第26話:魂の行方と龍の死

 深い森の中、深い毒沼に浸食された木々の合間を縫うように、アルピナとクオンは進む。警戒な足取りで進む彼らの間に会話はない。奇妙な緊張感が漂う二者間を瘴気がすり抜け、不要な警戒心を抱かせる。そんな居心地悪い空気を破る様に、クオンは言葉を発する。


「アルピナ。そろそろ、その殺気を抑えてくれ」


「ん? そうか」


 アルピナは徒に放出していた魔力を抑え込む。すると、瞬く間に二人の間に漂う異様な緊張感が鳴りを潜めて普段の関係性が帰還する。

 魔力に限らず神の子が持つ力をヒトの子は認識できない。代わりに、それを殺気や威圧感、恐怖として認識することができる。龍人は本来魔力を認識できるが、しかし彼女が発する桁違いの魔力は処理しきれず、代替的に恐怖と不安として認識されていた。その結果が先程の脱出劇であり、傍に並び立つクオンもまた平然を装っていたが、その精神衛生は決して良好とは言い切れない環境に置かれていたのだ。


「それにしても……やるなら事前に一言いってくれ。急に牢屋を消し飛ばして魔力を撒き散らされた側の気持ちも考えろ」


 クオンは数刻前を回顧する。寝起きと共に爆破され、隣で殺気を垂れ流す少女に促されるまま周囲を取り囲む警備兵の間をすり抜けた記憶が鮮明に思い起こされる。流石のクオンも、状況が読み込めないままに過ごしただけに不安と怒りが沸々と湧上してくる。


「あの程度の魔力、騒ぐほどのものではないだろう?」


「お前が知る時代と今の時代だと魔力に対する価値観が違うと思うんだが……」


 まあいい、と諦観を決めたクオンは笑う。それより、と話を転換するように異空収納から遺剣を抜き出して魔力を流し込む。


「この辺りはやけに聖獣が多いな」


「それだけ厳重に守らねばならない理由があるという事だろう。君は兎も角、ワタシを遠ざけねばならないからな。これでもまだ不足しているほどだ」


 事実、アルピナは赤子を捻る様に聖獣の魂を神界へ送っている。二人が通った道には聖獣の肉体でできた赤褐色の道が出来上がり、生臭い死が渦巻いていた。


「そういえば、天使は肉体も魂も神界に送っているが聖獣は魂だけなんだな」


「聖獣や魔物は天使や悪魔に成れなかった半端ものだからな。魂こそ我々にと同一だが、それ以外に価値はない。対して我々魂以外を含めて価値を見出される。その差だ」


 付言するなら、とアルピナは微笑を浮かべてクオンを見据える。余裕を浮かべる彼女の相好からは上位者としての優越感が滲出していた。


「ヒトの子は魂も肉体もそれほど価値はない。故に、神界へ送られることなく輪廻や転生に回される。君達の魂まで管理していては神界が飽和するからな」


「そういうものなのか」


 神界や魂といったものが果たしてどんなものか見たことがないクオンには、イマイチ想像しづらい内容。故に、早々に思考を放棄して眼前の聖獣たちに向き合う。そして、アルピナほどではないが比較的容易に聖獣たちを斬り伏せる。嘗てのラス・シャムラでの一件ではまるで歯が立たなかった時とは比較にならない成長にクオン自身驚愕せざるを得なかった。そして、これといった要因に思い至らないクオンは手に持つ遺剣をジッと見つめる。

 そんな彼の様子に微笑を浮かべたアルピナは、彼の疑問に決着をつける様に指摘する。


「なかなか様になってきたようだな、クオン」


「遺剣のおかげだ。俺の力ではない」


「それもあるだろう。しかし、遺剣の力を引き出しているのもまた君の力だ。契約時に譲渡したワタシの魔力に対する適性が高かったのだろう。今ではすっかり君の力として魂と統合している。本来魔力を行使する器官を持たないヒトの子でありながら、これほどまでに適応できたのは君だけだろう」


 尤も、とアルピナは心中で笑う。


 君だからこそ、と言った方が適切だろうか。何れにせよ今後が楽しみだ。


「そうか。だが、これでも天使を相手にするのは厳しいだろ?」


「そうだな。昨日会った天使程度なら何とかなるだろうが、寧ろあの程度の天使を探す方が難しい。シャルエルを始め、多くの天使は神龍大戦を生き残った精鋭。今の君ではかすり傷すら負わせられないだろう」


「まったく、ふざけた種族だ」


 ヒトの子の無力感に嘲笑するしかないクオンは吐き捨てる様に呟く。しかし、そんなクオンの消極的発言はアルピナによって否定される。


「立場故だ。しかし、最低レベルとはいえ天使とまともに戦えている現状を君は当然と思わない方がいい。本来、ヒトの子のレベルでは天使はおろか聖獣を相手にできるだけで御の字なのだからな」


 嘗て、神龍大戦が地界で繰り広げられていた当時もヒトの子は神の子に対して完全な無力だった。上位意志によって無残に故郷を焼き払われ戦火の流れ弾で一族郎党洗い流される当時と比較すれば、現状の惨劇は平和と片付けられてなんら文句は言えない。しかし、それはあくまで過去の話であり、今を生きるクオンには何の慰めにもならない。当然、アルピナもまたそれを理解できないほど愚昧ではない。その為、クオンに過去の歴史を払拭させようとは微塵も思っていなかった。


「そうだといいがな。ところで話が変わるが——」


 クオンはフゥ、と一息入れて話を転換させる。それは予てより彼女に聞こうと思っていた事であり、できればナナやアルフレッドの前でしたかった話だった。


「ジルニアとかいう龍について教えてくれないか?」


「ジルニア? 急にどうした?」


「普段のお前の性格を考えたら、あれだけ感情を露わにするのも珍しいからな。お前とジルニアとの間に一体何があった?」


 クオンの問いに、アルピナは暫く無言を貫く。それはその質問が彼女の逆鱗に触れた為なのか、或いは単に彼女が返答に言い淀んでいるのか。クオンにはそれが判別できなかった。その為、彼女が至高を纏めて発現するその時を只管に待つことしかできなかった。そして、考えが漸く纏まったのかまるで独り言のように緩徐な口調で呟く。


「いつか語ったと思うが、ワタシとジルニアは以前より戦い続けていた。それが、ワタシが地界を去る10,000年前まで。その時点でジルニアに子はいなかった。それは龍人を当然とし、龍としても同様だった」


「ならば、それ以降で子を生した可能性があるんじゃないのか?」


 至極真っ当な疑問をクオンは投げる。それに対し、アルピナは微笑を浮かべて反駁する。その相好は哀愁に包まれ、彼女の傲岸不遜な性格とはかけ離れた寒色に染まる。


「不可能だ。10,000年前、ジルニアはワタシが殺したからな」


 クオンの心中が騒然とした感情に包まれる。かつての朋友を殺した、とハッキリした口調で宣言するアルピナの相好は嘘をついているそれではなかった。しかし、仮にそれが事実だとした場合は矛盾が生じることになる。彼女の言では龍人は存在せず、現実では龍人が存在するという大きな矛盾が……。


「お前が知らない所で子を生していた可能性や、そもそも祖となる龍が違う場合は?」


 矛盾点を指摘するように、クオンはアルピナに尋ねる。


「いや、ワタシが地界にいる間にそんな兆候はみられなかった。何より、ワタシがすぐそばにいてそのようなマネをさせる訳がないだろう? 付言して、あの三者の祖は間違いなくジルニアだ。魔眼で魂を覗いたがジルニアの血を受け継ついでいたのは確実だ」


 だからこそ、とアルピナは拳を握り締める。青い瞳が揺らめき、焔となって彼女の覚悟と怒りを表現する。


「何者かが介入している可能性が高い。一体何者かは知らないが、ワタシの朋友を冒涜するというのであれば、断じてそれを許すわけにはいかない」

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