第4話 恋人どうしになる為の第一歩

 俺は恋乃ちゃんのことを恋人にしたいと思い始めていた。


 それと同時に恥ずかしい気持ちになってきた。


「恋乃ちゃん、俺の話を聞いてくれてありがとう。そして、励ましてくれてありがとう。まだ心の傷は残っているけど、恋乃ちゃんがそばにいてくれたおかげで、少し気持ちが穏やかになった気がする」


 恥ずかしさを抑え、涙をこらえながら、俺はそう言う。


「いや、わたしはただそばにいただけだから。それに、幼馴染なんだから、つらい時に励ますのはあたり前だと思う」


「そうだよな。俺達、幼馴染だよなあ……」


 恋乃ちゃんは、俺のことをただの幼馴染だと思っているようだ。


 それは仕方がない。疎遠になった時間が長すぎたのだ。


 これからは、恋人どうしになりたいと思っている。しかし、この調子ではいつになることやら……。


 気の遠くなる話だ。


 それでも俺は恋乃ちゃんと恋人どうしになっていきたい。


 そう強く思う。


 まずは、あいさつからだ。


 そう思い、


「恋乃ちゃん」


 と言って話しかける。


「うん?」


「せっかくこうして話すことができたから、これから毎日、朝のあいさつをしたいと思っているけど、いい? 俺達幼馴染だし、これくらいはしたいと思って」


 OKしてくれるだろうか。


 胸のドキドキが大きくなってくる。


「もちろんOKよ」


 俺はホッとした。


 恋乃ちゃんにとっては、幼馴染としての行動なんだと思うが、俺にとっては恋人どうしになる為の第一歩だ。


「後、ごめん。俺を傘に入れてくれて。ありがとう」


 俺はそう言うと、頭を下げた。


「いいのよ。康夢ちゃん。それより、体の方は大丈夫? 相当濡れていると思うけど」


「これくらい大丈夫。恋乃ちゃんと話をしたら元気が出てきた」


「それならいいんだけど。でも傘持っていないんでしょう?」


「うん」


「家までおくって行こうか?」


「そんな、迷惑になっちゃうよ」


 傘に入れてくれて、しかもそこまでいてもらったら申し訳ない。


 しかし、恋乃ちゃんは優しく言う。


「雨でこれ以上濡れるわけにはいかないと思う。遠慮しないで」


 俺はその優しい言葉に涙が出そうになりながら、


「申し訳ないけど、じゃあ、お願いするよ」


 と言った。


「うん」


 俺は立ち上がる。


「じゃあ、行きましょう」


「うん。行こう」


 俺は恋乃ちゃんの傘に入れてもらい、俺の家へと向かっていった。




 雨はまだ降っている。


 俺は恋乃ちゃんと一緒に歩いていた。恋乃ちゃんの傘に入れてもらっている。


 今まで、グラウンドにいた時よりも、さらに恋乃ちゃんとの距離が近づいた。


 こんなにもいい匂いがするなんて……。


 グラウンドにいた時も、いい匂いがすると思っていたが、今さらにその魅力を味わっている。


 俺はそれだけでも心が沸騰してくる。


 手もつなぎたい。


 柔らかくて、温かい手。その魅力も味わいたい。


 俺は手をつなごうという気持ちが大きくなっていったが、懸命に我慢した。


 幼い頃は、手をつないだこともあった。しかし、今は状況が違う。


 久しぶりに話をしたばかりなのに、ここで手をつなごうなんて言ったら、いくら幼馴染だといっても、嫌われてしまう可能性が強いだろう。


 キスもしたくなってきた。


 それだけかわいくて魅力的な唇をしている。


 しかし、キスは、手をつなぐよりもハードルは高い。


 それこそ、恋人どうしがするものだ。俺達は、そこに到達するには遠すぎるところにいる。


 これも今は断念するしかない。


 手をつなぎ、キスをするには恋乃ちゃんと恋人どうしになるしかないのだ。


 でも今のままだと、恋人どうしになるのは難しい……。


 そう思っている内に、俺の家の前まで来た。


 結局、歩いている間は、何も話すことはできなかった。


 少しでいいから話をしたかったんだけど……。


 俺は、恋乃ちゃんに家に入ってもらおうと思った。


 幼い頃は、よく遊びに来てくれたものだ。


 楽しそうな恋乃ちゃんの笑顔が、今でも心に残っている。


 しかし……。


 恋乃ちゃんは、昔の恋乃ちゃんではない。


 俺達の仲も、幼い頃の親しさはない。


 こういう魅力的な子を俺の家に入れるには、恋人どうしまではいかなくても、せめて昔のような親しさが必要だと思う。


 今の状態だと、断られてしまうだろうと思う。


 断られるだけならまだいいが、嫌われてしまったら、その仲を修復するのは困難になってしまう。


 今日は無理だなあ……。


 俺は気持ちを切り替える。


「恋乃ちゃん、今日はありがとう。傘に入れてくれて。そして、励ましてくれて」


「少しでも元気になってくれれば、うれしい」


 微笑む恋乃ちゃん。


「今日は、久しぶりに話すことができてうれしかった」


「わたしもうれしかった」


 恋乃ちゃんを家に入れたいという気持ちはまた強くなってくる。


 しかし、今は我慢。我慢。


「じゃあ、今日はこれで」


 俺がそう言うと、一瞬、残念そうな表情をした恋乃ちゃん。いや、俺がそう思っているだけかもしれない。


「バイバイ」


 恋乃ちゃんが手を振る。


「バイバイ」


 俺も手を振った。


 恋乃ちゃんは、自分の家に向かっていく。


 恋乃ちゃんと仲良くなりたい。そして、恋人どうしになりたい。


 そういう気持ちが強くなっていった。

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