第46話 やいなさん対りなのさん
十二月。
もう少しで冬休みを迎えようとしている。
「恋乃ちゃん、帰ろう」
「ええ。今日も迎えに来てくれてありがとう」
俺は恋乃ちゃんを教室に迎えに行った。
お互い、部活動がない時はもう恒例となっている。
この恋乃ちゃんを迎えに行く時、心は高揚する。
どうして小学校の頃からこういうことが出来なかったのだろう、と思うが、それはもうしようがない。
今俺達は、その失われた時間を取り戻すべく、猛烈に親しくなっているところだ。
二人で校門へ向かって歩く。
微笑んでいる恋乃ちゃん。
「康夢ちゃんと一緒に帰れてうれしい」
その言葉を聞くだけでも、心は沸騰してくる。
恋人どうしになったからには、外で一緒にいる時はずっと手をつないでいたい気持ちだ。
でもお互い恥ずかしい気持ちもあるので、学校内では手はつながないようにした。
お互い残念な気持ちは強い。
恋乃ちゃんの方も、俺とずっと手をつないでいたいみたいだ。
でも手をつなぐのは、校門を出てから。
ああ、待ち遠しい。
恋乃ちゃんの手の柔らかさ、温かさ……。
後少しでそれを味わうことができる。
そして、今日も恋乃ちゃんと一緒の晩ご飯。
彼女のおいしい料理が食べられると思うと、ワクワクする。
そして、恋乃ちゃんとのキス。
恋乃ちゃんは、一度自分の家に帰ってから俺の家に来るけど、俺の家に来てくれたら、まずキスをしたいと思う。
そして、何度も何度もキスをしたいなあ、と思う。
その後は、二人だけの世界に入っていく。
想うだけでも甘い気持ちになる。
それだけ俺は恋乃ちゃんが好きだ。
俺達は校門を出た。
「手をつなごう」
俺がそう言って手を恋乃ちゃんに差し伸べる。
恋乃ちゃんが顔を赤らめながら俺の手を握ろうとした時。
「先輩、一緒に帰りましょう」
そう言ってくる人がいる。
「やいなさん……」
「先輩、わたし、まだまだあきらめていませんよ」
「あきらめていないって……」
「わたしは先輩の恋人になるんです。先輩の恋人になるまでは、何度でもアプローチさせていただきます」
俺には好きな人がいる、と言って断ったのに、なぜあきらめないのだろう。
今のやいなさんは、昔と違い、俺に好意を持ってはいるようだ。
でもそれはイケメン先輩に振られたからだ。
イケメン先輩がやいなさんを大事にしていたら。俺の方など見向きもしないに違いない。
俺のことを心から好きだということではないと思う。
今後イケメンな人が現れたら、俺は捨てられてしまうだろう。
そう思っていると、
「康夢くん、一緒にお茶しましょう」
という声が聞こえてきた。
りなのさんだ。
「お茶ですって?」
驚くやいなさん。
「あなたは何を言っているんですか?」
微笑みから一変して、厳しい表情になる、やいなさん。
「あら、あなたは一体どなた? わたしたちの後輩のようだけど」
冷たい口調の、りなのさん。
「それはこちらが言いたいことです」
「康夢くんは、わたしの恋人になる人よ。わたしは糸池りなの。あなたの名前は?」
「冬里やいなです。高校一年生です」
「冬里さんね。あなた、康夢くんに気があるの?」
「気がある、って言ったらどうするんです?」
「あきらめなさい」
「あきらめなさいですって? なんですか」
「あなた、わたしたちの後輩でしょう?」
「後輩だからなんだって言うんですか?」
「後輩は先輩のことを立てるものよ。だから、康夢くんはわたしのものなの」
「恋愛に後輩も先輩も関係ないと思います」
「大いにあるわ」
「ありません。後輩が恋人になったことなんて、それこそ例が数え切れないほどあると思います」
「例があろうがなかろうが、先輩は後輩に優先するものなの」
「そんなことはありません。恋愛はどれだけ想いが強いかどうかです」
しばしの間、冷たい沈黙が流れる。
この二人、どちらも譲るつもりはない。
やがて、りなのさんは、
「魅力はわたしの方があるわね」
と胸を張って言う。
「何を言っているんですか。魅力だってわたしの方があります」
やいなさんも胸を張る。
「いや、わたしはこの学校の中で一番魅力があると思っている」
「一番魅力のあるのはわたしです」
「冬里さん、あなた、思い上がりもいい加減にした方がいいわ」
「思い上がっているのは糸池さんの方です」
「あなた、もうちょっと先輩のことを思いやることはできないの?」
「先輩だったら、もう少し後輩に優しくすべきだと思います」
「わたしはただ、学校の中で一番魅力があるのはわたしだということを、あなたが認めてくれればいいと思っている。それだけのことなのに、なぜそういうことができないの」
「一番はわたしなので、それを認めることはできません。二番目ということでいいじゃないですか。二番目だって、十分名誉があると思いますよ」
「二番目じゃだめなの。一番目じゃなきゃ。そういうのであれば、あなたこそ二番目でいいじゃないの」
「よくありません。一番はわたし以外にありえないので」
「まったく……。なんでこんな人が康夢くんのことを好きだと言うのかしら」
「それはこっちが言いたいところです、先輩なのに後輩に優しくしようとしない、こんな人が康夢先輩のことを好きになっているとは……」
「別にあなたには優しくする必要はないじゃない。あなたこそ先輩を尊重しないんだから」
「康夢先輩を好きになるんだったら、後輩に優しくするぐらいにならないと、康夢先輩にも優しくできませんよ」
そう言って、冷たく笑う、やいなさん。
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