194.いま、頂点に立つあなたへ


 これまで様々な相手と戦ってきた。

 クオリア使いやモンスター、どちらも一筋縄ではいかない敵だった。

 信じられないほど強い相手と何度も戦った。

 そのたびに強くなったと、サクラは自負している。


 だが、いま相対しているのはそのどれとも異なるものだ。

 ただひたすらに圧倒的。

 最条キリエが生み出した光の矢の群れが向かってきた時、そう感じた。

 

 なにせサクラがキューズを志すきっかけとなった憧れの相手だ。

 強くて当たり前。

 しかし――その憧れとなった光を真正面から目にした時、サクラは確信した。

 抗うのは不可能だと。


「雷の矢!」


 向かってくる百条の光の矢に対し、サクラは雷の矢で迎え撃つ。

 数は光の約半分。矢と矢は正面からぶつかり合うと、光と雷が弾けて相殺された。


(…………!?)


 わずかに違和感を覚えたものの、光の矢はまだ半分残っている。

 サクラはすかさず纏雷を発動させ、踵を返して走る。

 

「逃げようとしても無駄だ! 光の矢はどこまでも追いかける!」


 背中に投げられた声を無視してサクラは部屋の扉を蹴り破り、全力で廊下を駆け抜ける。

 後ろから迫る光の気配に背筋を冷たくしながら、サクラはひた走った。

 猛スピードで角を曲がる。数発の光の矢は曲がり切れずに角に激突するも、いっさい速度を落とすことなく貫いてサクラを追う。


「くっ、やっぱりあっちの方が速い!」 


 このままでは追いつかれる。

 だが、サクラには考えがあった。

 こうしてあちこち走り回ればそろそろ……


「いたっ!」

 

 サクラが目にしたのは廊下を徘徊するモンスターの姿。

 それは全身を包丁やナイフ、彫刻刀などありとあらゆる刃物で構成したカニのような威容。

 寄らば斬る、寄らずともこちらから斬りに行く――そんな危なっかしい外見だが、今のサクラには救世主に見えた。


 ひときわ強く床を蹴ったサクラは一気に加速し、カニを飛び越える。

 よって追ってきた光の矢の軌道上には刃物カニが立ちふさがることとなった。

 まるでサクラの盾となるかのように。


「ごめんねカニさんよろしく!」


 光の矢が迫る。

 刃物カニは対処の優先度をサクラから矢に移し、その鋭い両腕で光の矢を切り裂いた。

 第五層のモンスターだけあってやはり強い。

 何本もの矢が凄まじい勢いで切り裂かれ――しかし一匹では追いつかず。

 切り捨てきれなかった矢がカニを穿ち、爆散させた。

 矢はそれでひとつ残らず消え去った。


「ふう……」


 詰めていた息を吐きだす。 

 これで何とか窮地は凌いだが――同時に戦慄する。

 ここまでしなければキリエの攻撃は凌げない。

 彼女からすれば指先を少し動かした程度の攻撃でしかなかったはず。

 憧れの相手の強さが今はただ恐ろしかった。


(でも……なんだろう。変な感じがする)


 サクラはクオリアを使い始めてから半年。

 その間、自分より圧倒的に強い相手とも戦い、命の危機に何度も晒された。

 結果、周りより膨大な経験を積むことになり、凄まじいスピードで成長してきた。


 しかし――だとしても。

 あのキリエの攻撃を凌げた?

 果たして本当にそこまで実力差は縮まっていたのだろうか。

 彼女の初撃から逃れた。初撃を終えてなお五体満足で立っている。

 そのこと自体が違和感の源だ。

  

「それでもあたしじゃキリエさんには太刀打ちできない……」


 どう見積もっても敵う相手ではない。

 なら、助けを待つか?

 先輩たちはそれぞれデザイナーズベビーに足止めを食らっているものの、彼女らが負けるとは思えない。

 であれば先輩たちの到着まで時間を稼げば勝ち目はあるかもしれない。

 

(……………………)


 しかしサクラの心には、先ほどのキリエの発言が引っかかったままだった。

 

 ――――…………いつかっていうのは、いつになるんだい?

 ――――君たちが追いかけて来たって、私が立ち止まっているわけでもない。君たちが進む以上のスピードで私が進めば、永遠に追いつくことはない。 


 キリエは諦めていた。

 サクラやココの言葉や想いを、自分には届かないものだと切り捨ててしまっていた。

 ならばここでサクラが時間稼ぎに徹すれば、キリエの絶望はさらに強固さを増してしまうのではないか。


 そうサクラが思い悩んでいると、背筋を嫌な予感が滑り降りた。

 遠くから聞こえる轟音。判断材料は限られていたが、対処するには充分すぎるほどで――サクラは反射的にその場から飛びのいた。


 直後。

 膨大な光の嵐が壁を突き破って吹き荒れた。


「く、う……ッ!?」

 

 直撃は避けた。

 だがその余波だけで勢いよく吹き飛ばされ、狭い廊下をピンボールのように跳ね返った。

 何度か壁にぶつかり、床を転がって何とか止まる。サクラの身を包むアーマーにうっすらとヒビが入り、背筋が凍る。

 直撃していればアーマーの上から消し飛ばされていたのではないかと思えるほどの威力だ。

 実際、貫かれた壁面はごっそりと削り取られていて、跡形も無く消滅している。


「かなり見通しが良くなった。これでちょこまか逃げられても追いやすいな」


 その声はすぐ近くから聞こえた。

 光嵐の着弾して抉れた壁の影から、ゆっくりとキリエが姿を現す。

 

「速すぎますよ……!」


「光に乗ればこれくらいの高速移動は容易いよ。さて……あまり長引かせるとココたちが到着してしまうね。君もそれ狙いだろう?」


 キリエの瞳はすでにサクラを敵として見なしていなかった。

 彼女にとってサクラは、目の前に転がってきた石ころだ。

 どう排除するかを考えても、”勝てるかどうか”などは考えない。

 言外に、相手にならないと言われた気がした。


 確かにそうだ。

 サクラはキリエの足元にも及ばない。影すら踏めない。

 だけど――それでも。


「…………違う」


「なに?」


「違いますよ」


 ふらふらと立ち上がるサクラを、キリエは怪訝な目で見つめる。

 サクラは決して賢くはないが、愚かでもない。 

 この状況なら時間を稼ぐために逃げ回るのが得策だ。

 だから追いかけっこをするつもりでいたのだ。

 

 しかし今のサクラは、逃げるそぶりを見せない。

 確かに身体はわずかに震えている。恐怖を感じているのだろう。

 だが、退かない。

 澄んだ瞳は、まっすぐにキリエのそれを見つめている。


「さっき言ったじゃないですか。あなたを倒すって」


 そう言いながら、サクラは思い返していた。

 確かに倒すとは言った。しかしそれは売り言葉に買い言葉に近いものだった。

 でも今は違う。


「いま、ここで! あたしが最強あなたを倒します!」


 ここで真っ向から挑んで勝てなければ。

 例え援軍が来てキリエを突破したとしても、彼女の絶望は拭えない。

 

 だからここでキリエを倒す。

 そして、キリエは孤独ではないと証明する。

 

(あの時見た試合で、あたしは救われた) 


 何もかも絶望していたサクラはキリエの試合を見ることで生きる活力を得た。

 人生の目標が見つかった。

 そう――この身に宿るクオリア忌まわしき力で誰かを笑顔にする。

 希望を届けるのだと、心に誓った。


 だから。

 いま希望を届けるべきはきっと最条キリエなのだと。

 サクラはそう決心した。


「あたしが勝って、あなたをひとりにさせません……!」


「…………そんなの無理だ」  


 諦めに満ちたキリエの声色に。

 サクラの心中には、今までにない闘志が渦巻くのだった。

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