第2話

 父親を除く水神一家は、飛行機で夜中に母親エマの故郷であるヨーロッパの小国、地図にも小さくて省略されそうな、しかし略すわけにもいかないと見えて、場所は色を変えてあるが、名は略してセトラ国となっている国に旅立った。

 龍昂は地理も一応高校の教科書までは読んでいたが、その国は見落としていて、初めて聞く名であった。出発前、何処へ行くのか一応姉の地図帳を見て確認した。

 その国には空港は無く、近場のスイスの空港に降り立ち、そこからバスで移動した。

 龍昂は、英語は話せるし、しゃべっている人の言う事も分かってはいた。

 だが、龍昂は分からないふりをして、黙って母や姉について行っていた。英語にも国によってなまりのようなものがありセトラランドでは、最初は良く判らなかった。それでも、龍昂にも母親の実家にたどり着くころには聞き取れていた。

 姉二人はいつの間にか現地の言葉を母親に習っていて、不自由は無いらしかった。

 着いた所は農村で、水神家の父親としては一家を隠したつもりなのだろうが、龍昂の勘では母の実家の正体は、この辺りでは知れていると見た。

 まだ幼く体力的に劣っている龍昂は、はっきり言って困った事になったと思った。ママと二人の姉、翡翠と瑪瑙はこの危険性に気付いてはいない様である。

 龍昂は途方に暮れながら、母、エマの実家について行った。そこにはエマの年老いた両親と兄のジャック夫婦が住んでいた。農家として暮らしている様だが、父の国の農家に比べて、かなり経済的に恵まれてはいない様である。四人で転がり込んできて、どう思われているだろうか。

 それでも、お爺さん、お婆さんは、涙を流して喜んでくれた。母や姉達も涙の再会である。どうやら、姉達は会った事があるようだ。エマが、

[どうした事かしら。何か暮らしに困った事でもあったの。あたし達か来て良かったのかしら]

 というようなことを言っている。以前の経済状態とは違っている様である。お爺さんが、

[いやいや、心配はいらないよ。目立たないように暮らしているんだ。こっちは何かと争いごとが多くてね。目立つようにしていなければいいんだよ。心配はいらない。他所の地区の奴らと付き合わないから自給自足になっているが、ぜいたくはしなければ暮らして行けるし、ぜいたくしていると思われないようにしているんだ。良いものが有ったら、略奪しに来る不届き者がいるが、貧乏そうにしていれば取られるものも無いしね。ハハハ]

 笑って話すが、龍昂としては笑いごとでは無かった。正体はきっとバレているし、時々襲って来ると言っている。チラッとママのお兄さんと言う人を見ると、目が合った。龍昂が察している事が、分かっている様である。

 一家の住む部屋に伯母さんに案内されたが、何と一部屋だけである。以前は弟が一緒とは言え自分の部屋を与えられていたので、龍昂としてはがっかりである。

 考えてみれば仕方ない事ではあるが、何時まで此処で暮らすのかが問題である。

 伯母さんは、

「ごめんなさいね、狭い所だから。自分の部屋が欲しい年ごろよね」

 と普通の英語で謝ってくれたが、謝られるわけにもいかない立場なので、

「大丈夫です。居候ですから」

 と答えた。

「あら、ちゃんと話せるのね。大人しいから分からないのかと思ったけど」

 とにっこりした。

 夕飯を一緒に食べる事になったら、貧しい振りと言うだけの事はあって普通においしい食事を出してくれた。無理して居なければ良いけどと、龍昂は少し心配になる。

 しかし、お互いの今までの暮らしなどを、当たり障りのない程度に会話しながら、比較的和やかに夕食を終えた。ほとんどエマがしゃべり、姉達や龍昂は黙っていた。

 この国の習慣なのか、食事が終わると男性と女性に分かれ、女性はデザートが出され、男性は食後の一杯となるらしい。龍昂は自分は未成年だしと思っていると、龍昂にも酒を出された。匂うとかなり強いようである。ちょっと呆れてしまった。

 伯父さんが、

「言葉は分かっているんだろう」

 と言った。

「解っています」

 と答えると、お爺さんも、

「賢そうだからな」

 と言った。また、伯父さんが、

「困った事になったと思っているな」

 お爺さんも、

「来る途中で、様子が分かったようだな。賢いな」

 いくら褒められても、慰められて安心できるとは思えなかった。なので、

「近所の皆が睨んでいるみたいだけど、襲いに来るんじゃあないですかね」

 と懸念を言ってみた。

 お爺さんは、

「そうだな、用心しないとな」

 と言い出すが、そのくせ、

「出された酒は、飲むのが礼儀だぞ」

 等と言い出した。

「酔っぱらってぐうスカ寝る訳にいかないでしょ」

 と言うと、

「まさか今日は来ないだろう。あいつらも一応会議とかするようだぞ。馬鹿でも」

 と呑気に言うので、

「会議するほどの事がありますかね。女三人とガキが来ただけなのに」

 と言い返すと、伯父さんは、

「それもそうだな。お前、銃は持った事あるか」

 そこで、

「全然」

 と答えた。伯父さんはため息交じりに、

「酒より銃の撃ち方だな」

 と言い、龍昂を連れて外に出ると、隠していた銃を、植え込み近くの土を少しどけて何かの箱から出してきた。

「音がすると皆怖がるから、少し離れるかな」

 と言って、2,30メートルほど離れた空き地で、月明かりの中で先の方に的が見える所迄進んだ。

 龍昂はこんなに暗くて、練習になるかなと考えたが、明るいと出来ない気もして、いつもこんな感じで練習する事になるらしいと思った。

 伯父さんが撃つのを見ていると、どうやら当たっている様である。

 真似してみろというので、真似して何となく撃ってみる。初めてではあるが、時々当たっている感じはする。

「お前、なかなか上手いじゃあないか」

 褒められて、少し気を良くしてもう一度、撃つことにして、弾を詰めていると、家の方から騒がしい声がして来た。

 伯父さんは、

「もう来たのか、夜中にもならないのに」

 と叫びながら、二人で慌てて家に戻った。途中から家の中からこっちに撃ってくる奴が居り、さして隠れるところは無かったが、一応茂みに隠れ、撃ち合いとなった。家の中は明るいのでこちらが有利で、相手は直ぐ始末できたが、中の皆が心配である。

 急いで家の中に入ったが、手遅れだった。

 家に居た家族六人は、皆殺されてしまっていた。

 姉達は服をはぎ取られそうになっていたが、撃ち合いが始まって、彼らはすぐ気が変わって、殺されてしまった感じである。

「姉ちゃん。ママ」

 龍昂はさあっと、血が引いた感じがした後、直ぐにかあッとなった。

「畜生、皆殺してやる。こいつらの家族。皆。皆殺しにしてやるから」

 伯父さんは、

「まて、落ち着け。何処へ行く気だ。会議だ。お前はこいつらが誰か知らないだろう」

 と言って止めるが、龍昂は、

「知っている。ここに来る途中の家に居た。皆、分かっている」

 そう言って、そこに落ちている銃も拾って、手に持てないのはポケットやベルトに挟み、冷静に考えれば危ない持ち方で持てるだけ持って、外に飛び出した。

「待て、待つんだ」

 伯父さんの叫び声を後ろに聞きながら、龍昂は走った。それからの事は夢中でよく覚えていない。気が付くと伯父さんの家に戻って、家の側にスコップで穴を六つ掘っていた。掘り終わったころに、夜が明けて来て、伯父さんが戻って来た。

「戻っていたのか、探したぞ。何処に行っていたんだ」

「ちょっと、バスの始発んとこが遠くて、あのバス会社の横の店の奴も居たから」

「何だって、まさかスイスまで行ったのか。山越えして一晩もかけずに戻ったって」

「そうだったかな、5人で5軒と思ったら、兄弟が一組居たから4軒だったな」

「仕返ししたのか」

「皆殺しした」

「皆殺しだと」

「暗かったから、顔見られていないと思うよ。見られたと思ったら、そいつも殺したし。暗いとこで練習したから出来た。伯父さん、教えてくれてありがとう」

「いや、うちの奴の仇も討ってくれて、こっちが礼を言いたい。そう言う事なら、もう俺の息子を呼び寄せなくても良かったかな。今、電報を打ったけど」

「あ、葬式しなきゃ。だから呼んでよかったよ。お葬式の事。忘れるとこだった」

「お前、その服捨てろ。返り血が付いているじゃあないか」

 龍昂は伯父さんに言われて、始めて自分の様子が分かり、慌てて着替えて、冷たい風呂で体を洗った。


 考えてみると帰って来た時は、襲ってきた奴らの死体は無くなっていた。きっと伯父さんか捨てたんだと思った。伯父さんにお礼とか言われたけど、こっちも世話になったな。そう思いながら、風呂から上がると、ママと姉達をベッドに寝かせて、破れていない綺麗な服に着替えさせた。きっとお風呂に入った後だったのだろう。いい匂いがした。三人とも首を絞められていて、血は出ていなかったのが意外だった。あたりにあったのはあいつ等のだったらしい。

 お爺さん達は伯父さんがベッドに寝かせていて、気が付かないうちに、伯父さんの友達らしい人達が来て、お悔やみを言っていた。小声で4軒がどうとか会話しているので、耳を澄ませると、どうやら犯人は分からずじまいであるが、殺された一家は皆、新人類に敵対心を持っていて、これ見よがしにあちこちで意見を吹聴していて、犯人は新人類らしいと警察では言っている。4軒とも一家の主人は留守で、その行方も分からないとなっているが、この事は皆承知らしいので彼らが始末したのだろう。

 もうすぐ13歳になる龍昂は、ヨーロッパの男の子なら10歳ほどにしか見えない。時々こっちを見ながら話す伯父さんの友達は、彼が犯人とは考えもしない様である。

 そうこうしているうちに、伯父さんの二人の息子が帰って来た。外国の大学に入っていたそうで、21歳のショーンと19歳のローリーでどちらも大人の男に見えた。

 牧師さんもその後、直ぐにやって来て、皆でお葬式を始めた。龍昂の国と宗教が違うから、しきたりは全く違うお葬式だが、武也と同じように、皆心のこもった見送りをしてくれた。龍昂は段々落ち着いて来るのを感じた。

 裏にあった6つの穴にお棺を埋める事になったが、それを龍昂がひとりで掘ったと聞いて、皆驚いている。二人の従兄は、

「世話になったな。ありがとう」

 と、龍昂に話しかけたが、参列者が帰ってしまい、伯父さんが事実を二人に教えると、驚愕する事となった。

 二人は家に帰りながら、4軒の様子をニュースや噂で知っていた。伯父さんは葬式の準備やらで気を取られて、良く知らなかったらしいのだが。実の所、龍昂自身も、よく覚えてはいなかった。二人は、

「父さん、それは誰か別の奴だよ。この子は墓穴6つ掘るので精いっぱいだ。一晩で掘ったって言うのだってちょっと信じられないよ」

 そう言って伯父さんの話を却下して、龍昂に、

「これからもずっと親父と暮らして居てくれよ。遠慮なんかいらないから」

 と言ってショーンは、頭を撫でて帰って行った。

 しかし、触って分かったらしい。帰りながらローリーに、

「親父の言った事は本当だな。あの子には、すさまじい殺気があったぞ」

 幼い龍昂の力の及ばない所で、さらに悲劇は続いて行く。


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