176.天使討伐


 第四層の浮島をどんどん渡っていくと、気づけばかなりの高度に達している。

 無数の浮島は同じ高度にあるわけではなく、立体的に配置されているのだ。

 その頂上に存在する浮島には、巨大な神殿が鎮座している。


「ここが第五層への入り口なんですか?」


「そう。アクセスが悪すぎるのよね……カナちゃんならこの翼で飛べるからある程度楽に来られるんだけど」 


 確かに、と島の外を眺めると入り口の島は遥か下方に見える。

 ここまで来るのにはがっつり登山をするくらいの心構えが必要だろう。

 例えクオリアによって人の域を越えた動きができると言えども、だ。


 実際サクラはここにくるまで纏雷と磁力をフル活用せねばならなかったし、途中でコントロールを誤れば底の無い空中へ真っ逆さまに落下していたことを考えるとぞっとする。


「あんたは五層に行ったことがあるのよね?」


「ええ、まあ」


 曖昧に頷くサクラ。

 学園都市に来た日の夜、偶然ここに迷い込んだのが約半年前。

 未だに記憶が鮮明だ。それくらいの出来事だった。


 あの現象は一体なんだったのだろう。

 錯羅回廊にある程度慣れた今になってもよくわからない。


「ちょっとサクラ。聞いてる?」


「えっ、あ……なんでしたっけ」


「もう、しっかりしなさいよ。疲れてるならちょっと休憩する?」


「い、いえいえ! 大丈夫です」


 そう、とカナはスマホを取り出してスケジュールを確認する。

 小さな手では使いづらそうだな、と益体も無いことを考えていると下から睨み付けられた。

 

「……と・に・か・く! 今からカナたちは五層に行く。ただその前に障害があるの」


「障害、ですか?」


 首をかしげるサクラ。

 カナは神殿のドアに近づくと、両開きの扉を軽々開いた。

 

「広……い?」


 全体的に白と金。

 内部はだだっ広いホールになっていて、いくつもの柱が林立していた。

 どちらかというと教会や聖堂のような雰囲気だ。

 均整の取れた内装だが、壁面や天井などが時折陽炎のように歪むのが錯羅回廊ならではの光景だった。


 だが重要なのは内装ではない。

 その奥。モンスターがいる。


「あれは……天使?」


「あいつが五層への入り口を守ってる。倒しても数十日かすると復活する面倒な奴よ。今日は後々に五層の調査をする際に邪魔だからあらかじめ駆除することになったってわけ」


 天使は、白いマネキンのような身体をしていた。

 頭部はあるが顔は無い。その代わりに十字のような文様が描かれている。

 背中からはやはり純白の翼が生えているが、鳥のような羽根ではなく硬質な人工物じみた質感だ。

 そして右手には長い槍が握られていて――体育座りのような姿勢でうずくまっている。


「……今のうちに仕掛けますか?」


 潜めた声で問うと、カナは首を横に振った。

 

「意味ないわ。この神殿に入った時点で気づかれてるもの――――ほら」


 指差した先、天使がその身体をぴくりと震わせた。

 途端、咆哮が上がる。

 びりびりと鼓膜を揺るがし、方向感覚が狂うほどの音。


 あえなく怯んだサクラだったが、本当にいつの間にか、その鼻先に槍の穂先が迫っている。

 

「…………っ!?」


 ガギ、と鈍い音。

 見ればサクラの頭部を貫通しようとしていた槍は無数の羽根で形成された壁に阻まれている。

 遅れて冷や汗が噴き出す。アーマーがあるとは言え、直撃していたら消えない傷が刻まれていただろう。


 投げられたらしい槍はひとりでに蠢くと、羽根から抜け出す。

 そのまま天使の手元に戻っていくのかと思えば当の天使の手のうちには新たな武器……斧が現れていた。

 槍はと言うと、手持無沙汰に空中に取り残されている。


「気を引き締めなさい。改めて言うけど、こいつは四層のボスとも言える相手よ」


 小さく頷くサクラへ一瞬視線を投げたカナが動く。

 黒い両翼を力強く広げ、そこから無数の羽根を天使へと飛ばした。


 広範囲を攻撃する弾幕はいくつもの支柱を削りながら突き進む。

 この密度だと回避は現実的ではない。

 対する天使はただ斧を大上段に振り上げ、そのまま床へと叩きつける。

 途端、爆風が巻き起こり、羽根の弾幕をまとめて吹き散らした。


「ちっ」 


 カナは思わず舌打ちをする。

 パワーも対応力も申し分ない。 

 崩すにはそれなりの突破力が必要だ。

 そう、例えば――天澄サクラのような。


「こっちです!」


 天使の頭上。

 全身から雷を迸らせたサクラがその右拳を握りしめている。

 羽根の弾幕と神殿の支柱に紛れて接近していたのだ。


「雷拳!」


 直上から振り下ろした拳が脳天を穿つ。

 硬い――が、手ごたえはあった。

 だが。


「サクラっ!」


 その呼び声に振り向こうとして、肩に熱した鉄を押し付けたような痛みが走る。

 ひとりでに飛来した槍が肩に直撃したのだ。アーマーこそ貫通していないものの、思わず歯を食いしばるほどの痛み。


(だめだ、こんなんじゃ…………)


 今傷つくわけにはいかない。

 ハルのためにも、強くあらねばならない。


 ――――……じゃあ見てるよ。ちゃんと見てるから……心配させないでね。


 傷つけば、保健委員のハルにはすぐバレる。

 試合でないと言っても怪我をしていては意味がない。

 だから、サクラは腹の底から力を振り絞る。


「あああああ…………っ!」


 アーマーに弾かれた槍が空中でぴたりと停止する。

 槍に磁力を発生させ、自身の手に吸い寄せて掴む。

 

「いっけえ!」


 振りかぶった槍を力の限り天使へ投げつける。

 まるで弾丸のように一直線に飛ぶ槍だったが、天使の眼前でまたもやぴたりと停止した。

 

(あの天使は自分の武器なら自由に動かせる……!)


 カナは唇を引き結ぶ。

 意表を突いた良い攻撃だ。しかし相手の武器を使っている限りは届かない――――


「まだです!」


 だが、サクラの攻撃は終わらない。

 再び槍と自身の間に磁力を発生させ、飛び蹴りの体勢。

 引き寄せる力によって一気に加速し、槍の尾を勢いよく蹴り抜いた。


「――――――――!?」


 槍に貫かれた天使の頭部が砕け散る。

 倒した、と気を抜く直前――天使は未だ動きを止めない。

 斧を真横に構え、飛び蹴りを終えたばかりのサクラの脇腹へと振るう。


 絶体絶命。

 おそらく今の状態であの攻撃を食らえばアーマーの上から致命傷を負う。

 しかしサクラの心中に焦りや恐怖は無い。


「あたしの先輩は、頼もしいんです」

 

 間一髪――斧の刃が羽根の壁で止められた。

 大ぶりな一撃だ。すぐに次の攻撃に移ることはできない。

 サクラはすぐさま五指の先から雷を迸らせた。


「雷爪!」


 がら空きになった天使の胴体へ、雷の爪が叩き込まれた。

 身体を深く引き裂かれた天使はガクガクと全身を震わせ、そのまま霧のように消え去った。


「あんた、ほんとに強くなったわね」


 先輩からの称賛に振り返ったサクラは嬉しそうにピースを決めるのだった。

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