第13話 お兄さん、どうして、遅れたんですか? もしや…

「お兄さん、ちょっと遅いですよ」

「ごめん、部活の一環で、やることがあってさ」

「もう……部活ならしょうがないですけど……何時だと思ってるんですか」


 真面目な妹――春風友奈はるかぜ/ゆうなから、自宅の玄関先で注意深く指摘されてしまった。


 そんな妹は可愛らしい狼のイラストが描かれたエプロンを着用している。


「具体的に、どういう用件で遅れたんですか?」

「マッサージをしてもらっていて」

「マッサージ?」

「そうだよ」

「……嫌らしい感じの?」

「違うよ。普通の」

「だったら、別にいいです。それよりも夕食は食べたんですか?」

「いや、まだだけど」

「お兄さんのために用意していますから。早く食べてくださいね」


 そういうと、友奈は背を向け、軽い足取りでリビングの方へと向かっていく。


 浩紀は玄関先で色々な意味合いで、ホッと胸を撫でおろし、靴を脱いで家に上がるのだった。




「それと、おかず冷え切っていますから、レンジで温めますか?」

「いや、俺がやっとく」

「わかりました。私は、お味噌汁を温めておきますね」


 食事用のテーブル上には簡単なおかずが一つ。それはラップで包みこまれているだけだった。

 今日のおかずは、生姜焼きである。


 冷え切っているものの、ラップを剥がすと美味しそうな匂いが漂ってくるのだ。

 浩紀は再びラップをかけ直し、それをレンジに入れる。

 一分程度温めることにした。


 春風浩紀はるかぜ/ひろきは今、リビング側にいるわけだが、すぐ隣のキッチンでは、お味噌汁を温めている妹の後ろ姿があったのだ。


 妹はなんでもやることが好きな子である。

 むしろ、世話好きというべきか。

 そういう性格はいいのだが、あまりにも負担をかけさせたくないという思いがあった。


 少々心配になり、友奈がいるところまで歩み寄る。




「大丈夫か? でも、なんか、ごめんな」

「な、なにがです⁉ というか、急に背後に立たないでください」


 友奈から途轍もなく驚かれることになった。


 友奈は顔だけ振り向いて、浩紀のことをジト目で見ているのだ。


「ごめん、驚かせるわけじゃなくてさ」

「もう……今、熱を扱って、お味噌汁を温めてるんです。だから、そういうことされると危ないんですからね」


 また、妹から指摘されてしまったのだ。


 これじゃあ、どちらが年上で、年下かわからない。


「……お兄さん」

「なに?」


 友奈はお味噌汁の温度の確認のために、視線を前へと戻し、彼女は呟くように言う。

 浩紀は、そんな妹の様子を伺うように問いかけた。


「明日、土曜日ですよね」

「そうだけど」

「でしたら、明日、どこかに行きませんか?」

「え? 明日?」

「はい。私、行きたいところがあるので。それに今日、お兄さんの帰りが遅かったので、その代わりに、私に付き合ったて下さいね」

「でもなぁ……」

「用事でも?」

「ああ、先輩と……」

「先輩……夏芽先輩と……?」


 友奈の声のトーンが小さくなった。

 すると、妹は再び、隣にいる浩紀へと視線を向けてくる。


「先輩と、そんなに仲がいいんですか?」

「それは、まあ、部活の一環でさ。別に好きとか、そういうことじゃないから。誤解されないように言っておくけど」

「へえぇ……そうなんですね」


 友奈は意味深気な表情を浮かべたのち、視線をお味噌汁の入った鍋の方へと向けるのだ。


「でしたら、私と一緒遊ぶことに問題はないですよね」

「でも、先輩との約束が」

「それは部活の一環なんですよね? 私、空いている時間帯でもいいので。都合のいい時間を教えてください。そうしたら、私、その時間になったら、お兄さんが指定した場所に行きますから」


 友奈は淡々と、事を進めているのである。


 先約があるものの、妹の方が、時間の都合をつけてくれるのならと思い、浩紀は一応、承諾することにした。


「では、約束ですからね」


 そういうと、友奈はキッチンヒーターの終了ボタンを押す。

 温かさの加減を確認してから、妹は茶碗にお味噌汁を装うのだ。


 今日のにはワカメとネギが入っていた。

 浩紀は、そのお味噌汁が好きなこともあり、不満などないのである。


 浩紀は友奈から茶碗を受け取り、妹から背を押されるように再びリビングへと戻ることになった。






「お兄さんは、本当に水泳をやるおつもりですか?」

「や、やるさ」

「本当に?」

「ああ」


 今、リビングにある食事用のテーブル前の椅子に、二人は横に並ぶように座っていた。


 浩紀の正面のテーブルには、ご飯、お味噌汁。そして、先ほどレンジで温めた生姜焼きが置かれている。


 浩紀が食事をしていると、妹は顔を覗き込むように何度も確認してくるのだ。


 あれほど、水泳なんてやらないと言ったことが過去にある。

 ゆえに、驚かれているのだろう。


 実のところ、浩紀も驚いている。

 本当であれば、もう人生で二度と水泳なんてしないという思いが強かったからだ。


「でも、意外だよね。お兄さんが水泳をやるって」

「まあ、成り行きってところはあるけどな」


 そう言い、浩紀はお味噌汁の茶碗を手にする。


「やっぱり……おっぱいなの?」

「んッ⁉」


 浩紀は、丁度、お味噌汁を飲み始めていたこともあり、口から吹き出しそうになった。


「そ、そうじゃないから」

「でも、夏芽先輩って、おっぱい大きいですよね?」

「ま、まあ、そうだな、爆乳だしな」

「え?」

「ん? どうした?」

「なんで、先輩が爆乳だなんてわかるんですか?」

「うッ、そ、それは……何となく」

「何となく? 制服の上からわかるものなんですかね?」

「さあ、なんていうか。そういう噂を聞いてさ」

「噂?」

「ああ」

「でも、私、そういう噂とか聞いたことなんですけど」

「いや、そ、それはさ、俺のクラスの中で、そういうことを話す奴がいるんだよ。大きさとかについてさ」


 浩紀は何とか乗り切ろうと必死だった。


「へ、へえ……そうなの?」

「ああ」

「お兄さんのクラスって、変態が多いの?」

「……た、多分」


 浩紀はとうとう友奈の方を見ることができなくなった。

 疚しいことや隠し事が次第に増え始め、口ごもってきているのだ。


「お兄さん、視線がこっちを向いていないようですけど」

「そ、そんなことより、明日は忙しいんだ。早く食べて休むから」

「そうやって、話を逸らすんですか?」

「別に、そらしてなんか……」


 浩紀は気まずげに、食事を済ませることにした。


 そんな中、右に座っている妹から、意味深なジト目を向けられる羽目になったのである。

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