第9話 俺は、過去と決別できたら…
久しぶりに二人っきりで同じ部屋にいて、緊張しているところもあり、戸惑っているのだ。
何かを話さないといけないよな……。
浩紀は対面上に座っている彼女の姿を見やる。
彼女というのは
昔からの間柄なのに、意外と二人っきりになると、何を話せばいいのかわからないものだ。
話そうとは思っているが、どんな話題がいいだろうか?
そもそも、夢の家にはゲームをするためにやってきたのだ。
タイミングを見計らって、そういった話題を振るのもいいのかもしれない。
今は、浩紀も、夢同様に、お菓子を口にする。
「……」
「……」
先ほどから何も話してはいないが、緊張している分、一緒にいられるだけで満足感を得られてはいた。
でも、この程度で満足を感じていてはダメだ。
もっと、自分から話しかけなければいけない。
浩紀は勇気をもって彼女の方へ視線を向けた。
時には勢いというのは大切なことである。
「あのね……」
「あのさ……」
奇跡的にも、幼馴染とは丁度欲よいタイミングで言葉が重なってしまった。
しかも、若干、夢の方が話しかけてくるのが早かったのである。
さらに、気まずさに圧をかけられている感じになってしまう。
「浩紀君からでいいよ。何かな?」
「えっとさ、そろそろ、ゲームとかでもしない?」
「ゲーム?」
「うん。そういう約束で、俺、ここにいる気がするんだけど」
「そうだね……そうだよね。そういう約束だったよね」
夢は悲しそうな瞳をチラッと見せ、簡単に頷いた。
彼女は何かを隠しているような雰囲気がある。
「私ね……」
「うん」
浩紀は緊張した面持ちで、唾を呑む。
彼女がなんて話してくるのか、一言一句気になってしょうがなかった。
「私、ちょっと、ゲームする気にはならなくなったの」
「どうして?」
「何となく……よ」
「そうか」
「今日は、一緒に話をしない?」
「会話だけ?」
「うん。私、今日はそういう気分なの」
「わかった。夢がそういうなら」
浩紀は彼女の意見に従うことにした。
「私、バイトすることになったでしょ?」
「うん。それは、この前聞いたよ。真司からの紹介だろ?」
「そうそう。その件で、今週の土日らへんに面接することになったの」
「へええ、そうなんだ」
「でも、受かるかどうかはわからないけど。受かったら、一回だけ、タダにしてあげるからね」
「ありがと。その時は、妹と一緒に行くよ」
「……う、うん」
あれ?
なんか、変なことを言ってしまったのか?
夢の反応が鈍いというか、あまりよい反応の仕方ではないことに関して、浩紀は首を傾げてしまう。
でも、ここで話を途切れさせてしまったら、余計に話しづらくなる。
もう少し話す内容を変えた方がいいだろうか?
いや、自分が話したいことばかり話題にしていたら、夢もつまらなく感じてしまうかもしれない。
ここは……。
「バイトって、お菓子関係なんでしょ?」
「そうだよ」
「今って、どういうお菓子が得意なの?」
「今は、動物の型をとって作るクッキーとか」
「へえ、クッキーか。少し食べてみたいかもな」
「じゃあ、作っておいたのがあるから。食べてみる?」
「あるの?」
「うん……今日、あともう少ししたら、食べてもらおうと思って、この前、試作品としてあるの。今、食べたい?」
「あるなら」
「わかったわ。持ってくるから、ちょっと待っててね」
正座をしていた夢は立ち上がり、楽し気に部屋から後にして行った。
浩紀は再び、幼馴染の部屋で一人になる。
「……」
いや、ダメだ……。
浩紀の視線は、夢のベッドへと向かってしまうが、何とか平常心を保とうと必死になっていた。
そういう形で、幼馴染に愛を伝えるのはよくない。
幼馴染とは普通の形で告白したいのである。
今は、変な言動をする時ではないのだ。
浩紀はそう自分に言い聞かせ、何とか内に眠る変態的な感情を堪えていた。
「ねえ、クッキー、持ってきたよ」
夢が戻ってきた。
浩紀は平然を装い、対応する。
「これのクッキー、結構な自信作なの」
夢は嬉しそうな声で言う。
普段と違い、声のトーンが違うのは明白であった。
そんな彼女の話を聞いているだけでも嬉しくなってくるものだ。
「この動物型のクッキーを作るの大変だったの」
「へえ、そうなんだ」
浩紀は、夢がテーブルに置いてくれたクッキーの皿へと手を向けた。
シマウマの顔の形をしたものを手にして、まじまじと見やる。
しっかりと型とかも取られており、夢の几帳面さが目立っていた。
浩紀はそれを食べる。
んッ、これは……。
「普通に美味しい」
「本当に? よかったぁ、変な味だったら、どうなるかと思ってたんだけど」
夢はホッと胸を撫でおろすように、微笑んでいたのだった。
夢も少しずつ前に進んでいるのだ。
浩紀も、過去と決別できるように、日々行動した方がいいだろう。
本当の意味で前向きになれたら、夢と面と向かって告白しようと決心を固めるのだった。
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