第8話 俺は、幼馴染の匂いを…

 春風浩紀はるかぜ/ひろきは、何年かぶりに、幼馴染の家にやってきていた。


 大体、二年ほど、彼女の家には訪れていなかったと思う。

 玄関に入った直後、以前と大分変っていたこともあり、新鮮な気分になった。


 でも、幼馴染の夢の家から感じる、いい匂いは健在である。




 浩紀は東城夢とうき/ゆめと共に学校を後にし、今、彼女の家に到着したばかりなのだ。

 二人は玄関で靴を脱ぎ、家に上がる。




「浩紀君。私の部屋とリビング、どっちがいい?」


 先に家に上がった彼女は浩紀の方を確認するように振り返り、二択の質問をしてくる。


「どっちでもいいけど。今日は、家族はいるの?」

「んん、いないよ。私の両親、ちょっと仕事で遅くなるってことで、今はいないの」

「そうなのか」


 リビングでもいいのだが、やはり、ここは少しは積極的になった方がいいだろう。


 浩紀は、夢の部屋でという趣旨を伝えたのだ。


「私の部屋ね。いいよ」


 夢は少々恥ずかしそうな表情を見せた後、大人しくなった。

 一旦、間が空いてから、再び彼女は話し始める。


「今から飲み物とか持っていくから、私の部屋に最初に行っててくれる?」

「わかった」

「私の部屋は以前と同じ場所にあるから、二階に上がっていくとわかると思うわ」


 浩紀は彼女からの発言に頷き、二人は玄関近くの場所で別れた。


 浩紀は近くに見える階段を上り、幼馴染の神聖な部屋へと向かう。


 妙に緊張するというもの。

 なんせ、今から入る場所は、好きな幼馴染の部屋があるからだ。


 夢は中学生の頃と比べ大分、大人っぽくなった。

 だからこそ、二人っきりの空間で会話するとなると心臓の鼓動が高ぶるのだ。


 緊張した面持ちで、ゆっくりと階段を上り切り、そこから幼馴染の部屋がある場所へと移動する。




「こ、ここが、夢の部屋か……」


 確かに以前とさほど変わっていない。

 扉の前には、夢、と名前が記された小さな看板的なものが吊るされてあったからだ。


 ここが夢の部屋であり、意識すればするほどに呼吸が整わなくなってくる。


 浩紀は深呼吸をし、彼女の部屋のドアノブへと手を向かわせた。


 ドアノブを回し、彼女の部屋へ入ることになったのだが、想像していたよりも華やかさがあったのだ。


 中学生の頃はそこまで派手なものなどが殆どなかった。

 高校生になり、色々と意識し始めたのだろう。


 夢の部屋には動物系のぬいぐるみが多くあり。それらは、彼女が普段から使用しているベッドの上に丁寧に置かれていたのである。


「こ、これが、夢の……⁉」


 想像すると、ドキッとする。


 夢とは同じクラスで、普段から会話することも多い。

 けど、一人で妹意外の女の子の部屋にいるのは、人生で今日が初めてなのである。


 こんな状況、一人っきりで待っているとか、どうにかなってしまいそうだ。


 刹那、夢が普段から来ている服が視界に映る。

 その上、ベッドにある枕。


 幼馴染に対して変な気を起こしてはいけない。

 それは浩紀自身もわかっている。


 けど、意識すればするほどに、抑制が効かなくなってしまう。


 いや、ここは冷静に……冷静に、対応しなければ……。


 浩紀は自分の心に言い聞かせる。

 何度も、自分を抑制するかのように念じるのだ。


「……」


 しかし、本能というのには抗えない。

 今、視界に映る、夢の枕から視線を逸らせないのである。


 どういう匂いがするのか、気になってしょうがなかった。


 ……一瞬、触るだけだったら……いいのかな?


 浩紀は何かに取り付かれたように、そのベッドへと近づいていく。


 そして、ベッドにある、そのフカフカした枕へと手を伸ばそうとした瞬間――




「浩紀君、持ってきたよ」


 背後から聞こえてくる声。


 夢の部屋の雰囲気に圧倒され、彼女が階段を上ってきていることに気づくことが遅れていたのだ。


 ヤバいと思った直後、浩紀は枕を触ることなく、ベッド前で振り返り、部屋の入口に佇む彼女へと視線を向けた。


 夢はトレーの上に、二つのコップを乗せ、ジュースを持ってきている。それに、ポテトチップス系のお菓子を袋から出し、皿に盛りつけていたのだ。


「浩紀君? どうしたの? 汗かいてる?」

「い、いや、なんでも」

「そんなに暑かったかな? クーラーでもつける?」

「い、いいよ。大丈夫。というか、持ってきてくれてありがとな」

「うん……」


 夢は不思議そうに浩紀の方を見やっていた。が、彼女は部屋にある、小さなテーブルの上に、そのトレーを置き、床に正座する。


 浩紀も、テーブル前に座り、彼女と対面するのだ。


「えっと……まずは食べない? 少しお腹が空いてるでしょ?」

「う、うん」


 二人は変な雰囲気に包まれ、一先ず、共にお菓子を食べることになったのだ。

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