第48話 二人は間に合わない
「俺には好きな人がいる。それは二人にはそれぞれ話をしたことがある」
「好きな人……」
りなのさんがそうつぶやくと、
「康夢先輩、それは誰なんですか。まさか糸池さん? そんなことはないですよね」
と、やいなさんが急き込んで言う。
「それはどういう意味? あなた、わたしには全く可能性がないって言うの?」
りなのさんは、少し腹を立てているようだ。
「だって、後輩のことを大事にしない人を好きになるわけないじゃないですか」
やいなさんがそう言うと、りなのさんは、
「わたし、康夢くんに告白されたことがあるんだから。あなたとは違うのよ」
と胸を張って言う。
「わたしだって、康夢先輩に告白されたことがあります。だから自慢にも何にもなりませんよ」
やいなさんも顔から湯気をたてる勢いで対抗する。
「あなた、それで康夢くんと付き合っていると言うの? 信じられないことだわ」
りなのさんがそう言うと、やいなさんは少し悲しそうな顔になる。
「残念ながら、付き合っていません」
「そう。ならいいんだけど」
ホッとした表情の、りなのさん。
「わたしは康夢先輩のことを振ってしまったんです。その時は好きな人がいたから。でもその後、やっぱり康夢先輩の方がいいと思ったんです。そういう糸池さんはどうなんですか? 告白されたのなら、付き合ったんですか? 今は付き合っていないようですけど」
りなのさんも少し悲しそうな表情になる。
「わたしも康夢くんのことを振ってしまったの。わたしもその時好きな人がいたの。でもその人とは合わなくて、別れたの。やっぱり康夢くんがいいと思って、恋人になろうとしているの」
「好きな人に振られたからと言って、自分が振った人を恋人にしたいなんて、結構自分勝手ですよね」
「あなただって同じじゃない」
「同じじゃないですよ。わたし、康夢先輩のこと好きですから」
「わたしだって、康夢くんのことが好き」
「それは振られたから康夢先輩を選んでいるだけだと思います。その内、また別の人を好きになって、その人を選んでいくタイプだと思っていますが」
「あなたこそそういうタイプでしょう」
「わたしは違います」
「違わないわ。あなたの方こそ、今は康夢くんのことがいいと思っているだけで、その内浮気をするタイプだわ」
「どうしてそういうことを言うんですか? わたしは康夢先輩のことが好きなのに」
「今は好きでも、別の人が現れたら、すぐその人に乗り換えてしまうと思うわ」
「そんなことはありません」
このままでは延々と続きそうなので、
「二人とも、そろそろ俺の話を聞いてくれ」
と言った。
「それで、誰が好きなの? わたしよね。今度こそわたしを好きになってくれるよね」
「わたしですよね。わたしを好きになってくれますよね」
二人とも今は俺のことを好きなのかもしれない。
恋人にしたいのかもしれない。
でも俺には恋乃ちゃんがいる。
「俺が好きな人、そして、恋をしている人。それは……」
二人とも俺が言うのを待っている。
「俺の隣にいる人」
「この人だっていうの? 信じられない」
「先輩はこの人が好きなんですか?」
二人はとても驚いた様子。
「そうだよ。俺の幼馴染で恋人の浜海恋乃ちゃん」
「浜海恋乃です。よろしくお願いします」
恋乃ちゃんは頭を下げた。
「康夢くんの隣にいたからクラスメイトだと思っていたけど、恋人だったなんて……」
「わたしもただのクラスメイトだと思っていました」
「俺と恋乃ちゃんは幼稚園からの付き合い。小学校三年生の頃まではよく遊んだものだ。初恋だったんだと思う。でも小学校四年生の時、違うクラスになってからは、少しすつ疎遠になっちゃって。俺が彼女のことを思い続けていればよかったんだろうけど……。彼女、中学校一年生から中学校三年生の二学期までの間は、両親の転勤で俺とは離れ離れになってしまったんだ。それでますます疎遠になってしまった。高校は一緒になったんだけど、疎遠の状態はずっと続いていて……。その間に俺は、冬沼さんと糸池さん、二人がそれぞれ好きになって告白をした。でも今思うと、なんで告白をしたんだと思う。結局、俺は振られて傷ついてしまった。その心の傷を癒してくれたのが恋乃ちゃん。それから俺達はどんどん親しくなって、恋人どうしになった。恋乃ちゃんと小学校の頃から恋人どうしになっていれば、こんな苦労をすることもなかったのに、と思う」
「康夢くん、浜海さんのこと今は好きかもしれない、でも魅力はわたしの方があるわ。わたしを選びなさい」
「わたしを選ぶべきだと思います。わたしの方が糸池さんよりも浜海さんよりも魅力があります」
「いや、二人はそう言うけど、恋乃ちゃんは、他の誰よりも魅力がある。俺は恋乃ちゃんが大好きだ」
「康夢ちゃん……」
顔を赤らめる恋乃ちゃん。かわいい。
「俺は恋乃ちゃんと恋人どうしになった。もう想うのは、恋乃ちゃんだけだ!」
俺は力強く言う。
「そんなこと、なんで言うの? わたしが康夢くんの恋人なのよ」
「わたしこそ康夢先輩の恋人なんです」
二人は懸命に言ってくる。
でも二人は俺を振った。
結局、二人にはその時の俺の苦しみは、理解できなかったようだ。
恋人になりたいと言ってきても、間に合わない。
「それじゃ俺は帰るから。行こう、恋乃ちゃん」
俺は恋乃ちゃんの手を握り、歩き出す。
「康夢くん、恋人になって! わたし、あきらめないから」
「康夢先輩、恋人になってください! 絶対あきらめません」
二人の声が聞こえる。涙声になってきているようだ。
でも俺には恋乃ちゃんがいてくれる。
もう他の女の子に興味を持つ必要はない。
俺達は、俺の家に向かって歩いて行った。
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