195.ぼくらはひとつになる


 洋館の廊下。

 先ほど光線が着弾したことでスペースはある程度押し広げられているが、未だに狭いまま。

 人間一人が両腕を真横に広げれば通れなくなるほどだ。

 

 だから、この場所では接近戦を余儀なくされる。


「纏雷!」


 サクラの全身に雷が迸る。

 筋肉を電流によって駆動させ、パワーとスピードを底上げする強化技。

 素早く動き回れないこの空間なら、光のごときキリエの速度は抑制される。

 だから、おそらく太刀打ちできるとすればこの場所しかない。


 サクラは床を蹴り、壁を蹴り、天井を蹴り、跳ねまわってキリエの視界から外れる。

 どれだけキリエが強くともこの速度で、視界の外からの攻撃なら通用するはずだ。

 天井を踏み込み、サクラはキリエの頭上から襲い掛かる。


 雷を宿した拳がその後頭部へと振り下ろされる――――直前。

 キリエが動く。

 後ろに回した手がサクラの手首を掴み、そのまま身体を捻る勢いで床へと叩きつけた。


「がっ……!?」


 衝撃で肺の空気がすべて吐き出される。

 呻くサクラを、キリエは冷え切った眼差しで見下ろしていた。


「いい速さだと褒めたいところだが――おそらくこの閉所でなら私の機動力が抑制されると考えたんだろう? だがそれは君も同じこと。目で追わずとも、『視界の外から来る』と予測できていれば対処は難しくない」


 そして、と呟き、キリエは握りしめた拳を倒れたサクラの腹部目がけて思い切り振り下ろした。

 とてつもない衝撃と同時、アーマーが完全に砕け散る。


「かはっ……」


「君の纏雷は欠陥技だ。苛烈な反動を抱えているせいで出力に限りがあるだなんて言語道断。もし全身に回す電力を上げれば、筋線維や神経が焼き切れてしまうんだろう? そうなればまともに戦闘を続行することは難しい」


 …………思えば。

 纏雷は、サクラが最も自分の身を顧みなかった頃に考案した技だった。

 近接戦闘に難があることに悩んでいた時に、自傷する分にはアーマーが削れないと気づき編み出した技。

 それでも最近は雷のコントロールも仕上がってきており、負担にならない範囲で出力を上げることに成功していたのだが……。


「そして、君が纏雷で身体能力を上げようが、平常時の私とさほど変わらない。君自身わかっているんだろう? 君と私の間には埋められない差があることを」


 確かにそうかもしれない。

 以前、銀鏡アリスと戦うことになったときのことを思い出す。

 あの時は、観戦していた生徒全員がサクラが敗北すると思っていた。

 それだけの実力差があった。


 そして、その相手がキリエとなればなおさらだ。

 彼女の力が光のクオリアと呼ばれて以降、誰も土をつけることが出来なかった無敗にして最強のキング。

 あのココですら敵わない相手。


「だとしても……!」


 バネのように起き上がったサクラはそのままの勢いで拳を振るう。

 キリエの手のひらがそれを防ぐ。

 あと少しで届いた。しかし、この『あと少し』は計り知れない距離を孕んでいる。

 それでもサクラは、


「あたしは、勝てる相手を選んで戦ってきたわけじゃない! いつだって必要な戦いをしてきました!」


 これまでの戦いはどれも避けられる戦いだった。

 逃げようと思えばどこまでも逃げられた。

 それでも戦うことを選んだのはサクラ自身。

 その理由に彼我の実力差など介在していない。


 戦うべき相手に立ち向かい、その結果として勝利や敗北があっただけ。

 敗北のあと、もう二度と立ち上がれなくなるような苦しみを味わっても――後悔はしても、本当に立ち止まってしまうことはなかった。


「あなたはどうなんですか」


「私……?」


「あなたは逃げてる。あたしたちから逃げてる! あたしたちの言葉を信じず、その努力を貶めた!」


 ひとりきりだなんて言ってほしくなかった。

 あたしたちがあなたを独りにしないと――その想いを伝えていたはずなのに。

 いや、自分のことは良い。それでもココの……あの優しい先輩の気持ちだけは、捨て置いてほしくなかった。


 サクラの拳を握るキリエの手に力がこもる。

 その表情には、サクラと同じ、怒りが滲んでいた。


「…………なにが、逃げてるって言うんだ。私は……ひとりなんだ。君達とは違う」


「だから、それが……!」


「私は!」


 叫びと共に、キリエに掴まれたサクラの拳に痛みが走る。

 凄まじい握力がかかっている。


「私は……作られた人間なんだ。光のクオリアを持つことも、最強のキューズになることも、初めから遺伝子を設計された時点で決められていた」


「え……」


 デザイナーズベビー。

 科学によってデザインされ、望む形質を持ち、”そうあれかし”と生まれてきた存在。

 今はもういない空木エリや、現在先輩たちの足止めをしている少女たちがそうだ。 

 

 以前からそうなのではないかとは思っていた。

 デザイナーズベビーの外見的特徴は薄い色の髪や肌、そして真っ赤な瞳。

 最条キリエのそれと一致している。 

 

「私はいったいなんなんだ? 苦しみながらやっと得た強さも立場も何もかも、最初から決められていたものだった。今私が苦しんでいるのだって、きっと決められていたんじゃないか? そう考えると……大地が崩れ落ちていくような感覚に襲われる」


「だ――――だったら、今キリエさんがこうしてあたしたちの足止めをしているのだって誰かの目論見通りなんじゃないですか」


 誰かの。

 理事長だとは言えなかった。

 おそらくキリエも、自分を作り出したのが誰なのか、薄々気づいているはずだ。

 この状況を考えると、最条アラヤしか得をする人物が考えられない。


「決められたことが苦しいなら、なおさらこんなことしてちゃダメです! 今からでも遅くない、あたしと一緒に……」


「無理だ。おばあさまの計画に私は賛同している」


「計画……?」


 ここまで追い詰められたキリエがそれでもアラヤに縋る理由が、サクラには見つからなかった。

 キリエは自身の周囲に光の矢を展開すると、思案に沈みかけたサクラ目がけて一斉に放つ。


「……っ!」


 慌てて飛び退ると、サクラの立っていた床に矢が着弾し、無惨に風穴が空く。

 もうもうと上がる粉塵に顔をしかめていると、キリエはゆっくりと語りだした。


「この錯羅回廊は人間の集合的無意識が形を成した空間だ」


 似たようなことを入学当初に聞いた。

 あの時は推測に留まる内容だったが、錯羅回廊に精通していると思われるアラヤが教えたのだろうか。

 あの空間の真実を。


「この空間は全ての人類の意識に繋がっている。だからおばあさまは、この空間を使って人間を完全に統一しようとしているんだ」


「統一……? それってどういう……」


 荒唐無稽ともとれる話に困惑するサクラ。

 そこに突き付けられたのは、さらなる混乱を招くものだった。


「全ての人間が同じ人物になる。全員が同じ人格を持ち、同じ能力を持ち、同じ意識を持つ。私も君も……おばあさまも含めて、だ」


「は……?」


「そうすれば、私はひとりきりではなくなる。だから……私はおばあさまに味方するんだ」


 絶句した。

 個性を均すどころの騒ぎではない。

 それは自他の境界を完全に無くすということだ。

 端的に言えば、それは――実質的な人類の滅亡だった。

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