第17話:アルフレッド
「アルピナ、そしてクオン・アルフェインだったか。汝らは何故この地に踏み込む?」
重く響く声で二人に声を掛けたのはカルス・アムラを統治し龍人達を取り纏める龍王、アルフレッド。豊満な白髭を蓄え、狐のように細い目からは穏やかさと年季の入った好好爺のような印象が差し込まれる。
「君達には知る必要もない用事だ。その龍人を助けたのは単なる事の成り行きとクオンの自由意志に過ぎない」
「ふむ。そう見せかけて我が子を攫おうと目論んでいるのではないか? 現に我が息子レイスはこの場に帰ってこず、ナナだけが帰ってきた。その目的は何処にある?」
一方的な勝手都合を押し付けているような印象を受けたクオンは、少々苛立った口調が混ざりつつも、それでも平静を取り繕ってアルフレッドの言葉を否定する。
「僭越ながら申し上げますが、貴殿の御子息を誘拐したのは我々ではなく聖獣と呼ばれるもの、人間社会や龍人社会では魔獣と呼ばれている存在です。ご息女からも事の顛末はお伺いされてませんか?」
至極丁寧な——王族級と接した経験がないため、これでよいのかはクオンも自信はないが——言葉を選んで言葉を紡ぐ。その間も相変わらずアルピナは普段の態度を崩していないが、これが悪印象を与えないことを祈りつつ、クオンは龍王の返答を待つ。
そして、先に口を開いたのは龍王ではなくその横に座るナナだった。彼女は父の腕を掴み、年頃の声を荒らげて父を説得せんとばかりに口を開く。
「お父様! あの者が申していることは全て事実です。それは先ほどもお伝えした通りです!」
アルフレッドは必死に懇願する娘を一瞥すると、憐れむ様な目を一瞬覗かせる。そして、再びクオンとアルピナに向き直ると徐に口を開く。
「……どうやら私の娘は洗脳されている様だ。ああ、なんと卑劣な行いか」
ほとほと失望したとばかりにアルピナの目には怒りの感情が燃え上がる。果たして本当にジルニアの血を引いているのかと訝しがり、可能ならそれがウソであってほしいとすら思う。それが事実であるよりも、皇龍の血を僭称していた方が彼の尊厳を守るためにつながるのではないだろうか、とすら思っていた。
しかし、それでもクオンの忠告を守りつつ、アルピナは徐に言葉を紡ぐ。
「その方がまだ幾分かはマシだっただろう。可能なら君のような卑劣漢が龍の血を引いていることを知らずに過ごしたかったからな」
アルピナの言葉に龍王は眉を吊り上げる。顔が赤く燃え滾り、彼の心が怒りに囚われているのは明確。そしてそれは彼だけでなく、この場に居合わせるナナ以外の龍人の相違でもあった。部屋の随所がどよめきと騒然に包まれる。
「貴様、我等龍人を侮辱するか!」
「侮辱ではなく名誉棄損の方が適切だろう。ワタシのよく知る龍達は君のように己の勝手解釈で事実を無視する様な
ましてや、とアルピナは付言する。その言葉の節々からはクオンがこれまで感取したことがない圧気が溢出する。それを見てクオンはやはり制御は不可能だな、と再認識したうえでアルピナの言葉を黙って聞くことに徹する。
「そこの龍人の話では龍王を僭称しているようだな。まったく、ふざけたことをする」
「ふざけただと? 我等一族は特別な血筋だ。龍王と名乗ることに何の文句がある?」
「特別な血筋だと? やはり君達の祖は……」
「ほう、知っているのか? 或いはナナにでも聞いたか? そうだ。我等の祖は皇龍ジルニア様にてあらせられる。それこそ、我等一族が特別な——ッ⁉」
鼻を高くして自慢げに唱えるアルフレッド。その態度は文字通り傲慢を貼り付けた様で、クオンには不快感以外の感情が湧き上がらなかった。
そして何より、それはアルピナの逆鱗に触れる一言だった。クオンですら視認できない速度で飛び出したアルピナはアルフレッドの胸倉を掴み上げると後方の壁に叩きつける。そして片足でその壁を蹴りつけると彼の喉元で凄む。両者の体格差はクオンとアルピナの間にあるそれ以上で、しかしそれを感じさせない迫力は龍王をして瞬き一つできない。
アルピナの猫のように大きな瞳は鋭く吊り上がり、大海のような青い瞳は金色の魔眼に燃え上がる。そして、その勢いを一切押し殺すことなく彼女は怒号を張り上げる。
「ふざけるなッ! 貴様如きに我が友の血を名乗らせてたまるか! そもそも龍人という存在自体許してはならないもの。しかし、貴様の娘の顔に免じて種族の存続自体は認めてやろう。それでも、貴様だけは別だ。輪廻も転生もさせない。生かしも殺しもしない。貴様の魂は永劫の果てまで苦痛と絶望に苛まれてもらう」
怒りの感情に囚われたように、アルピナは魔力を垂れ流す。それは室内どころか町の中にいるすべての龍人を震え上がらせ、同じ魔力を持つクオンですら怯むほど。当然、それを間近で直接浴びせられるアルフレッドの精神は正常とは言い難く、彼の龍人としての自負や矜持をかなぐり捨てた生存の叫声が室内に響き渡る。
「お前等、この者を取り押さえろ!」
しかし、どれだけ叫声をあげて命令を下そうとも誰も動かない。いや、動けなかった。そもそも神の子の相性上、悪魔は龍に対して優位に立つ。それが龍の下位互換的存在である龍人が相手ともなればその脅威は格別である。悪魔の中でもとりわけ上位に存在するアルピナの魔力を集中的に浴びせられて気絶しないアルフレッドのほうが凄いまである。
そんな折、何とか声を張り上げたのは他でもないクオンだった。
「その辺にしておけ、アルピナ」
「こいつを許せ、ということか? たとえ君の言葉だとしてもそれは受け入れられない願いだ」
「俺はお前とジルニアという龍との関係を知らない。だが、ナナから父親を奪う様なマネは止めろ。俺と同じ境遇を増やすつもりか?」
クオンの言葉を聞いてアルピナは暫くの間無言で固まる。そして、憎悪と怒りが込められた舌打ちを吐き捨てると、アルフレッドの身体をボロ雑巾のように投げ捨てる。
「……命拾いしたな、龍人の長。しかし、二度はない。ジルニアの血を引いているのであればそれに相応しい言動を心掛けろ」
アルピナはクオンの傍に戻りつつ吐き捨てる。一体彼女とジルニアとの間にどれほどの友情が紡がれてきたのか。神の子という長寿な種族であることだけでは到底説明できない何かがあったのだろう、と窺い知る事しか出来ない。
アルフレッドは徐に体を起こすと、喉元をさすりながら呟く。
「この感覚……やはり悪魔か⁉」
ほう、とアルピナはアルフレッドを振り返ると、瞠目して見据える。
「よくワタシが悪魔だと分かったな。或いは偶然か?」
「我々龍人は人間と異なり魔力を認識できる。お主から発せられる膨大な魔力。間違えるはずがない」
なるほど、とアルピナは感心する。魔力とは悪魔が生まれ持った力であり、悪魔を悪魔足らしめる唯一無二の要素。これなしには悪魔としての存在は保持できず、魔物以下の存在に慣れ果てるとされるほどの重要な要素である。
しかし、こうした魔力や天使が持つ聖力、そして龍が持つ龍脈は神の子のみ知覚できる。ヒトの子はそれに影響されることはあっても、認識することは不可能なのだ。それは訓練や努力で決して補える代物ではない。神の子が生まれながらに保有する生物学的機能がヒトの子には欠落している事に起因するものであるためだ。
「魔力を認識できる君達は、神の子の力の一端を引き継いでいることの何よりもの証拠であり、数少ない存在意義でもあるというわけか」
しかし、と彼女は反駁する。怒りの感情を抑え込んだ彼女の瞳は普段と変わらず、魔眼も閉じられて青い瞳が輝いていた。
「龍とヒトの子との混血というのはあってはならない存在だ。犬と蜥蜴が交配できないのと同じく、龍とヒトの子との間に子を生すことは不可能だ。仮に天使や悪魔なら人間と子を生すことは可能だが、それも我々の掟で禁止されていること。神の子は神の子と、ヒトの子はヒトの子と種を繋ぐことが定められている」
さて、とアルピナはクオンの傍に立つと室内をグルリと一瞥する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます