第41話 康夢ちゃんとの思い出・十一月 (恋乃サイド)

 秋が深まっていき、十一月になった。

 

 わたしの康夢ちゃんへの想いもますます深まっていく。

 

 このままいけば、康夢ちゃんに想いを伝えられそうだ。

 

 もっと想いを強くしていく。

 

 そして、十一月中には想いを伝えたい。

 

 そう思っていたある日。

 

 わたしは、家に帰ろうとしていた。

 

 雨が降ってきていて、寒くなってきている。

 

 傘をさし、校門の方を歩いていると、グラウンドの端の方で傘をささずに、うつむいて雨にその身をまかせてしまっている人がいた。

 

 その時、わたしは、

 

 康夢ちゃんかもしれない

 

 と思った。

 

 いてもたってもいられなくて、その方向へ向かう。

 

 人違いの可能性はあったが、それならそれでいい。すぐ方向を変えればいいだけだ。

 

 近づいていくと、だんだんその人の姿がはっきりしてくる。

 

 康夢ちゃんだ。間違いない!

 

 なんで、雨に濡れるがままになっているんだろう。

 

 悲しんでいるようだけど、どうしたんだろう。

 

 もし、つらいことがあったんだったら、慰めてあげたい。

 

 わたしは康夢ちゃんが好きなんだ!

 

 康夢ちゃんのそばに来ると、それは予想以上の状態だった。

 

 既に相当の時間、雨に濡れている。

 

 でもそういうことがどうでもいいくらい、康夢ちゃんは悲しんでいた。

 

 すぐに、癒しの言葉をかけなければならない。

 

 その時のわたしには、康夢ちゃんと話しかけることに対する恥ずかしさはなかった。

 

 それよりも、康夢ちゃんを慰めたい、という気持ちの方が大きかった。

 

 まずわたしは、傘で康夢ちゃんを覆う。

 

 雨から康夢ちゃんを守るのが最優先だったからだ。

 

 そして、いよいよ話しかける時。

 

 さすがに緊張する。

 

 しかし、わたしは康夢ちゃんを癒してあげなければならない。


「康夢ちゃん、どうしたの?」


 ついに、わたしは康夢ちゃんに話しかけることができた。


 それだけでもホッとする。


 しかし、康夢ちゃんは涙を流し続けている。


 こんなに苦しんでいたんだ。


 どうやったら康夢ちゃんの力になれるんだろう……。

 

 そう思っていると、


「俺、失恋しちゃったんだ」


 と康夢ちゃんは言った。


 そして、失恋をした後輩との話をし始めた。


 失恋?


 わたしにとっては衝撃的な言葉だった。


 わたし以外に恋の対象がいたってことなの……。他に好きな人がいたってことなの……。


 一瞬、嫌な気持ちになる。


 でもすぐに思い直す。


 疎遠になってもう六年以上になる。しかもその間、わたしは三年近く康夢ちゃんとは別のところで暮らしていた。


 それだけでなく、わたしは康夢ちゃんを避けるようなことをしていた。


 同じ高校になっても、話すらできなかったのだから、他の女の子に恋をしてしまうのもしょうがないと思う。


 小学校の頃から、くらなちゃんと祐七郎ちゃんのように、恋人どうしになればよかったのだ。


 当時康夢ちゃんは、どこまでわたしのことを異性として意識していたのだろうか。


 それはわからない。


 しかし、わたしは康夢ちゃんを異性として意識し始めていた。


 それが当時、康夢ちゃんを避けるという行動になってしまった。


 その時、そうではなくて、康夢ちゃんにその想いを伝えていたら……。


 康夢ちゃんは、こんなにつらい失恋をすることもなかっただろう。


 わたしは、康夢ちゃんの話を聞いた。


 そして、癒す言葉と励ます言葉を一生懸命言った。


 少しでも康夢ちゃんの心の力になるといいな、と思った。


 次第に康夢ちゃんの悲しみはおさまってきた気がする。


 やがて、


「恋乃ちゃん、俺の話を聞いてくれてありがとう。そして、励ましてくれてありがとう。まだ心の傷は残っているけど、恋乃ちゃんがそばにいてくれたおかげで、少し気持ちが穏やかになった気がする」


 と康夢ちゃんは、少し恥ずかしそうに言った。


「いや、わたしはただそばにいただけだから。それに、幼馴染なんだから、つらい時に励ますのはあたり前だと思う」


「そうだよな。俺達、幼馴染だよなあ……」


 ちょっと寂しそうな表情の康夢ちゃん。


 もしかしてわたしのこと、意識しているのだろうか。


 そうだとうれしいんだけど。


 気のせいなのかもしれない。


 今日話をしたからと言って、それがすぐに恋する心に変化するものではないだろう。


 それでも期待しちゃうところはある。


「恋乃ちゃん」


「うん?」


「せっかくこうして話すことができたから、これから毎日、朝のあいさつをしたいと思っているけど、いい? 俺達は幼馴染だし、これくらいはしたいと思って」


 あいさつをしたい?


 わたしは、うれしい気持ちになった。


「もちろんOKよ」


 あいさつだけではなくて、話もしたいけど、まずは第一歩というところだろう。


「後、ごめん。俺を傘に入れてくれて。ありがとう」


 康夢ちゃんはそう言うと、頭を下げた。


「いいのよ。康夢ちゃん。それより、体の方は大丈夫? 相当濡れていると思うけど」


「これくらい大丈夫。恋乃ちゃんと話をしたら元気が出てきた」


「それならいいんだけど。でも傘持っていないんでしょう?」


「うん」


「家までおくって行こうか?」


「そんな、迷惑になっちゃうよ」


 顔を赤らめながら言う康夢ちゃん。


 迷惑どころか、康夢ちゃんと一緒に歩いていけるから、うれしいことだ。


「雨でこれ以上濡れるわけにはいかないと思う。遠慮しないで」


「申し訳ないけど、じゃあ、お願いするよ」


「うん」


 康夢ちゃんは立ち上がる。


「じゃあ、行きましょう」


 先程までは忘れていた恥ずかしさが湧き上がってくる。


「うん。行こう」


 康夢ちゃんは恥ずかそうにそう言った。

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