第14話:シャルエル
アルピナを先頭とし、そのすぐ後をクオンとナナが付き従う。どこまでも同じような風景が続く森の中、かつ居場所を知っているのがアルピナしかいない以上、これが最適な移動だった。
一人で黙々と不安定な足場の上を飛び進むアルピナに置いて行かれないように、クオン達もまた同様に跳ねる様に進む。悪魔である上にそもそも空を飛んでいる為に地形の影響を受けないアルピナや、龍人としてヒトの子としては突出した身体機能を有するナナは別として、一介の人間でしかないクオンもまた同様について行けるのは本人視点でも特異なことだった。それについて本人は、アルピナから注がれた魔力のおかげだと解釈し、深い疑問は頭から捨て去った。
「それにしてもよく契約なんて結んだな」
「兄を助ける為ですので」
「確かにそうだが、しかしよく悪魔だなんて言う奴の言葉なんて信じたよ」
「人間社会では悪魔はいないのですか?」
キョトンとした顔でナナは首を傾げてクオンを見つめる。その純粋な瞳を一瞥したクオンは再び前を向き直り、のんびり飛行するアルピナを見据える。
「一応神話の生命としてなら登場するがな。実在すると思ってる奴なんて今は半々といったところだな」
「私たち龍人の社会において、悪魔に限らず天使や神もまた龍と同じく実在する存在として信じられています。悪魔との契約についても同様に伝えられているため、特に驚いたりする人はいないかと」
「まあ、龍が実在しないと龍人なんていないし、そう考えたら妥当な意見だな」
そもそも、人間社会における龍人の存在も半信半疑ではある。彼らの主張を汲み取ってその存在を認知こそしているがそれを信じるかどうかは各個人に委ねる、というのが国としての方針だ。その為、彼らを実際に龍の血を引く末裔だと崇める者もいれば、他人の信心には口出ししないと我関せずを決め込む者、盲信に人生を狂わされていると排他的になる者まで様々存在する。
クオンとしては、本当だったらいいな、程度の軽い気持ちでしか思っておらず特別彼らに対する狂信的な信仰心や敵愾心は持ち合わせていない。
「しかし、他の龍人から見れば私の行動はあまりいい目では見られないかと。龍人神話において悪魔は龍の天敵だとされていますので」
「そういえば天使は悪魔に強く、悪魔は龍に強く、龍は天使に強いってアルピナが言ってたな。恐らくそこから来てるんだろう」
「そのおかげもあり、私ではあの魔物達に手も足も出ず……」
俯いて顔を曇らせるナナだったが、クオンはその言葉を修正しつつ、微かな疑問を浮かべる。
「いや、アルピナが言うにはあいつらは魔物じゃなくて聖獣という天界の生き物らしい。そうなんだろ、アルピナ?」
少し声を張ってアルピナを呼ぶクオン。その言葉に応える様に彼女は後ろ向きに飛びつつ答える。
「ああ。しかし、勝てなくても無理はない。経験が少ないうえに龍人とはいえその血は限りなく人間に近い。一体何世代進んでいるのかは不明だがな」
「龍人の歴史は人間ほど長くありません。確か1,000年ほど前に最初の龍人が生まれたとされています」
「1,000年? 随分新しいな」
だとしたらジルニアの魂に似ているのは偶然か? そもそも1,000年前に龍が地界に降りていたら誰か人間が話題にしているはず。奇跡的に見られなかったと言うことか?
「ところで、その聖獣と言うのは何者ですか? 魔物や、同じく天界に暮らす天使とはまた異なるのでしょうか?」
「聖獣は天使の成り損ないであり、同じく悪魔の成り損ないである魔物とは対になる存在だ。本質は天使と同一だが、一部権能が天使に劣るか欠落している。例を挙げるならば、聖力を保有し聖法を練ることは両者ともに可能だが、死者の魂を神界に送り輪廻の理に導くことができるのは天使のみな点が大きく異なる」
へー、とクオンは素直に感心する。普通に、無垢の民草として生きていたら決して知ることもなければ使う事もない知識でしかないが、それを知ることは純粋に興味と関心を掻き立てるものだ。
「だが、何で聖獣ばかり地界にいるんだ?」
「本来、聖獣も魔物も地界へ降り立つ事は無い。各個の自由意志で神界乃至魔界から自由に出入りできる権能をあれらは持ち合わせていないからな。それに、あいつ等は知能が低すぎる。見境なくヒトの子を襲撃されては我々としても手に余る」
「あの機械馬はどうなんだ?」
「あれはワタシが呼んだからな。上位者の要請があった場合は一時的に界間を移動する権能が与えられる」
さて、とアルピナは地面に降りる。風が吹きあがり、コートとスカートの裾がフワリと舞う。
彼女の少し先にはナナによく似た少年が岩場に腰掛けている。
「あっ、お兄ちゃん!」
少年を視認したナナは一目散に駆け寄る。相好を崩し、瞳には微かに涙が浮かぶ。そんな二人の様子は、クオンにとって最上級の結果であり、自身が奪われた平和が訪れたことに対する安堵感に満ちていた。
しかし、感動の再会はそう簡単に訪れない。こういった場面には邪魔が入るものだと相場は決まっているのだ。
突如、天頂の日輪が陰る。しかし、それは雲ではなかった。二対四枚の翼を背負った天使が舞い降り、兄妹を分かつ。その佇まいはこれまで会った天使や聖獣とは比較にならない神々しさと神聖さに包まれ、一介のヒトの子では容易に近づけないほどのものだった。
その天使は地上に降り立つと無言でレイスを捕まえる。そして再び飛翔するとその場を去ろうとする。
「待てッ!」
クオンはアルピナが異空に収納していた遺剣を引きずり出すと大地を蹴る。その様子を見てアルピナは素直に感心する。
異空収納に干渉できたか。やはりと言うべきか或いは流石と言うべきか……アイツの成長には目を見張るものがあるな。
クオンはレイスを取り戻すべく天使を斬りつける。しかし、少し前に戦った天使とは勝手が異なった。クオンの攻撃に一切焦りも警戒も見せないその天使は、まるで埃を払うようにクオンに反撃する。クオンは身を翻してそれを躱すと、そのまま地上に降りる。天使は空中で制止すると眼下に立つ三人をジッと見据える。
「なんだ、戻ってきたというのは本当だったのか、アルピナ。探し物は見つかったのか?」
「久しぶりだな、シャルエル。暫く会わない間に、随分と偉くなったものだな」
「俺は昔からこうさ、忘れたか? それにしても、たかがヒトの子に与するとは、お前さんは随分と丸くなったな」
クククッ、と笑うシャルエルは大胆不敵な笑みでクオンとナナを睥睨する。アルピナの目を知っているクオンですら恐怖心を煽られる、天使特有の凄みが嫌というほど感じ取れる。
「ワタシは何も変わっていない。逆説的に君達天使の品が落ちただけだろう? 君と会う前にも何柱かの天使や聖獣を見てきたが、まだ生まれたばかりの頃の君の方が愛嬌があったな」
「フンッ、言ってろ」
ところで、とアルピナは腰に手を当てる。猫のように大きな青い瞳が金色に染まり、蛇のような眼光で見上げる。
「そいつをどうするつもりだ? そいつも“たかがヒトの子”でしかないが?」
「失敗の裏に成功は潜んでいるものさ」
翼をはためかせたシャルエルは高笑いしつつその場を去ろうとする。そんな彼の背中を無言で睥睨するアルピナは、右手をコートのポケットから抜き放つと指を銃にして彼に照準を合わせる。
〈魔弾射手〉
アルピナの指尖に彼女の魔力が集約される。殺意と嗜虐で構成された魔弾には雷が迸り、文字通り対象を焼き尽くさんばかりの熱が溢出する。
そして、彼女の指尖から放たれたそれは一直線に彼を捉えんと進む。まるで意思を持った生命体のように彼を追尾して進むそれは周囲の空気を焼き尽くしながら煌めき、傍に立つクオンはナナを守る様に身体を動かして防御姿勢を整える。
しかし、そんな一撃をシャルエルは涼しい顔で弾き飛ばす。飛ばされた魔弾は遠くの山に着弾し激しい爆発を引き起こす。遅れて到達した音と衝撃波はクオンとナナを吹き飛ばしかねないほど激しく、その光に照らされたアルピナの半身は凶悪に輝く。髪と服が激しく靡き、やがて収まる。
やがて衝撃が止み、体を起こしたクオンは爆発地点を見て絶句する。
「ウソだろ……」
そこにあったはずの山が跡形もなく消失し、焦土と化した大地が火煙に包まれていた。まさに天災と称すべきそれは、人間の常識を根底から覆しかねないほどのものだった。
チッ、抑え過ぎたか……。
「どうした、地界に絆されたか? 或いは腕が鈍ったか?」
シャルエルはレイスを連れ森の奥空へと飛び去って行った。その場にはクオンとナナ、そしてアルピナだけが残された。
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