第1章:Descendants of The Imperial Dragon
第7話:四騎士
【輝皇暦1657年6月某日プレラハル王国王都】
ラス・シャムラは滅んだ。その知らせは瞬く間に王国各地へと広まる。
初めはちょっとした風聞でしかなかった。例えラス・シャムラにいた人間が全滅していたとしても、その事実は不思議と周囲へと知れわたるものだ。人から人へ、直截なり文字情報なりを介してによって広まるそれは爆発的な感染症となって駆け巡る。とりわけラス・シャムラは平和を体現する町として栄えていただけにその衝撃は格別となった。近年増加傾向にあった魔獣の被害拡大がより深刻なものになった瞬間でもある。
王国の重鎮達も初めは独り歩きした噂だと断じてそれを信じようとはしなかった。過去数百年に亘って指折りの平和と治安の良さを主張してきた町が僅か一日で滅んだと聞いてそれを信じる方が難しい。しかし、時が経つにつれてそれは噂から確信へと変わる。情報や人々の交流が断絶し、それを基に調査団が派遣されることで判明したのは無残な姿の街並み。家屋は焼け崩れ、人とも魔獣とも区別がつかなくなったものが道に転がる。透き通る奇麗な街並みは褐血色に濡れ、かつての賑わいは見る影もない。かつてそれが平和の町だったとは到底信じられない。それほどの惨状だった。
「これは……」
プレラハル王国国王バルボット・デ・ラ・ラステリオンは報告書を読むなり独り言ちる。しかし、それに続く二の句が継げなかった。それほどまでに衝撃的な内容だった。
「お前達の意見を聞かせてくれ」
バルボットは、大きく息を吐きつつ席を同じにする四騎士に意見を仰ぐ。彼ら四人は、王国内で数少ない国王直属の麾下であり対魔獣の専門家として日々彼に助言を与えている。尤も、ここでいう騎士とは“国王に仕える者”という意味であり実際は武官のみならず文官も存在するが。
彼らは、国王から渡された羊皮紙を回し読みしつつ口々に意見を発する。
「これは……。やはり、近年問題視されている魔獣の活性化の影響でしょうか?」
そう話すのは四騎士筆頭グルーリアス・ツェーノン。先王の代より国王に仕え、その忠誠心は誰よりも高いと自負する。バルボットもまたそれを同様に思い、彼の存在は誰よりも大切にしている。
「しかし、魔獣は社会構造を持たないとされてます。何よりこれまでは襲い掛かる人達に対しての受動的な反撃でした。今回のような能動的襲撃は過去に例がありません」
王国兵士の中で数少ない女性であり白金の頭髪を伸ばすアエラ・キィスは返答する。それに対して、唸り声をあげつつ考察を深めるのは屈強な体格を誇る大男ガリアノット・マクスウェル。
「何か理由がある、と?」
「ええ。それこそ、何者かが裏で謀を巡らしている可能性もあるかと」
「まだまだ情報が少なすぎるな。件についてもだが、何より魔獣そのものについても……」
溜息を零しつつバルボットは水差しからゴブレットに水を灌ぐと、それを一気に飲み干す。近頃、問題が頻発している気がする。魔獣の件しかり、まだ表沙汰にはなっていないが各地で発生している異常気象についても同様だ。
プレラハル王国は王都を国土の中心に据え、そこから方角に従い八方に大きな町が発展する。その内、東西南北の四方向に位置する町を異常気象が襲っているという情報が数日前に入ってきたばかりだった。
「ところで、先ほどからジッと考え事をしている様だが天巫女として何かわかったのか? 確か調査団にも同行していたと思うが……」
バルボットはすぐわきに座る少女に話す。彼女の名はエフェメラ・イラーフ。天巫女とはこの国の国教に関わる要職に就く彼女に与えられた称号である。暁色と黄昏色が入り混じった髪は纏められ、猫のように大きな目が優しく垂れることで可憐さと儚さを演出する。外見上の齢は10代半ばといったところだが、孤児として生まれ育った彼女の正確な年齢はもはや誰も知らず、誰も気にしていなかった。
「そうですね。やはり気になる事とすれば死者の数でしょうか? 人間のではなく魔獣のですが」
「魔獣?」
「はい。ラス・シャムラは平和の町です。当然と言いますか、他の町より警備は手薄になっていたました。それは、亡くなられた兵士の数を見れば一目瞭然かと思われます。しかし、そうであるならば魔獣の死亡数が多すぎると思われませんか?」
事実、ラス・シャムラ事件における兵士の死者は確認できるだけで150名程度——民間人を含めると数千を数えるまでに増大する——であるのに対し、魔獣の死亡数は最低でも1000は超えているという。
「確かにそうだな。恐らく民間の討伐隊もいただろうが、それを含めても異常だ」
「魔獣側だけでなく、それと敵対する側にも裏で謀を企んでいる人たちがいるかもしれませんね」
「でも、なんのために?」
「さあ、何故でしょうか?」
四人は頭を悩ませるが、思い当たる手がかりも無ければ予想すら立たない。ただ徒に時間だけが過ぎ、わかりもしない答えを追い求める。
「一先ず、各町や村の警備を増強させよう。お前達はそれぞれ原因の探究と根本的な解決策と今後の予防策について調べてくれ」
四人はそれぞれ返事をすると、各々の仕事に取り掛かる。バルボットは彼らを見送ると椅子の背に身体を預けて天井を仰ぎ見る。立派で豪華な柱に支えられた天井には色鮮やかな絵が描かれて彼を見下ろす。それはかつてこの地で起きたとされる神話の大戦をモチーフに描かれたもので、無数の天使と悪魔が武器を向け合っている。
神様は実在するのだろうか? いるのなら我々に手を貸していただけないだろうか?
バルボットは心中で力なく呟くと、身体を起こして再び職務に取り掛かるのだった。
【輝皇暦1657年6月8日 プレラハル王国ラス・シャムラ近郊】
山峰の彼方まで続く青い空には一切の曇りなし。天頂からやや西に傾いた地点に灼熱の日輪が鎮座して、燦々と地上を照らしている。プレラハル平原を埋める草花および樹木は、その陽光を最大限浴びようと目一杯背を伸ばす。それは何処までも牧歌的でどこまでも平和ボケした穏やかな時の流れを体現していた。ラス・シャムラでの惨劇を語るものはそこにはない。血と肉片に塗れた瓦礫を思い起こすものはそこにはない。
そして、その平和に覆われた平原を一頭の馬が駆ける。背には一人の青年が跨り、そのすぐ頭上を少女が飛ぶ。ダ・ダーグと呼ばれるその馬は全身が機械で構成され、頭部には黄昏色の角が伸びる。平原を圧倒的速度でかけるそれはもはや人の世にあってよい存在ではなく、この平和な平原の直中において一際異質な存在として目立つ。
機械馬の背に跨る青年クオン・アルフェインは通常の馬を凌駕する速度に恐怖しつつも、どうにか背にしがみついて風を全身に浴びる。浴びる風に息苦しさを覚えつつ、どうにか彼は頭上を飛ぶ少女に問いかける。
「おい! 今は何処に向かってるんだ?」
風の音に掻き消されそうな声だったが、その声に気づいた少女は眼下を並走する馬にしがみつく声の主を見つめ返す。その彼女アルピナは自らを悪魔と称してクオンに契約を持ちかけたが、こうして平然と空を飛んでいることから見てもやはり本当に悪魔なのではないだろうか、と信じるに値する要素が湧き上がる。
彼女は、飛行によって生じる向かい風に髪と衣服を靡かせながら答える。
「君が暮らすマソムラはラス・シャムラの北東の森の傍だろう? そこへ向かう。今から君には契約に従いワタシの為に時間を捧げてもらう。しかし、それには危険が伴うのは確実だ。その前に一度家族に挨拶でも済ませておけ、面倒にならない為に」
「……随分と人間により沿った悪魔だな。そういうのはもっと強引に連れ出すものかと……」
「そうする悪魔も以前は多かったが、無駄なトラブルと不信感は契約数の減少につながるだろう? 契約はあくまでも享楽の一環で行っているだけで悪魔の種族義務ではないが、面倒ごとは避けるに越したことはない」
それに、とアルピナはダ・ダーグの前に躍り出る。飛びながらクオンと対面するとうしろ向きに飛びながら両手両足を組む。まるで安楽椅子に座ったかのような仰々しい態度で彼女は笑う。
「何も持たずに旅を出ても徒に死ぬだけだ。君は只のヒトの子なのだからな。せめて剣と金を持っておけ」
やっぱり人間臭いな、と心中で笑うクオンを余所に、アルピナは再び高く舞い上がると、頭上からクオンを見下ろすようにして飛ぶのだった。
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