第2話 ちょっと、ニオイを嗅がないでっ!


「はいはい、その辺にしておけ」


 俺はそう言って、手をパンパンとたたく。

 そして、言い合いをしているヴィオのひたいにキスをした。


 彼女が地球の環境に適応するために必要なことらしいのだが――


だまされている気がする……)


 俺は茜に、人の寝台ベッドで二度寝を始めた葵の回収を頼む。

 それから空気の入れ替えをしようと、窓のそばへと向かった。すると、


「いやぁ~、朝からおさかんっスねぇ~」


 足元からアニメ声がした。猫型ロボットの『ミカン』だ。

 目が合うと――っこしてニャン――と言わんばかりに二足歩行で両手を広げる。


 俺は仕方なく、ミカンをきかかえる。毎日、茜たちがブラッシングしているせいか、やけにモフモフだ。暑苦しいので勘弁して欲しい。


(失敗した……)


 俺が後悔していると――フニャッ!――と変な効果音を出した。

 そして、勝手に部屋のディスプレイを起動させる。


(また勝手に……)


 この不良品ポンコツめ――と思いつつも、ディスプレイを覗くと剣道着姿の美少女『みどり』が映っていた。最近、仲良くなったクラスメイトだ。


 寝起きで顔も洗っていない俺と違い『準備万端』といった感じがする。

 いや、いつでも凛としている――と言った方が正しいかもしれない。


 長く綺麗な髪は一括ひとくくりにし、ストレートのポニーテールにしていた。

 美人だから似合うのだろう。


 ヴィオではないが『サムライガール』と呼ぶのも分かる気がする。


(朝から気合の入り方が違うな……)


 そんなことを思いつつ――おはよう――と挨拶あいさつしておく。


「お、おはよう……」


 すまないな、ウチの『ミント』が勝手に――翠は言い訳をする。

 ちなみにミントとはミカンの同型機だ。


 開発者が一緒なので姉妹を自称している。

 ミントの方が妹らしく、しっかりしていた。


 AIに性別があるのか不明だが、本人たちがそう言い張るので仕方がない。

 それにしても、朝早くからなんの用だろうか?


 いや、翠は運動部なので『早い』という認識ではなさそうだ。

 ゲームヲタクの高校生である俺とは住む世界が違う。


 まあ、その考え方も偏見であることに最近気が付いた。

 そのゲームに於いて、今では俺が彼女の師匠となっている。


 人生、なにが起きるか分からない。一方、そんな俺の後ろでは、


「こらっ、葵……」


 起きなさい!――と茜が妹と格闘中だ。その隙をいて、


「私も寝るでーす♪」


 と俺の枕に顔をうずめるヴィオ。


「ちょっと、ニオイをがないでっ!」


 茜が声を上げる。それは俺の台詞セリフだ。

 ヴィオはヴィオでなにを考えているのやら、真面に相手をする茜も大変である。


「相変わらずだね」


 フフフッ――と翠は笑う。最初はゲームに拒否反応を示していた彼女だが、だいぶ打ち解けることができたようだ。口元に手を当てて笑う姿も可愛らしい。


「窓を開けるから、少し待っていてくれ」


 俺が窓帷カーテンを開けると、部屋の中に風が吹き込む。

 現在、多くの人々は海上都市へと移り住んでいた。


 地上の人口が減った分、自然が増えたのかもしれない。

 窓の外に広がる緑の向こうには海を望むことができた。


 台風の発生を防ぐため、海面の多くを特殊な素材で覆う計画が進められている。

 そのせいもあって、今日も海は穏やかなようだ。


 津波による被害もあったことから、いざという時は球体型の飛行ドローンを連結させて――網のよう張り巡らせる――ということも可能だ。


 他にも海上都市の発展に伴い、色々な技術が開発されていた。

 すべては百年ほど昔にさかのぼる。


 ――西暦二〇六一年――

 人類に対し『宇宙から通信があった』とされている。


 ネット上では――既に民間人との交流が行われていた――という噂もあるが、その真偽は定かではない。問題なのは通信の内容だった。


 どうやら百年後、地球が滅ぶというのだ。

 これは宇宙からの警告ではなく、避難勧告だった。


 当然、世界各国含め、当時の政府は混乱する。

 ここでの初動が百年後の人類の明暗を分けるからだ。


 当初、日本の政府は隠蔽いんぺいを試みたがインターネットが普及していたため、隠すのは無理だと判断したのだろう。


 情報は積極的に公開し、民間からも解決のためのアイデアを広く募った。

 第一段階として、政府は手に入れた情報をすべて公開する。


 その内容を簡潔にまとめると――別宇宙への航路を開く実験の最中、外宇宙からの高次元振動を確認した――という内容だ。


 その『高次元振動』というのが地球に届くらしい。『時空震』とも言うらしく、それに巻き込まれると有機物は0と1の情報体となってしまうようだ。


 死ぬこともなく、光となって宇宙を彷徨さまよい続けることになる。

 ただ、外宇宙へ旅立つためには、身体を捨てる必要があるらしい。


 そのための技術として、既に宇宙人の間では確立された技術でもあった。

 つまりは――一度、崩壊した地球を直すことも可能だ――ということになる。


 更に詳しい情報を得るために、百年に及ぶ人類と宇宙人との交流が始まった。

 少しずつだが、彼らの技術を取り入れ、人類は脱出のための宇宙船を製造する。


 当然ではあるが、地球人全員を乗せる船などあるワケがない。

 また、全員を宇宙へ脱出させたとしても、生きて行くための術が必要だ。


 そこで宇宙船を作る技術を応用して、試作品を兼ねたのが海上都市となる。

 政府の計画では、この海上都市ごと宇宙へと逃げる算段となっていた。


 二一〇〇年を皮切りに、海面の上昇が深刻化したことも要因の一つだったのだろう。富裕層は既に宇宙へと旅立ってしまっている。


 残された人類は海上都市へと移り住み、地上からは人の姿が消えつつあった。

 そして現在――西暦二一六〇年――地球が消滅するまで一年を切っている。

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