第7話 網膜剥離

 透析を始めるだいぶ前のことだった。

 糖尿病の合併症で左目の網膜剥離の手術を受けた。

 始め網膜を固定するために目の中にオイルを入れ、調子が悪いと言い途中でガスに入れ代えた。

 おいおい、オカンは車やない。オイルやガスやなんて。

 剥がれた網膜を固定するために俯せ寝を強いられた。食事をするときも、トイレに行くときも顔を俯かせていた。

 耐えがたい入院生活での憩いはラジオだった。

 ラジオから流れてくるキムタクの声が救ってくれた。

 

 その頃、眼科と脳外科の患者が同じ病室に入院させられていた。

 ある日、脳梗塞で入院して来たおばさんと白内障の手術をしたおばさんが、オカンのベッドの足元で喧嘩を始めた。

 そんなにカッカとしたら、また脳梗塞を再発しはりまっせ。

 オカンは内心ヒヤヒヤしながら俯せ寝を続けていた。

「あんたは偉かったな。ずっと俯せ寝のままで」

 退院間際の脳梗塞のおばさんが誉めてくれた。

 オカンもその頃、起き上がれるようになっていてベッドの上に座っていた。

 ああ、この人こんな顔をしていたんや。

 

 10日ほどで退院して、家事をしていると吐き気がして、病院に電話するとすぐに受診するようにと言われた。

 眼圧が異常に高く、緑内障を発症しているからと緊急手術することになった。

 また入院し、俯せ寝が始まった。

 その頃、以前から信州へ旅行する計画を立てていた母が、宮崎から出て来てうちのマンションに泊まっていた。

 1回目の手術のときも旅行は出来ないと断っていたのに強引に押しかけて来た。

「今回も行けないよ」と言っているのに、

「そんなに何度もキャンセル出来ないわ。向こうのお友だちにも、もう言ってあるし」

 信州に友だちがいて、強引に旅行を決行しようとしていた。

 娘の目の手術より自分の対面を重んじる母。

 結局、母は小学生のナオを連れて行くことにした。

 宮崎の家から信州に直接行ってくれればいいのに、ひとりでは行動出来ない母親だった。

 この話は胸の中で燻ってはいたが、その後口にすることはなかった。口にしたくもなかった。

 そんなことがあって「腎臓1つ頂戴」とは言われへんかったのやと思う。

 1度退院したものの再再入院手術となった。

 3度の手術も虚しく左目の視力が回復することはなかった。

 クリップで固定された目にメスがが近付いて来るのが見える。メスが入った瞬間、目の中を血が溢れ出した。左目の視力を失った瞬間だった。

 

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