177.果たし状


 天使を討伐すると神殿の奥に虹色の渦のようなものが出現した。


「お疲れ様。これでだいたい数週間はゲートが開いたままだと思うわ」


「頑張りました~……」 


 戦いが終わって緊張が解けるとどっと疲れた気分になる。

 カナはそんな背中を優しく叩いて踵を返す。


「さ、帰りましょう。そう言えばキリエ会長が話したいことがあるって言ってたわよ」


「あたしにですか? なんでしょう…………」


 いまいち想像がつかない。

 サクラは首をかしげたまま来た道を引き返すことになった。



 * * *



 生徒会室には役員全員が揃っていた。

 キリエを始めとして忙しい者が多いので、こうして勢揃いするのは中々に珍しい。


「以前報告を受けたアンノウン――”怪獣事件”を引き起こしたLIBERTYについてだが、彼女ら以外のアンノウンの存在が確定事項となった」 


「…………LIBERTYが学園都市に入都した時期が夏休み開始時だからってことですか? でもそんなのあらかじめ入都してたと考えれば矛盾はしないと思いますよ」


 キリエの言い分にカナが反論する。

 ただ、カナは実情を理解していないわけではなく、情報の整理のためにあえてその問いを投げかけたようだった。


「確かにそうだが……学園都市入出の記録はすでに調べてある。彼女らは間違いなく正規の手段を使って7月20日に学園都市を訪れている」


「もちろんその記録に手を加えられてる可能性もゼロじゃないけれど、入出の管理を担当しているのは学園都市から独立した政府の機関だからそこまで手を伸ばしているというのは現実的じゃないわね」


 ココの冷静な補足にアリスが頷く。


「あそこは公正って有名ですからねぇ。だってさ、カナ」


「はいはい、わかってるっての」

 

 むすっと唇を尖らせるカナ。

 キリエは苦笑をこぼしつつ、説明を続ける。


「五月にサクラを襲撃した件。そして…………」


「…………あたしの友達をポケットに落として殺した件」


 思ったより重い口ぶりになってしまい、生徒会室に暗い空気が立ち込める。

 しまった、とサクラは努めて明るい声を出した。


「そ、そのっ、目星はついてるんでしょうか?」


「手がかりは錯羅回廊への適性だ」


 あの異空間には適性を持ったものしか入れない。

 最条学園の生徒会役員は全員適性を持ったものが選ばれており、サクラは特に高い適性を持つと言われている。


「調査の結果、LIBERTYのメンバー全員には高い錯羅回廊適性が認められた。あのボディスーツの残骸も検査してみたものの、あれ自体には錯羅回廊へのゲートを開く機能しかなく、彼女らが錯羅回廊へ出入りしていたのは彼女ら自身に適性のよるものだったというわけだ」


「ってことは初めに出会ったアンノウン……『真のアンノウン』は錯羅回廊の適性がある人ってことになるわね」


「え、役員の他にも適性を持ってる人が居るんですか?」


 サクラの素朴な問いにキリエはゆっくりと頷いた。

 あとでココが補足してくれたのだが、ポケットを作ってしまう・落ちてしまう者は例外なく適性持ちだそうだ。


「ああ。ただうちの生徒は数が多いからね……。探すのには時間を要するだろう」 


「あ、あたしも探します!」


「いや、あんた学内戦中でしょうよ。調べるのはカナたちがやるわ」


「ううっ……それはそうですけど……」


 確かにそちらも大事だ。

 人手になりたかったので残念ではあるが、ハルのこともある。


「……はい。そう言えば皆さんは学内戦しないんですか?」


 そう言うと、キリエたちは顔を見合わせて苦笑した。


「私たちが出ると、その……」


「絶対勝っちゃうからレートのバランスが崩れるのよ」


「まあ銀鏡たち全員Aランだから出る必要もないんだけどねー」


「アリスはたまには試合出なさいよ」


 とのこと。

 改めて雲の上の人たちなんだな……と差を実感してしまうのだった。



 * * *



 頭上に『WIN』のホログラムが出現する。

 もう何試合目だろう――サクラは学内戦を勝ち続けていた。

 危ない試合はいくつかあったものの、どれもアーマーを貫通して負傷を負わせるほどの展開にはならず、順調そのものだった。


「ふう……今日も勝てた」


 戦闘フィールドから転送され、ロビーに戻ってくる。

 今のところ上手くいっている。

 これならハルも自分のことを見直してくれるかもしれない……と少しにやにやしてしまう。

 自分でも不純だとは思うが、これまで頑張って来た成果が出るのは嬉しいのだ。

 

「……なにをニヤついてますの」


「あっ、アンジュちゃん。な、なんでもないですよ~」


「今日も勝ったみたいですわね」 


 そう言ったアンジュはロビーの中央に吊り下げられた巨大な電光掲示板を見上げる。

 そこには今日行われた学内戦の結果が表示されており、サクラの名前の横には白星が刻まれていた。

 そして、アンジュのところにも同じように。


「アンジュちゃんも勝ち続けてるんですね。相手は二年生なのに……やっぱりすごいです!」


「それはあなたもでしょう。お互いに生意気な後輩ですわ」


 そんな言葉を交わして笑い合うと、しばしの沈黙が流れた。

 サクラはアンジュの気持ちを知っている。

 だけどこのぶんならこれまでのように接することができるかもしれない。

 そう思っていた。


「――――この調子だと、きっと近いうちにわたくしたちが当たりますわね」


「そう、ですね」


 アンジュの纏う空気が変わる。

 いや、サクラが気づかなかっただけで最初から彼女はそのつもりだった。

 ただの世間話ではなく――”二人”の話をしようとしていた。


「もし……もしですわ。次のあなたとの試合にわたくしが勝ったなら、その時は…………」


「え?」


 アンジュがサクラのほうへ向き直る。

 その頬は確かに赤く染まっていて――しかし瞳だけはまっすぐ逸らさずサクラを見ていた。


「わたくしとお付き合いしてくださいませ」


「あ、え」


 サクラの脳裏に以前メイドと交わした会話がよぎる。


『あとお嬢様についてですが……これは心配ありません』


『どうしてですか?』


『学内戦が始まれば、おそらく向こうからアプローチをかけてくるでしょうから。その時に天澄さまの気持ちをストレートに伝えてあげれば終わる話です』


 言えない。

 アンジュはストレートに想いを伝えてきた。

 そんな彼女に本当の気持ちを打ち明ければ――ただ腰を折っただけで終わってしまう。

 

 サクラにはそれが正しいこととは思えない。

 メイドの言うようにはっきりと言ってしまうべきなのではないか……と頭を悩ませていると。


「あなたに想い人がいることくらいわかっています」


「え、うそっ」


「わかりますわよ。ずっと見ていましたし……これでもクラスメイトなのですから」


「う……ぐ……」


 今度はこちらが赤面してしまう。

 しかし、それがわかっていてアンジュはその申し出をして来たのか。


「わかっていますわよ、ただの横恋慕なのは。だからこうして試合に条件を付けるような小ズルい真似をしているのです。……わたくしはそれだけあなたが……」 


 ……なんでもないですわ、とアンジュはそこで話を切ってサクラに背を向けた。

 ふわふわした赤毛だけが見えて、その表情はうかがい知れなくなる。


「……別に無理に飲めとは言いません。どちらにせよ、わたくしは全力で臨むだけですから」


 そう言い残して、アンジュは去っていく。

 サクラは圧倒されてしまった、そこから一言も口にできなかった。

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