第9話 地球は回っている
左耳の中でゴボッ、ゴボッと、潮が満ちてくる感じがした。
ここは海の中ではなく、まして水などあろうはずもない自宅のリビング。
しばらくするとテレビの音が遠くなった。
やがて床が、ソファーが、天井も回り出した。
家人に訴えても困惑した表情を浮かべるだけ。
這うようにしてベッドに横たわる。
目を閉じた暗闇の向こう側も回っていた。
インターネットで検索した主人が「どうやらメニエール病らしいよ」と伝えに来たが、先輩に話を聞いていて知っていた。
すぐに病院へと言うが、日曜日で病院は開いていない。
一睡も出来ず夜を明かし、朝になって少し微睡んだ。
出勤の用意をすませた作業服姿の主人が心配そうにベッドの私の顔を覗き込む。
もうそんな時間なんや、と思いながらまた眠ってしまった。
ほんまは病院へ一緒に行ってほしかったんやけど、主人もこのところ忙しいみたい。
すぐ近所の耳鼻科へタクシーに行ってもらう。
車のソファーに浅く腰をかけて、前の座席に取り付けられた手摺りを強く握り締める。悪路でもないのに躰が前後左右に揺れる。
タクシーを降り、地面に足を着けても揺れは収まらず、確かに地球は回っているんや、そんなアホなことを考えた。
耳鼻科へ点滴に通ううち、目眩は収まったものの、左耳の中で精密機械が絶えず作動しているようなキーンと言う金属音がして、聴力が弱くなった。
まあ、はなから人の話はあまり聞いてへんかったのやけど。
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