第16話:龍王

 それから数分後、クオンとアルピナは身柄を拘束されたまま町の最北端に建つ屋敷まで連行される。その屋敷は町に建つどの建物よりも一層大きく、一際豪勢。王都に建つ人間貴族の邸宅と遜色ないそれは、まさしく富と権力の象徴。カルス・アムラの長が座す場だった。


「これよりお前達は龍王様に御目通りする。決して礼を欠いてはならぬ。よいな?」


 アルピナを連行する龍人、バレンシアが凄む。流石龍人と言うだけあってなかなかの迫力だな、と内心で感心するクオンだが、しかしアルピナという理不尽を常に浴び続けているおかげもあり、さほどの脅威足りえない。そのアルピナ本人も、やはり神の子とヒトの子という隔絶された立場のおかげか同様の気持ちを持っていた。


「リュウオウだと?」


「我等龍人の長にして皇龍様の血と意思を継がれたお方だ」


 バレンシアは自身の長を崇めるような恭しい態度でアルピナに教え諭す。しかし、そんな彼の目に彼女は映っていない。“リュウオウ”という単語を聞いた時の彼女の相好は言葉では言い表せないほど複雑に入り混じっていた。怒りか失望か。事の真意を知らないクオンには同定できなかったが、それでもわかるのは彼女にとってあまり喜ばしいことではないということ。大事に至らない事を心中で祈りつつ、固唾を飲んで事の成り行きを見守る。


「龍王とは各世界に一柱ずつ存在する龍の長を指す。君達のようなヒトの子とも神の子とも知れない半端な存在には過ぎた称号だ。今この場においては見逃してやるが、今後は発言に気を付けろ」


「貴様、龍王様を愚弄するか!」


 まったく……騒ぎになる様なマネはするなってナナに言われただろうが。


 溜息を零したくなる気持ちをどうにか堪えたクオンは心中で悪態をつく。同行者として直截言って止めるべきだろうが、しかし安易な発言で場を余計にかき乱すよりは事の成り行きに身を委ねるべきだろう、とクオンは判断する。龍と悪魔の歴史に明るいとは言えず、憶測で語って彼女の機嫌を損ねるのは何よりも危険だった。


「愚弄? それはこちらの台詞だ。歪曲した龍の歴史を信奉し、己の勝手解釈を振りかざすその態度こそ愚弄というのではないのか?」


「何ッ⁉」


 青筋を立てて憤怒の情に囚われるバレンシア達。感情は時として人の行動力を刺激するが、程度が過ぎれば己を見失う。バレンシアは今にもアルピナに掴みかかりそうなほどの威勢で歯をむき出しにする。しかしアルピナはそんな彼らの態度を嘲笑する様な涼やかな目で見据え、神の子とヒトの子という格の違いを存分に見せつける。

 果たしてどちらに主導権があるのかを見失いかねないそれは、会話が耳に届く無垢の町民をして恐怖に包まれる。最早手遅れだな、とクオンは諦観し、半ば投げやりに近い態度で屋敷の門戸を潜る。

 屋敷の中は外観に負けず劣らずの豪華な装飾が施されていた。龍人が継承し続けている彼ら固有の文化文明が産み出す種々の飾りは人間のそれにはない趣向を見せてくれる。一方がよく他方が悪いなどと優劣をつけることは決してできず、双方ともにその種族らしさが存分に醸し出されていた。

 アルピナはそんな内観を観賞しつつ、懐かしさを感じざるを得なかった。この世に生を受けてより幾星霜にも亘る時間を共にした龍の面影。彼ら龍が集う龍の都を思わせるそれは、やはり彼らが龍の血を引いている事の証左だろう。例え直接相まみえたことがなくとも、血と魂の中に刻み込まれた本能的価値観に起因する世界観は類似してしまうのだった。


『どうした、アルピナ?』


 クオンはアルピナに不可聴の声で問う。無意識に行ったそれは、彼の自発的な行動によるもの。僅か一度経験しただけで会得するその才能は手放しで称賛できるほど。アルピナはそんな彼の行動を称賛しつつ答える。


『この短時間で精神感応をものにしたか。……君には到底理解できないだろうが、装飾品から浮かぶ彼らの価値観を見るに、龍の血を引いているのは僭称でもなければ欺瞞でもないらしい。或いは何者かに魂を改竄された可能性も疑ったが、これほどまで徹底されていればその可能性は否定してもいいだろう』


『そんなに似てるのか?』


『ああ、懐かしい。いつの日か龍の都へ赴く機会があれば君もそう思うだろう』


 或いは、と彼女は心中で吐露する。その独り言ちはどこか悲しみを抱いているような色が混じっていたがクオンに聞こえることはない。


 そう遠くない未来、龍魂の欠片さえ集めきれたならばクオンがそれを知る日も近いだろうか。現状の彼の神の子に対する認識理解を思えばそれに賭けるしかないだろうがな。


 一人微笑を浮かべるアルピナの態度にクオンは脳内で疑問符を浮かべる。精神感応の外で広がる彼女の思考はどうなっているのだろうか、と彼なりに考察する。しかし、他者の心を把握することは不可能。或いは神の子なら可能なのかもしれないが、一介のヒトの子でしかないクオンには到底かなわない願いでしかないのだ。

 二人が心中で会話劇を繰り広げている間にも、バレンシア達は二人を連れ歩く。長い廊下を抜ける間にも多数の龍人たちがすれ違い、総じて二人に対して冷淡な目で一瞥する。或いは本能的な警戒心で見定めているのかもしれない。例え悪魔であることを伏せていてもアルピナの存在感はただ人畜無害な人間とは差異がある。それを真の神の子と見定めるか、あるいは単なる狂人として片付けるかによって彼らの精神衛生は大きく異なるのだ。

 そして、二人は広間に通される。高い天井からはシャンデリアが吊るされ、蝋燭には火が灯される。そこから齎される光はそれほど多くはないが、壁に掛けられた燭台が齎す光と相まって視覚機能に支障はない程度の明るさは確保されている。床一面には毛足の長い絨毯が敷かれ、どれだけ傲慢に歩いても足音は完全に掻き消される。

 入り口から部屋の中央まで伸びる通路は両脇に座す多数の龍人で構成される。それは花道と言うにはあまりにも残酷で、恐怖心と言う色で二人を迎え入れる用意が整えられていた。

 クオンとアルピナは部屋の中央に立つ。身体拘束こそ受けていないが、決して逃げてはならないという空気が張りつめ、二人を拘束する。尤も、逃げようと思えば逃げられないことはないだろうが。しかし、そんなことをすれば無駄なトラブルが増えるだけであり、ナナとの契約を遂行するためにも面倒ごとは手短に済ませてしまいたいというのがクオンの本音だった。


『あまり手荒なことはするなよ、アルピナ』


『君はワタシにどういう印象を抱いている? 龍人としての節度を守り、ワタシの友人を侮辱する様な愚行をしなければこちらから手を出すようなマネはしない』


 そして、二人は腰ほどの高さの衝立の先に備えられた高台に設置された豪華な椅子を仰ぎ見る。そこには年齢にそぐわない屈強な体格の龍人が座し、二人を冷静に見下ろす。そしてそのすぐ隣の椅子を見るとそこには二人も知る龍人が座る。


『あれはナナか?』


『ジルニアの立場は皇龍と呼ばれる特別なもの。その血を引いているというだけあって龍人の中でも立場は高いのだろう』


 嘗ての友を思い返しつつアルピナは笑い。蛇のような目で二人の龍人を睥睨した。そして、その瞳に触発されるように、上段に座す壮年の龍人は口を開いた。

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