第14話 先輩…それ、刺激強すぎますから

 春風浩紀はるかぜ/ひろきは今、エッチな思想に脳内を侵され始めていた。


 なんせ、一枚のカーテンの先に、爆乳で美少女な夏芽雫なつめ/しずく先輩がいるからだ。


 ゆえに、先ほどから心臓の鼓動が高まり、緊張してばかり。

 しかも、女性が多くいる水着エリアだということも相まって、どこへ視線を向ければいいのかわからないのだ。


 刹那、浩紀の視界の先にある試着室のカーテンが開かれた。




「これ、どう? いい感じ?」


 カーテンから姿を現す夏芽先輩。

 彼女の豊満なおっぱいが強調された水着である。

 谷間がハッキリとしており、浩紀の視線は迷うことなく、そこへ向かう事となった。


「何か反応は?」

「まあ、いいと思いますよ……」


 浩紀は動揺し、遅れながらも返答する。


「鼻の下伸びてるじゃん?」

「……そ、それはしょうがないと思いますけど」


 浩紀は不自然な感じに視線を逸らし、次第に声が小さくなっていく。


 さすがに、なんの前触れもなくカーテンが開き、その上、目を疑うほどの爆乳があったら、誰であろうと見てしまうのは当然である。


「そう? だったら、もっと近くでも見てみる? こっちにおいでよ」

「え、いいですから……」


 浩紀は体をビクつかせ、再び動揺し、後ずさるのだ。


 周辺には、水着を購入するためにやってきている若い女の子らがいる。

 どこへ視線を向けても、その気まずさが増幅されていくだけだった。




「それで、今日は、俺の水着も購入するんですよね?」

「そうよ。でも、せっかく水着専門店まで来たんだし。私も、何か水着を購入しようかなって」


 そう言って、夏芽先輩は明るく、はにかんで笑っている。

 彼女には余裕があるようで、人前できわどい水着を身に纏っていても、特に気にした様子はないのだ。


「浩紀、他にも色々な水着を見たいんだけど。ちょっと一緒に探してくれない?」

「え? 俺も? 店内を見て回るってことですか?」

「そうだよ。いいじゃん。ねッ」


 夏芽先輩は迷うことなく、さっさと事を進めているのだ。


 彼女は再び、水着姿を隠すように試着室のカーテンを閉め切る。

 それから数秒後、着替えを終えた先輩は試着室から姿を現す。




「じゃ、こっちね」

「え⁉ ちょっと、心の準備が……」


 浩紀は焦る。


 現在いる水着エリアには魅力的な女の子しかない。

 その上、夏を象徴するかのような水着ばかりが売られているのだ。


 チラッと辺りを確認すれば、下着類。いわゆる、ブラジャーやパンツも視界に入るのだ。今、夏芽先輩に連れられ、店内を移動している間は、浩紀のどぎまぎが収まる気配はなかった。


 自宅では、妹の下着もいくつか見たことはあるが、それと比べても量が多い。

 あまりの圧倒された女の子の下着枚数の暴力により、たじろぐしかなかったのだ。






「これなんかどうかな?」


 今、多くのきわどい水着が売られている場所にいる。


 夏芽先輩はまた、刺激の強い水着を見せつけてきたのだ。

 マイクロビキニ系である。


「……それ、学校じゃ着用禁止ですよね?」

「そうだけど。学校以外で身に着ける用にも購入しようと思って。それでどう?」


 彼女は現在着ている私服の上から、マイクロビキニを押し当てていた。


 そんなことをされてしまったら、先輩がマイクロビキニを着用している姿を想像してしまう。


 疚しい気分になる。

 他人には言えない事とかも、夏芽先輩とは今まで経験してきているのだ。


 夏芽先輩の生おっぱいを見てしまったこととか。それと、生おっぱいを見てしまったこととか……。

 いや、むしろ、おっぱいを見てしまったことが、物凄い勢いで脳裏をよぎるのだ。


 そういった経緯もあり、ついには先輩の方へ視線を向けることができなくなっていた。


「ね、どう? もしかして、こっちの方がいいとか?」


 夏芽先輩は別の水着――通常の水着も見せてきた。

 それは紐付きであり、マイクロビキニよりかは刺激は薄いものの、先輩が身に着けると、結果的に凶器になりそうである。


 夏芽先輩は意味深な表情を浮かべ、距離を詰めてきた。

 刹那、先輩のおっぱいが激しく、浩紀の体に接触する。


「ねえ、どっち? どっちの水着がいい?」

「じゃあ……左手に持っている方で」


 浩紀は紐付きのビキニの方を選ぶ。


「こっちね。でも、浩紀って、やっぱり、むっつりでしょ?」

「そういう言い方はよくないと思いますけど……」

「でも、むっつりなら、それでもいいけどね」


 夏芽先輩は浩紀の方を見て、軽く言った。


「一応、むっつりでも、私のことを意識してくれているなら別にいいしね。ね、今から試着室に向かうから来てよ。ほら、早く」


 浩紀は再び、夏芽先輩に誘導される事となったのだ。

 今日は彼女に振り回されてばかりだった。




 けど、一つだけ気になるところがある。


 昨日、橋本美玖はしもと/みく先生が言っていたこと。

 夏芽先輩が色々なことで悩んでいると――


 けど、今の彼女の姿を見ても、どうしても何かについて迷っているとか、悩んでいるとか。そういった風に見えないのである。


 本心を表に出さない人なのだろうか?


 笑顔を振りまいている夏芽先輩に、悩んでいることありませんかとは、さすがに、自ら聞くというのも変な感じがする。


 ここは様子を見ながら、本心を聞き出していくしかないと思う。


 そう考えている中、今、先輩に手首を引っ張られ、転びそうになりながらも、試着室前へと到達することになった。




「じゃ、今から着替えるからね」


 夏芽先輩はそう言うと、再び試着室の中へと姿を消していったのだ。


 はあぁ……なんか、今日は振り回されてばかりだな……。


 浩紀は疲れ切った感じの表情を見せ、肩の荷を下ろす。


「ん……?」


 何か、振動のようなものが、太ももらへんに伝わってくる。


 それはまさしく、スマホであり、誰かから連絡があったという事だろう。


 浩紀はポケットに手を突っ込んで、スマホを手にする。

 画面を見、フォルダを確認してみると、やはり、メールの着信があったらしい。


 差出相手は、妹の友奈ゆうなだった。




≪お兄さん、今時間ありますか?≫


 今は……一応、時間はあるけど。

 そうだな。

 夏芽先輩が着替えしている最中に、メールのやり取りをした方がいいだろう。


 浩紀は簡単な文章で返答する。


≪午後からだったら、普通に時間あるけど≫


 数秒後――


≪わかりました。でも、もう少し早くに会えないですか?≫

≪それ以上早くは無理かな。それで、友奈は今、どこにいるんだ?≫


 簡単な気持ちで文章を打ち込み、再度送信した。


≪お兄さんの近くにいます≫


 その一文を見た瞬間、ドキッとした。

 今を見られているような気がして、胸元がざわめいたのである。


 どこに友奈がいるのだと、女性らが集まっている水着エリアを見渡す。

 すると、見覚えのある姿が、浩紀の瞳に映ったのである。


 遠くの方にいる友奈。

 妹は、下着などが売られているエリアの柱近くに隠れた状態でいる。

 それは見間違いようがなく、妹の友奈だった。


 友奈は、その柱から離れ、駆け足で浩紀がいるところへと歩み寄ってきたのだ。




「お兄さん。ここにいたんですね。さっきから探していたんですから」

「というか……まさか、俺が家を出たときから、後をついてきていたのか?」

「いいえ。お兄さんの現在地を確認する手段があったので」

「確認する手段? どういうこと?」

「何でもないです。それより、こんなところにいるなんて、お兄さん、変態なんですよね?」


 友奈は距離を詰めてきた。そして、上目遣いで見つめてくる。


「そう決めつけるなって……」


 妹の意味深な態度に、浩紀はドキッとしていた。

 相手は、実の妹なんだぞ……。

 こんなことで、心が靡くなんて。


 浩紀は必死に疚しい感情をこらえていたのだ。


「……まさか、このカーテンの先に、あの先輩が?」

「ん、そうだよ」

「……」


 友奈は静かになった。


「では、この隙を見て、行きましょう」

「それはダメだって」

「いいから、行きましょう」


 妹はなぜか、強引になっている。


 しかし、夏芽先輩をそのまま放置してはおけない。




「ねえ、浩紀。外の方が騒がしいけど、誰が近くに知り合いがいる感じ?」


 夏芽先輩から話しかけられた。

 話し声が少々大きかったのだろう。


「え、い、いいえ、独り言で……その、ちょっと別のところに行っていてもいいですか?」

「別にいいけど。早く戻ってきてよね」


 冷静な口調の夏芽先輩からの返答があった。


 すると、隣にいる妹の瞳が笑っているように見えたのだ。


 その直後、浩紀は友奈に導かれるように、今いる水着エリアから立ち去る事となったのである。

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