龍昂~愛と憎しみの日々(未来家族)

龍冶

第1話


 20**年夏、龍昂は三歳下の弟の武也と共に近所の女の子の家の庭を窺っていた。

 来年から中学に入る予定の龍昂であるが、姉たちの教科書を全て読破し、高校三年生までの学習はすでに興味を失っていた。


 龍昂は、自分の記憶力が人よりかなり勝っている事に気付いていた。気付いている事はまだある。皆が自分の言うとおりに動くのであるが、友達だけではなく大人達、最近では先生や親も龍昂が強く主張すればそれが通る事になる。その事に気付いた龍昂は、試しに、ちょっとした我がままを言ってみると、それが通り、確信した。

 そこで今日は、夏休み前で暑くもあるし、弟と学校を早引けする事にした次第である。先生はあっさり二人の早引けを許したので、龍昂は弟と女の子の家に行ってみる事にした。

 今日は、彼女は病欠だった。龍昂の一学年下のクラスの、日向リツと言う名の子である。医者の娘でありながら、体が弱いらしく、よく学校を休む。

 毎日、龍昂は弟と学校に行きながら、リツに会えば一緒に行こうと期待し、彼女の家の前を通っていた。誘うほどの積極さは無い。たまたま、偶然にと言うのが良いのである。

 しかし今日は、病欠である。夏だから風邪を引く訳がない。それとも夏でも風邪ひきか。気になる所である。そこで弟と偵察する事にした。

「兄ちゃん、こんな暑い所から見ていたってしょうがないよ。どうしたのか気になるんだったら、玄関から入って家の人に聞こうよ」

 とうとう、いやになって来たらしい弟に提案された。しかし目立ったことをしたくない龍昂である。第一、今はまだ学校の授業時間であり、家に入るのは問題だ。それに何だか彼女は此処には居ない気がする。

「多分、リツは居ないな」

 そう結論付けた龍昂は、彼女の行方を調べる方法を思案した。

「どうして居ないと思うんだよ」

 武也の疑問には答えず、家に帰りながら龍昂は電話だなと思った。家に帰ると、さっそく母親を探すと、

「ママ、日向さんちのリツちゃんは今日どうして学校を休んだか、電話して聞いてみてよ」

 と、例の技で要求した。すると、

「あら、電話するまでもなく知っているのよ。リツちゃんは今日は体調が悪いの。そうね、良い機会だから、龍昂にも言っておこうかしら。良い、今からママはとても大事な事を話すから、ちゃんと聞いておいてね」

 母親の水神エマは急に改まった顔をした。

「実はね、私達や日向さんちの人は他の人達とは違うの。これは秘密よ。今日、リツちゃんのママから電話があってね。昨日、武也が子猫を助けていたの。近所の悪い子達が子猫をいじめて道路に放って置いて、きっとワザと車に轢かせるつもりだったんでしょうけど、それを武也が車の直前から子猫を拾って助けたの。そしてそれをリツちゃんに渡して治してって頼んだの。それでリツちゃんが力を使って子猫を治したのよ。そのせいで今日は体調が悪くて学校を休んだんだけど、その時、車を運転していた人が驚いて、武也に名を尋ねたそうなの。もう少しで轢きそうになったけど、大丈夫か聞いて、怪我をしたなら届けなけりゃならないからと言ってね。武也は怪我してないと言い張ったそうだけど、問い詰められて名前を教えたそうよ、その人に。それを見ていた近所の悪い子達の親が、武也が新人類じゃないかと噂しているって、気をつけるようにリツちゃんのママが言って来ていたのよ。今朝ね。武也が凄く運動神経が良い事は、龍昂も知っているでしょ。ホントにもう、目立つことはしたらダメって言っているのに」

 終いには、武也を睨みながら、ママの話は終った。龍昂も話の途中から、武也を睨んでいた。『こいつ、ぬけがけしてリツと会っているんだ』龍昂は弟に裏切られた。と言うより前から武也は俺を裏切っていたと思った。

 話し終わるとママは夕飯の材料を買いに出かけた。その間中、龍昂は武也を睨んでいた。武也は兄に睨まれて、首を竦めて俯いていた。出かけて行く車の音がすると、

「お前、どうしてリツが休んだか知っていたな。今までも、一人でリツと会って、遊んだりしていたんじゃあないか」

 怒気を含んで龍昂は武也に迫った。

「違うよ。知らなかったし、一人で会いに行ったのは昨日が初めてだよ」

 おどおどと武也は言うが、

「嘘つけ。お前とはもう絶交だからな」

 龍昂は怒鳴りつけると、部屋に籠って怒りを爆発させた。最近龍昂は腹が立つと、暴れてそこにある物を壊してしまう傾向があった。部屋は武也と同室で、思わず武也のお気に入りのゲーム機を、力いっぱい床に叩き付けてしまった。壊れてしまったのは、部屋の外の武也も察したと思えた。龍昂は、武也が泣きながら外に飛び出して行ったのが分かった。

 それからママが帰って来て、夕飯の支度が終わり、

「武也はどうしたの」

 と聞かれても、龍昂としては、

「知らない。リツんちにでも行ってんじゃないかな」

 と言って恍けるしかなかった。

 姉の翡翠と瑪瑙も高校や中学から帰って来て、夕飯の時間になっても武也は家に戻って来ない。

 皆で武也は何処に行ったのか龍昂に聞くが、彼としても分からなかった。姉達は、

「いつも金魚のフンみたいにお兄ちゃんにべったりなのに、どうしてあんたが知らないのよ」

 と言い出すし、仕方ないので龍昂は喧嘩した事を白状した。すると喧嘩の訳を今度は問い詰められ、それも仕方なく洗いざらい白状すると、ママは、

「そんな酷いことをどうして言うのよ。武也は龍昂が一番なのに」

 と叱った。姉達も、

「いつか、日向さんちは癒しの能力一家だって、パパとママが話している時、武也も側に居たから、それで子猫を持って行ったんだと思うな」

 と言って、龍昂に追い打ちをかけた。

「俺、探してくる」

 龍昂はそう言って外に出た。すでに日は沈み、辺りは暗くなっていた。龍昂は途方に暮れたし、いやな感じがして来た。探しに行く場所の当てなどない。だが、仕方なくリツの家に行く事にした。

 日向家に行ってみると、どういう訳かいつもはどこかに仕事で行ったきりの龍昂の父親が、玄関に居て驚いた。彼にどうして来たか聞くので、

「武也が帰って来ない」

 と言うと、何故か日向さんの家に入って行った。家の奥の方には大人が大勢いて、彼等で探すことになった。龍昂も行こうとすると、

「お前は家に帰れ」

 と言う父親に、

「いやだ、行く」

 と強く言うが、睨まれて負かされた。どうやらあの技は、父親譲りだったと分かった。

 夜中になっても父親は帰って来ず、ママや姉と味も感じない夕食を終え部屋に居たが、一晩中帰っては来なかった。

 朝、外が白み始めた頃、門の側で話声がしている。龍昂が外に出てみると、白い布に包まれた小さな躯を抱えた父と大人たちが居た。母親は小さな躯の前にたたずんで泣いていた。

 それでも、かすれた声で龍昂は聞いてみた。

「武也?」

 父が、

「山で殺されていた。俺達を敵視する奴が居るんだ」

 と言って、

「武也の布団に寝かしてやろう」

 龍昂との部屋に連れて行こうとした。

 龍昂は崩したゲーム機の事を思い出した。

「連れて来ちゃだめだ。僕が武也のゲーム機壊した事が分かってしまう」

 と叫ぶと、

「とうに知れているさ。喧嘩したんだろ。謝るしかないな」

 と言われて、龍昂は泣きながら武也の躯に抱きついて、

「ごめんね、ごめんね」

 と泣きながら叫ぶが、謝っても手遅れだと分かっている。武也はもう死んでしまったのだから。絶望感を抱いていたが、龍昂は武也にこんな事をした奴に、復讐する事を内心誓っていたのだった。


 その後、姉弟は両親から、武也の葬儀が終われば直ぐ、一家で母親の実家がある外国に引っ越すことになったと知らされた。

 龍昂は今まで知らなかったが、母親のエマは、ヨーロッパの小さな国、セトラランドの生まれの人だった。急遽、母の生まれ故郷に移り住むのは、この国がもう危険になった為らしい。武也の超能力が表ざたになったから、一家が狙われると父、水神龍壱に言われた。

 龍昂は、

「外国に行ったら、武也を殺した奴に仕返しが出来ないじゃないか」

 と父親に抗議すると、

「相手はこっちより大勢いるんだ。仕返しなんか考えるんじゃあない。あいつらは卑怯者だから女子供を殺すんだ。ママやお姉ちゃんが殺されたら大変だろ。そう言う事は大人の男に任せて、お前は大きくなるまで隠れていなければならないぞ」

 と言うので、ひょっとしてと思い、

「そういう言い方だと、パパはどうするの」

 と聞くと、

「パパは、此処に残って武也を殺した奴らの足取りを追う」

 と言うので、やっぱりと思い、

「僕はもう、高校の勉強位は終っているんだ。パパと一緒に残って武也の敵を打ちたいけど」

 と希望を言ってみた。しかし、

「それなら、大学まで終わってからにしろ」

 と言ったので、それに従うしかなかった。父親には逆らえないのは分かっていた。


 葬儀の終わった夜、龍昂は昨日の徹夜のせいか、うとうとしかかっていると、ママが武也の遺骨を抱えて、

「みんな、出発するから準備してね。向うはだいぶ気温が低いから、バックに冬物を入れるのよ」

 と言い出した。

 龍昂は驚いて、

「今から?僕、リツちゃんにお別れを言いに行きたいけど・・・」

 ママは、

「日向さんの所は、まだ感付かれてはいないの。あまり付き合いが無かったからね。挨拶になんか行ったら迷惑よ。黙って行くのよ。電話もダメ」

 と言い、龍昂は、そう言われて見れば、もっともな事だと思ったが、もうリツには会えないのかと、悲しくなった。このまま分かれるなら、きっとリツは自分の事など忘れてしまうと思った。

 葬儀の後からずっと、父親は外出したままであり、父にも別れの言葉も言えず、四人で着の身着のまま、生まれた国を後にする事となったのだった。


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