疑いの関係

 停電の一件以来、一時ではあるが私は夫に対して新婚当時のような情感を取り戻した。流石に同棲時代の初々しい感情までは遡ることができなかった。

 停電のあった夜は私から夫を求めた。こんなこと何日いつ以来だろうか、思い出せないでる。しかし、そんなことどうでも良かった。

夫とのセックス、その日はとても刺激的に感じられた。それ以降、私は頻繁に夫を求めるようになった。


――こんなにも上手い人だったかしら――


 二週間程経つと、ふとそんな疑念が生まれるようになった。

 夫は元々、淡白だった。しかも私と出会うまでキスもしたこともない童貞だった。反対に私は経験はあった。夫と知り合った頃は肉体関係だけの男性が二人いた。その他にその候補になり得る男性が三人いた。

若い頃の私は自由奔放で快楽に貪欲だった。それが夫と知り合い付き合うようになった途端、不思議とその虫が納まった。私をよく知る友人はそれを不思議がり夫に何か不思議な力でもあるのではないかと疑った。

 私は優しい人と結婚したかった。精神的には自立できていたし、当時の仕事にも不満はなかった。家へ帰れば優しい夫がいる。そんな家庭になんとなく憧れていた。

 夫とはSNSのグループで知り合った。短い文章のやり取りではあっても、不思議とウマが合うような気がした。 だから見ず知らずの知らない相手でも特に疑いもせず直接会うことに抵抗はなかった。実際会ってみると、ネット上の文章だけの印象とは違った。今思えば、やや卑屈で人の顔色を伺うような話し方。決して第一印象は良いとは言えなかった。それでもなんとなく会っていた。夫は私の話を黙って聞いていてくれる。私も話しやすかった。激しくときめくわけでもなかったし、大恋愛でもなかった。しかし、

“私はこの人と結婚するだろうな”

と直感的に思った。だから夫と出会ってすぐに、肉体関係があった他の男達と別れることができた。それに関しては特にトラブルもなかった。所詮は肉体だけの軽薄な関係に過ぎなかったのだ。

仮に私が男性と付き合う上でセックスの相性を重要視するような女だったら、きっと夫とは結婚しなかっただろう。

 私は夫に手取り足取り女性、すなわち私をどうすれば悦ばせることができるか、教え込んだ。それでも夫は満足に私を悦ばすことはできなかった。

性に奥手ということだけではなく男性として非常に淡白なのかもしれない。それは、

 「新人の頃、上司にお触りパブへ連れて行ってもらったんだ。そしたらコイツ、店で1番のかわい子ちゃんに当たったんだが、あまりの緊張に吐き気を催して、トイレ駆け込んだんだ。」夫の同僚が酔ったときに勢いで私に笑いながら語った。だから浮気は絶対心配しなくて良いと……

夫はその話を迷惑そうに聞いていた。

確かに同棲中から結婚してからも、そんな様子は微塵も感じなかった。私は夫に対してそれはないだろうという信頼以上に、そんなこと出来やしないというある種の軽蔑を持っていた。到底そんなことできる人ではない。出来ないからこそ、彼は夫でいられる。しかし、そんな信頼にも軽蔑にもどちらにも振れる蠢いた感情が停電の日以降を境にもっと大きな疑念に変わっていった。

――私は夫によってはじめてのだ――

普通だったらこれをきっかけにして、夫婦の信頼関係が増してゆくのかもしれない。しかし、私には違った。とてつもなく不安になったのだ。だからそれ以降、私から確認するように夫を求めた。結果は同じだった。昔は防戦一方だった夫が、反撃の狼煙を挙げ攻戦に転じ、私を何回も絶頂に導く……


 私は勝ち気な性格と他人ひとから云われる。確かに自分でもそこら辺の男に負けないつもりだった。だから、夫のような優しくも女々しい男性を選んだのかもしれない。

 私にとって夫はどこまでもでいてほしかった。夫に男性的な強さを求めてはいなかった。だから不満があっても別れずにいた。だからこそ疑念が小さな泡のように沸々と湧いてくる。

――浮気――

ただ、退社時間には必ず連絡を欠かさず、出張の際には誰と行くか必ず報告がある。休日は決してひとりで出かけず、ほぼ私と一緒だ。隠し事は何一つない。そんな人が浮気ができるだろうか。夫が勤める会社はそれほどの規模ではないために忘新年会は必ずと言って私も誘われ、顔を出す。とはいうものの、確かにこの二年はそういった機会はないのだが。

 むしろ、むしろだ。私のほうが自由に生活をしている。しかし、私は私でやましいことは何ひとつ無い。それは誓って言える。

 ……待てよ、取引先に相手いるかもしれない。夫は営業マンだ。仕事はできる。夫に憑く悪い虫は会社の中ではない、外にいるのかもしれない。

 夫のことを想うと、胸が張り裂けそうになり苦しい。早く帰ってきてほしい、確認をしたい、女の影の有無を。そして無いことに安心したい。そう願うのだった。



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