第18話:判決

 床が見えなくなるほど集った龍人たちは、誰もが警戒心をむき出しにして構える。ある者は爪を、ある者は牙を、ある者は武器を手にしてアルピナを睥睨する。


「ほう、面白い。この状況でまだワタシに抗うか?」


「たとえ我々が誤っていようとも、悪魔を前にしてただ座すことはできないのだ。大人しく捕まってもらおう」


「殺すではなく捕らえるか?」


「神の子を殺せないのは承知。ならば即刻追放としたいところだが、かといってこのまま野放しにするわけにもいかぬ。何より息子の安否もある。よって事が終結するまで身柄は拘束させてもらう」


 なるほど、とアルピナは振り返るとクオンを見据える。微笑を浮かべる彼女の目には好奇心が滲み、年頃の可憐な相好を撒き散らしていた。


「君は随分と大人しいな。これは君にも多少は関係があることだろう?」


「そうだな。だが、アルピナもいるんだ。契約がある以上、これに勝る安心はないだろ? それとも、お前を信じない方がよかったか?」


 まったく、とアルピナは苦笑を浮かべる。しかし、その裏には喜びが満ち溢れており、その時だけは悪魔ではなく一人の少女として存在していた。


「君にはつくづく感動させられる。これもワタシと君の仲か、或いは10,000年の時が齎した運命か? いずれにせよ、最高の結果が舞い込んでいる事に相違はないようだ」


「一体何の話だ?」


 10,000年も昔の話が俺に関係するのか? ……後で聞いてみるか。


 脳内に疑問符を浮かべつつ、クオンはアルピナの言葉に疑念を抱く。しかし、出もしない答えを探して頭を悩ませることは底なし沼の中で藻掻く様なもの。決して何の得にもならないとしているクオンは思考を一時的に放棄する。

 さて、とアルピナは改めてアルフレッドに向き合う。腰に手を当てるとフワリとスカートの裾が艶やかしく揺れる。蝋燭の光に照らされた雪色の御御足が雪解け色に輝く。肩程に伸びる濡鴉色の髪に差し色として混ざる深い青は彼女の心のように静かに波打ち、年頃の人間としては格別な美少女としての佇まいを殊更に強調する。


「ワタシ達を拘束するのだろう? 逃げもしない、抵抗もしない。好きにすればいい」


言外に冷酷な圧と格の違いを含み、上位者としての立場を遺憾なく見せつけるアルピナは龍人たちを睥睨する。クオンもまたアルピナに倣って平静を保って彼女の横に立つ。出来れば大事にはしたくなかったな、とあり得ない未来を高望みしつつ、チラリとナナを一瞥する。


「アルピナ様……クオン様……」


 口を手で覆い、消え入るようなか細い声でナナは二人の名を呟く。それは不安か、或いは事を荒立てたことに対する絶望か。出来れば前者であってほしいな、とクオンは願う。


「二人を捕らえ、牢に入れておけ!」


 そして、二人は再び龍人に拘束される。そして、彼らに導かれるまま屋敷の外まで連れ出される。広間にいた龍人たちも挙って解散し、そこにはアルフレッドとナナだけが残された。


「お父様、これはどういうことですか⁉」


 ナナは憤慨してアルフレッドに詰め寄る。その顔は可憐な外見にそぐわないほど凶悪で、流石龍の血を引いているだけのことはある。しかし、ナナが龍人であるように、その父親たるアルフレッドもまた龍人。その凄みは大した効力足りえずアルフレッドはため息を吐く。


「ナナよ。何故それほどまでにあの悪魔に肩入れする。やはり洗脳されているのか?」


「違います! 何故それほどまでに洗脳という言葉にしがみつくのですか? その証拠があるのですか?」


「お前は悪魔の歴史を知らないからそうなるのだ。悪魔とは本来恐ろしいもの。契約と称して魂を弄ぶ稀代の殺人鬼だ」


 アルフレッドは立ち上がる。そして、背中越しにナナを諫めるように言葉をかける。


「今日はもう休みなさい。レイスに関しては種族総出で救出して見せる」


 アルフレッドは部屋を後にする。そこにはナナが一人取り残され、絶望と失望に打ちひしがれていた。自身を助けてくれた恩人に対する仕打ちとしてはこれ以上ないほどの悪手を重ねてしまったという事実は、これから起こるかもしれない報復を憂い、悲しみと恐怖が湧き上がってくる。


 私がどうにかしないと……。


 ナナは立ち上がる。悩んでいる暇も悔いている暇も打ちひしがれている暇もない。彼女はアルピナとクオンに会うべく行動を開始した。



 カルス・アムラの町はずれ、切り立った岩壁の上に設けられた石造りの堅牢な建物は、犯罪者の為の牢屋。数が少ない上に集団としての結びつきが強い龍人同士ではそれほど犯罪行為が起こらない為に形骸化して久しいそれが、久し振りの出番に際して胸を高鳴らせていた。宵闇の中に薄ら浮かぶそれは見る人の恐怖心を掻き立て、驚ろ驚ろしい雰囲気は近寄りがたさを増長する。

 そんな牢獄の中に、クオンとアルピナは閉じ込められる。身体拘束こそ解かれたものの、しかしこの堅牢な構造は容易に砕けそうにないだろう。それでもそれはあくまでもヒトの子レベルの話であって、神の子であるアルピナやその力の一端を授かり受けたクオンにはそれほど脅威足りえない。それでも彼女らがここに連れてこられたのは、ここがカルス・アムラの中で最も厳重な場所であり、彼女らが抵抗しないと宣言した為である。


「……それで、どうするつもりだ?」


「何がだ?」


 あっけらかんとした口調で笑うアルピナはどれほど能天気なのか。或いはすべての事象を楽しみとして捉えられるだけの胆力が備わっているのか。どちらにせよ、面倒ごとであることを十二分に理解しているクオンは溜息を吐いて壁にもたれて腕を組む。


「これからの事だ。どうせお前の力があればここは抜け出せるだろうし、ナナの兄を助けるのに支障はないだろう。だが、その後はどうする? 悪魔と龍人の関係が最悪のまま終わりかねないがそれでもいいのか?」


 ナナを助けた時は一転して誘拐犯呼ばわりされて幽閉された。ここで仮にレイスを助けたところでその考えが反転する可能性は無しに等しいことは誰でもわかる。寧ろ、勝手に牢を出たことに対する心証低下の方が危惧すべきこと。悪魔と龍の間柄、人間と龍人の間柄の双方に悪影響を及ぼしかねないそれは、無視できかねる事象だった。


「どれだけ理論立てて説明しようとも、あの領袖の様に結論が先にある相手には何を言っても徒労に終わるだけだ。それに、ワタシ達二人がどれだけ不義理を働いたところでヒトの子の社会構造に影響を与えることはない。そもそも、悪魔自体が今の地界において不確かな存在。どれだけ騒ごうが彼らは私の存在を公にはできないだろう?」


 それに、とアルピナは付言する。腕を組んで壁にもたれ掛かり、天井近くに備えられた窓格子から月輪を見上げる。その様は一種の芸術作品の様に幻想的で、絵画の一つとして展示されていても何ら不思議ではない趣に溢れていた。


「龍は全滅したわけではない。龍脈に浮かぶ龍の都へ行けばまだ万単位で棲息しているだろうが、彼らは龍人の存在を知らない。知っていれば龍人などと言う存在を放置しているわけがないからな。故に、ワタシ達悪魔と龍人との間の関係がどれだけ悪化しようとも龍と悪魔の関係には傷ひとつ入らない」


「そういうものなのか? まあ、お前がそういうならそうなんだろうし、無理に否定はしないけど……」


 それで、とクオンは大きな欠伸を零す。思えば昨日は故郷での一件もありあまり眠れず、今日一日は激動の時間を過ごしてきた。それこそ、生まれて此の方これ以上ないほど動いた気にもなっていた。ともなれば、彼の理性を強い睡魔が襲っても何ら不思議ではない。彼はその場にしゃがみ込むと、アルピナを薄ら目で見上げる。


「いつ出発するんだ? 今すぐにでも逃げるか?」


「フッ、眠そうだなクオン。そうだな……幾ら余裕があるとはいえ、あまりあのレイスという龍人を放置するのはよくないだろう。しかしワタシは兎も角、君は体力が限界だ。今夜は此処で休み、明日の夜明けに合わせて出るとしよう」


 ヒトの子は不便だな、と嘲笑するアルピナに対してクオンもまた眠たげに笑い返す。行間に含まれるのは余裕気な顔で見下ろす彼女に対する苛立ちか、或いは種族の違いに対する羨望か。

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