最終章 さくらに色づく少女の願い
192.錯羅回廊へ
再起したサクラは生徒会室に召集された。
高価そうな調度品で彩られた一室には、見慣れたメンバーが揃っていた――ひとりを除いて。
他のメンバーはみな一様に神妙な表情で席についている。
「……あれ、キリエさんがいませんね」
「そのことに関しての話なの」
視線で着席を促すココに、サクラは従う。
最条キリエの不在は珍しいことではない。
学園都市最強の
だからこそ、わざわざその不在が取りざたされる状況は異常としか言いようがなかった。
「さて、サクラも来たことだし改めて状況を説明するわ。まず……キリエが行方不明になった。連絡もつかない」
「ど、どういうことですか?」
「言葉通りの意味だってば。会長が姿を消したってこと」
少し不機嫌そうなカナの物言いを横目で見ながらアリスが引き継ぐ。
「確か錯羅回廊の適性を調べた結果、柚見坂ハルが怪しいってことに気づいて……それをサクラに連絡するって流れになったんだっけ」
アリスの言葉にココがゆっくりと頷く。
ハルの名前が出たことで、サクラも色々と思い出してしまうが……今はその時ではない。
「そのすぐあと、キリエの消息がぱったりと途絶えた。各地の監視カメラにも一切姿が映っていない」
「目撃証言もナシ。お手上げね……と言いたいところだけど、こっちにはココ先輩がいる」
「ええ。私はキリエを探すため全方位に精神波を飛ばした」
黄泉坂ココの能力は思念のクオリア。
心に関する事なら何でもござれの強力な異能。
誰かの心を読み取ったり、洗脳する事だけでなく精神波を飛ばすことで誰がどこにいるのかを探知する事すら可能だ。
だが、
「でも見つからなかった。少なくとも学園都市のどこにもキリエは存在しないわ」
サクラは息を吞んだ。
学園都市は数百の町を内包する非常に広大な都市だ。
そのどこにもキリエがいないとなれば、本格的に非常事態と言うほかない。
「じゃ、じゃあどこに……もしかして学園都市の外に……?」
「それはないでしょ。学園都市を出る手続きには一週間はかかるし、仮に光のクオリアでびゅーんって飛んで都市から出たとしたらそれこそ目立つ」
「つまり、行先はひとつ。錯羅回廊よ」
錯羅回廊。
学園都市に存在する異空間。
サクラたち生徒会役員は漏れなく錯羅回廊への通行手形――”適性”を持っている。
「でも錯羅回廊への入り口はこの生徒会室にしかありませんよね?」
当然の疑問に、ココたちは頷く。
生徒会室の棚はリモコン操作でスライドさせることができ、その奥には錯羅回廊の入り口があるのだ。
「そうね、リモコンの置き場所は変わっていなかったし棚も動いた形跡は無かった……だからポケットが出現したのかとも思ったけど、ポケットが出現するほどの感情の揺れがあれば私が気づく」
「つまり、錯羅回廊に精通してて入り口を作ったりできる勢力……例のアンノウンの背後にいる何者かによって連れていかれた可能性があるんだけど」
「あの会長が連れていかれるなんて現実的じゃないのよね。懐柔されるとは思えないし、かと言って力づくで連行されるっていうのも考えにくいわ」
先輩たちの推測にサクラは考え込む。
何者かによってキリエは錯羅回廊へと連れ去られた。
それは十中八九間違いないだろうが、方法については見当がつかない。
ただ、やるべきことは決まった。
「とりあえずあたしが錯羅回廊へ行って――――」
その時、サクラのスカートのポケットが震えた。
スマホに通知が届いている。
見て良いと先輩たちからアイコンタクトを貰い、画面をつけると――そこにはSIGNの通知。
相手は、
「…………ハルちゃん…………!?」
その名前に一同が騒然とする。
彼女のスマートフォンはサクラとの戦いで破損しているのをココが見つけている。
そもそも彼女はもう亡くなっているはずだが……。
「予約送信ね……なんて書いてある?」
ココの問いが意識から遠ざかる。
鼓動が高まる。口の中が渇く。
そこに記されているのは彼女の遺した最後の言葉だ。
おそらくは、命の譲渡を行う直前に送信したのだろう。
震える指を動かし、サクラはそれを見た。
《最条アラヤを追え》
《彼女は錯羅回廊の最深部を目指している》
それは。
目指すべき場所と、サクラたちが打倒すべき黒幕の名前だった。
「……決まりね」
ココが静かに立ち上がる。
本来はキリエが担う役目。しかし彼女が不在である以上、そして彼女を助ける必要がある以上――黄泉川ココは後輩たちを背負う覚悟を決めた。
「この学園都市は、競技のために造られた街。多くの人々が切磋琢磨し、しのぎを削り合うために生まれた箱庭。そんな街をわけのわからない思惑で利用されるわけにはいかない。私たちの街を守るため、そしてキリエを助けるために――――生徒会を執行しましょう」
首を横に振る者は誰もいなかった。
そして、キリエの抱える本心を知っている者もまた……この場にひとりとしていなかった。
* * *
暗がりに階段を踏みしめる硬質な音が響く。
生徒会室から続く錯羅回廊への階段を、サクラたち生徒会役員の四人は連れ立って降りていた。
初めてサクラがこの階段を降りた時はキリエがそばにいてくれた。
彼女の灯す明かりが、暗がりを照らしてくれた。
「いやー、まさか理事長がやりたい放題してたなんてね」
「本当にね。まあ何となく怪しい感じの人ではあったけど」
アリスとカナの話す所感はサクラとしても同感だった。
初めて出会った時――サクラをスカウトしに来た時から最条アラヤはどこか得体のしれない人物だった。
キリエの祖母だというのにサクラと同年代くらいの外見というのもそうだが、彼女の纏う雰囲気は常人のそれとはかけ離れていたのだ。
「…………あたしをスカウトしたのも、何か思惑があったんでしょうか」
「断言はできないけど、その可能性はあるわね」
頷くココの横顔を見ながら、サクラは学園都市に来る前のことを思い出す。
キリエの試合を見て絶望の底から救われたサクラだったが、思えば理事長がスカウトにやって来たのはそれからほどなくしてのことだった。
まるで見計らったようなタイミングだ。
今まで手がかりが無さすぎて気にすることも無かったが、サクラは錯羅回廊への入り口を作り出す能力がある。その上、本来錯羅回廊から出るとしばらくの間クオリアが使えなくなるという反動も受けない。
明らかに特殊な体質は、
そこまでして何を望むことがあるのだろう――などと思案に耽っていると、突如として周囲の景色がねじ曲がった。
「え、なに……?」
「なんだってのよこれ!」
アリスとカナが口々に困惑の声を発する。
だがその声も遠くなったり近くなったりと発声源が安定しない。
サクラが今立っている階段ですら、ぐにゃりと感触が不安定になっていた。
「離れないで! おそらく理事長の仕掛けた――――」
ココが慌てて注意を呼びかけるもむなしく。
サクラたちは足元が消え去るような浮遊感ののち、どこかへと落下した。
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