくない者が居る時だけである。
伯父のジャックが皆にあの4軒の殺戮は龍昂のやった事だと言っており、皆信じられないとは言ったものの、それは気を使った方便だった。皆、それなりの新人類の男たちであり、仲間の能力は分かるのだった。それで、知らせを持って来た友人は、年若い龍昂を刺激させたくは無かったのだ。
だが、彼は龍昂の能力を全て知っている訳では無かった。
龍昂は驚いて、伯父さんの様子を見ていた。
ジャックは真っ青な顔になって、
「どうして」
と、声を絞り出した。龍昂はそれを見て、テレパシーですぐに事の次第を察した。次々に能力が開花して来る。弾かれたように立ち上がると、二人の脇をすり抜け、例の物が隠してある植え込みの下まで走った。
その動きで、龍昂が察したのが分かった伯父さん達は慌てて追いかけるが、龍昂は素早く、追いついた時には、この前の夜の様に、持てるだけの銃と弾丸をポケットに入れて、走り出そうとしていた。
「どうして分かった。しかし、犯人などお前は知らないだろう」
二人がかりで抑え込まれると、さすがに身動きできなかった。
「分かっているさ、ローリーがこっちに来る時、あの始発のバス停で、男たちに睨まれていたんだ。犯人じゃあないのに、着いたばかりなのに。何か酷いことを言われて、すごく怒っていた。家に帰って来ても怒っていたから、僕分かっている。あいつらに殺されたんだ。行けば証拠は見つかる。ローリーの目玉を持っている」
伯父さんは驚いて、
「何を言い出すんだ」
と言ったが、知らせに来た男は、
「言っていなかったが、目をくり抜かれていた。こいつには犯人が分かっているぞ。行かせてやるか。今なら証拠もあるんだろう」
「そうか、それなら俺達も行こう」
だが、龍昂は、
「二人とも足遅そうだから駄目だよ。行って証拠も持って帰る」
そう言うと、束縛が緩くなった隙をついて、走って行った。
二人は追いつけそうもないスピードで走って行く龍昂を見送り、
「時代は変わったな。俺らはアリバイ作りぐらいしか、出来そうも無いな」
と言いながら家に戻った。
しかし、ここに来た男は、
「だが、ジャック。あの子が来てから、急に物騒な事が多くなったと、他のグループの仲間が言い出している。向うから仕掛けられたことなんだがな」
「何だと、大方メイソン一族の言い草だろうな。あいつらは利巧なだけで、たいした能力は無いのに、最近幅を利かせて来たな。皆、船に乗せてもらおうと、あいつ等に一目置きだした。しかし、えり好みをして乗せる奴を選ぶようになったら、仲間割れが起こるぞ」
「そうは言っても、全員乗せられる筈は無いぞ」
「時間をかけて数隻造ればいい」
「どこにその費用があるんだ」
「その知恵も出さなければな」
ジャックの友人は、他のグループの懸念をジャックに教えて、立ち去った。
水神家の悲劇はさらに続いた。
龍昂は、ローリーを殺した奴らのアジトが何処にあるか、何故か察することが出来た。何処を走っていても、初めての場所なのだが、工場の廃屋にたどり着くと、息を整えて、様子を窺おうとした。
しかし、普通の人間達には新人類の様な際立った能力は無いが、戦いなれていた。ローリーを殺した後、仲間が仕返しに来ることを見込んで、待ち伏せしていたのだ。龍昂が来たことは監視カメラで分かっていた。
龍昂も息を整えているうちに、監視カメラの存在に気が付いた。前回の不意打ちとはいかないことに気付いた龍昂は、自分が不利なのが分かった。父親から言われていた事も思い出した。困った事になったが、やるしかない。急に辺りが明るくなり、大勢の男たちに囲まれた。皆、大層な武器を持っている。相手の男たちは、龍昂がまだ小さな少年なのに少し驚いたが、新人類の能力は高く評価しているので、油断はしない。油断はしないが、実際の龍昂の能力は分かってはいなかった。明かりをつけた事は、失敗だったと気づくことも無く、やられる事となる。
龍昂は、取り囲まれて、彼等を睨みながら、必死で自分の思いどおりに彼らを操ろうと、皆の目を順に見続けた。出来ないのかと心配になり出した頃、彼等は急に虚ろになった。そしてお互い仲間同士を殺しだした。龍昂の能力は、益々強力になったと言って良いだろう。
辺りは、酷い有様になっていた。それでも廃屋の中に入り、ローリーの、唯一残っている目玉を持ち帰る事にした。
龍昂はあまりに大勢の人間の死に関わり、ぼんやりと立ち去ろうとしていると、
「まちやがれ」
と言われた後、右肩に激しい痛みを感じた。さっきの場所に居なかった奴が出てきたのだった。
急いで逃げようとするが、後ろから機関銃の音がした。龍昂は死を覚悟し、それでも、少しでも機関銃の標的になるまいと倒れたが、何故か機関銃に撃たれることは無かった。
「貴様、仲間じゃあなかったのか」
誰かの声と銃の音も数発した。不思議に思って振り返ると、数人が倒れていて、龍昂の直ぐ側には、驚いたことに父親が体中から血を流して倒れていた。
「パパが、庇ってくれたんだ。パパ、パパ」
龍昂は父親にすがりつき、叫ぶと、目を開けたパパは、
「お前、妙な奴になったなあ。敵討ちなんかするからだろう。鏡を見てみろ」
そう言ってこと切れてしまった。
「パパ死なないで。僕、一人ぼっちになってしまう。死なないでよ。言う事聞かなくてごめんなさい」
いくら叫んでもパパが、目を開けることは無かった。
「もう、敵討ちは止める。他の人に任せるから」
そう、龍昂はパパの亡骸に誓った。
パパを伯父さんの家に連れて帰りたかったが、パトカーのサイレンが聞こえ、龍昂は逃げるしかなかった。
鏡は恐ろしくて、しばらく見る事は出来なかった。
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